13 流行

 ひとしきり波と遊んだ後、みちるさんはこっちに跳ねてくる。座った僕の隣に首を落ち着けて、ふはーと息を吐いた。

「わたしねぇ」

 みちるさんが言う。

「わたしが人の形をしていた時の名前を覚えていないんだ」

「そうなの?」

「そうなの。流れ流れて色んな所をうろうろしてる間に忘れちゃったんだよねぇ。一人だと、名前なんてなくても困らないし。この姿だと、首の、とかで通じちゃうし、いらないなぁってなったんだと思う」

 それって。それってなんだか少し寂しい気がするけど、みちるさんは、何でもないことみたいに言う。本当に、何でもないことだと思っているのかもしれない。

「色んな所をうろうろしたし、その間は全然いらなかったんだけど、ここに住むようになったら、名前を聞かれるようになって、だから自分でつけたの」

「自分でつけたの?」

「そうなんだ。何でだか分らないけど、未だに命を散らしていないわたし。だから未散。我ながら、結構いい名前」

 むふー。と、みちるさんが自慢気に息を吐く。

 だけど僕は、何にも言えなかった。ただ風が通り抜けていく音を聞くばかりで、僕は何も言えなかった。

 流れ流れて、色んな事を忘れてしまったみちるさん。生きてるから、生きているみちるさん。それはすごくシンプルで、シンプルだけど、悲しいな。

 そんなことを、思った。

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