5 旅

「あの、みちるさんは、木から落っこちちゃったんですか?」

 少しだけ勇気を出してそう聞くと、みちるさんはぱちんぱちんと瞬いた。

「落っこちちゃった?」

「あの、顔が、何かにぶつけたみたいになってるから」

 大きな目のあたりから顔の半分くらいが青いあざになっていて、何だか痛そうだ。

「あー。これ?」

 みちるさんがまた笑う。

「これねー元からなんだ。落っこちたりはしてないし、どこもケガしてないから安心して。あおくんはやさしいんだねぇ」

「あ、えと」

 ケガじゃないなら良かった。とも言えない気がしてよし子さんを見上げると、僕の視線に気づいたよし子さんがにっこりと笑った。

「あおくんは優しいいい子だからね。それでみちるさん、しばらくお見限りだったけど、どこかに行っていたの?」

「うん?うんそーだねぇ。何か、暑かったからしばらく川もぐったりして遊んでたよ」

「いなくなったのは今年の夏じゃないわよ?」

「そうだっけ?あ、でも寒いときはあったかそうな家の下とかにいたかも」

「そうしてる間に山を思い出したの?」

「そうだね。何か、前が見にくくなってきたし、よし子さんに髪切ってもらおうかなーとか思って帰ってきた」

「そうなの」

 おっとりしたよし子さんと、何だかふわふわしたみちるさんの声を、右に左に顔を動かしながら聞く。多分この二人はこれでいつも通りなんだろうなとそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る