22 呪文

 その日のみちるさんは、難しい顔をして転がりながら、何やらぶつぶつ言っていた。

「みちるさん、こんにちは、どうしたの?」

「……あ、あおくん。こんにちは。えっとね、覚えないと先生に怒られる呪文を唱えてたの。あおくんも唱えられる?」

「呪文?」

 覚えないと先生に怒られるとは、どういうことだろう。

「家の前を歩いてた子たちが、大きな声で唱えながら歩いてたよ。えぇと、いんいちがいちいんにがにいんさんがさんいんしが」

「あ、九九だね?」

「くく?何が起きる呪文なの?」

「えーと、掛け算ができるようになる?」

「かけざん」

「うん。掛け算。分かる?算数とか、みちるさんはやったことないかなぁ」

 みちるさんがころころ転がって、うぬぬ。とか、ふぬぬ。とか声を上げる。

「聞いたことがあるようなないような。さんすー」

「足し算とかは?引き算とか。分かる?」

「たしざんとひきざん」

 転がるスピードが早くなって、みちるさんは難しい顔をしながら謎の声を上げていた。しばらくそうしていて、ぴたりと動きを止める。

「十個あったみかんを一個食べたら残りが九個になるとかいうの?」

「それは引き算かな」

「三個みかんがあるところに二個持ってくると五個になるのが足し算?」

「そうだね」

「かけざんは?」

「うーん。みかんを二個持ってる人が三人いたら全部で何個になりますか?っていうやつかな」

「にこがさんにん…………六個?」

「正解!」

「おぉー。二たす二たす二?」

「そうなんだけど、それを二かける三は六。って覚えるのが九九かな。にさんがろく」

「にさんがろく。何か、聞いた気がする」

 ぎゅっと眉を寄せたみちるさんが、ぶつぶつ呟き始める。

「ににんがしにさんがろく、あった」

 それから二人で九九を唱えた。みちるさんは覚えるのがすごく早かった。

 もしかしたらいつかどこかで、一度覚えたことがあったのかもしれない。

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