9 つぎはぎ

 わたしの記憶は、穴だらけだ。首だけになってしまう前のことも後のことも、あんまりよく覚えていない。首だけになってしまった時のことも。

 多分しばらくの間、私はびっくりして、呆然としていて、朝も昼も夜もなかった。転がった私の上を、太陽が昇って沈んで、暗くなって明るくなって、勝手に日々は過ぎていった。人の形をしていたわたしが、人の頭だけの形になって、それでも何でか生きていて、何が何だか分からない間にも、時間は勝手に過ぎていった。

 そうしている間に、ふと、お腹がすいたな。と思った。お腹なんかないのに、何か食べたいな。と思った。最初に動き始めたのは、多分、何か食べたくなったからだった。あんまり覚えてないけど。

 気づいたら、転がったり跳ねたりして、動けるようになっていた。いつの間にか暮らしていた場所から離れて、食べるものを求めて色んなところをうろうろした。

 そうしていると、色んな人と会った。大抵の人は、わたしを見るとびっくりしてしまうけど、時々あんまりびっくりしない人がいて、そういう人たちは、わたしの面倒を見てくれた。見世物小屋に住んでいたこともある。お寺でずーっとお経を聞かされたこともある。

 そうやってずーっと生きているうちに、色んな事を忘れてしまった。私が人の姿をしていた時の名前なんて、ずっと昔に忘れてしまったので、自分で名前を付けたりした。みちる。結構いい名前。

 最近は、一つの山を住処にしていることが多い。ここに住んでる人たちは、私を見てもあんまりびっくりしなくて、たくさん面倒を見てくれるから、時々ふらふら出ていくけれども、ここに帰ってくることにしている。帰る場所があるっていいね。

 色んな人と出会って、別れて、別れてしまうと忘れてしまうから、私の記憶はやっぱり穴だらけなんだけど、それでもずーっと積み上げたものを頭にしまい込んで、わたしは今日も生きてる。多分いつかどうにかして死ぬまで、こうして生きていくんだろう。

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