第5話

「一応聞きますけど……何の用です?」

「とぼけないでよ!」


 同学年と思しき少女の声に、そうよ、と声が上がる。例の先輩たち以外はみんな一年生のようだった、制服がまだパリッとしてる。さて何を吹き込まれたやら、聞いて進ぜよう。なんてね。


「あんたが殿下に渡される手紙なんかを検閲してるのは解ってるのよ!」

「いやそれ逆。ヴォロージャが私に渡される手紙を検閲してる」

「じゃあどうして殿下はいつもこの裏庭に来てくれないの!? 何度も呼び出しているのになしのつぶてで、私達悪いこともしていないし変な噂だってないのに、いつも無視される! あんたの所為でしょう!? あんたが転校してきてから、殿下ったらさっぱりと返事すらくれなくなったわ!」


 返事出してたんだ。多分お断りの。へー、と思うと同時に、目に浮かぶのは王妃様の顔だ。多分ゴーストライターとして手紙を返してたんだろう。そして私が現れたから、その手を離した。同時にヴォロージャに対して懸想していた女の子たちの手も、ばっさり切った。

 私が無表情で言われているのに更に激高したのは、女子たちだ。黒髪の先輩は笑っていて、金髪の先輩は申し訳なさそうにしている。申し訳なく思うならこんな所に連れてきて欲しくなかったけど、まあいっか、と私は鼻で息を吐く。


「で、あなた達の中でヴォロージャと話したことのある人は?」


 ぐっと全員が黙って、下を向く。


「話したことも名前も知らない人ともわざわざ手紙に従う必要はないんじゃないのかしら。勿論真正面から手紙を出した子がいたのも覚えているわ。彼女は潔かった。あなた達は何をしてきたの? ヴォロージャに対して、一体どんなことをしてきたの? 昼食に誘ったことは? 教科書を貸したことは? あるの?」

「そ、れは」

「受け身の態勢でいるあなた達より、強気の性質だった私の方がたまたまヴォロージャの好みに合った。それだけのことでしょう? もう良いかしら。先輩方も私も、部活のある身なのよ。ねえお姉さま方?」


 うっ、と彼女たちが唸る声を上げる。先輩! と子分たちには縋られる。何とか言って下さい。何とか言ってごらんなさいよ。剣より鋭く突き刺して、風船より大きく破裂させてあげるから。


「――ローリィ!」


 がささっと茂みから音が鳴って、そこにはヘルメットを外しただけの体育着姿のヴォロージャが現れた。殿下、と女子たちは声を上げる。だがその殿下の表情は険しい。ぎろっと一団を睥睨して、黒髪の先輩にその目が向かう。うっ、となった彼女は、隣の金髪の先輩の肩を押し出した。え? となった彼女は、手袋を着けていない。何でもしてもらうが故に隠してある、淑女の嗜みを着けていない。おそらくは平民出身なのだろう。中等部からは、そんなに珍しくもない。


「この子が集めた子達ですわ、私は何もしていません!」

「そんな、そんな――」

「お黙りなさい平民が!」

「黙るのはお前だ!」


 ひゅんっと向けられたのは剣だ。模造刀とは言え、慣れ親しんだものとは言え、ヒッと黒髪の彼女は怯えた声を出す。


「そこの一年生たちも平民出身だろう。お前は彼女達をうまく使って我が婚約者に危害を加えようとした。相違ないな?」

「ち、違いますわ、私、わたくしは――」

「そう言えば私、このお姉さまに声を掛けられた時、あなた平民出身ねって確認取られた」

「私も」

「私も」

「お姉さま――私達を利用して、ローリィさんに何をなさる気だったんです!?」

「お黙りと言っているんです、平民ごときが!」


 ヴォロージャはしなる剣で彼女の髪を小さく落とす。おいマジモン持って来たんじゃないでしょうねその剣。だったら流石に怒るわよ、私も。私一人の為に七人の女子と戦うつもりで来たんだろうけれど、さすがに実剣は許してない。そっとヴォロージャの手を手に重ねて剣を下ろさせると、黒髪のお姉さまはぺたんっとへたり込む。


 じゃじゃ馬も騎手が有能ならねじ伏せられる。ただしこの場合は、騎手と言うより調教師と言った方が正しかったのかもしれない。そして泣いている全員を睨んで、言うのだ。本当のことを。この王子様は。


「生憎と俺は初等部一年の頃から、私的に自分に向けられる手紙を読んでいない。そしてローリィにも、読ませていない」

「えっ……」

「じゃああのお返事は……?」

「恐らくは母上の差し金だ。俺が孤立しないようにと言う」

「そんな……そんなの惨めすぎますわ殿下! 殿下はどうしてローリィさんを特別扱いするのです!? 王族でも、他人は他人じゃございませんか! 私たちの方がずっと早く殿下に会っていたのに!」

「一応言っておくと他人だから結婚も出来るし俺とこいつの初対面は三歳だ。愛に理由がいるのか? お前たちはそれがあったから俺に手紙を書いたのか? 次期王妃の座を狙っているのか?」

「そんなこと!」


 恐れ多いと言うように一年生たちは固まる。お姉さま方は、金髪の方がへたり込んだ黒髪にパンっと平手打ちをかましていた。呆然としているブルネットは乱れて、みすぼらしい。


「平民差別主義者が! 良いように使って、自分が剣術部の部長になったら副部長にしてくれると言っていたのに、その約束も反故にして! あっと言う間にその座を奪われた! ざまあみろ、肥え太った豚が!」

「なっ……殿下、お聞きになりました!? これが平民の真実ですわ!」

「ああ聞いた。お前がどれだけ腹黒く立ち回って来て彼女を傷付けて来たのかをな。そしてそれを下級生にもさせようとした。豚でももう少し知能があるぞ」

「なっ……黙っていれば!」

「いつお前が黙った?」

「ぐっ」

「お前の処分については教師に任せる」


 ぜーぜーと音がすると思ったら、ヴォロージャの出て来た茂みからあの血圧の低そうな剣術部の顧問教師がいた。その姿を見止めると、ああ、と彼女はだらりと肩の力を抜く。流石に教師にばれたとなれば、処罰は免れまい。職員室に連れて行かれる彼女。わんわん抱き合って泣いている一年生たち。どこかすっきりした顔になった、金髪のお姉さま。


「お姉さま」


 びくっとされて、ちょっと傷付く。私は何にもしてない。少なくとも彼女には。だから友好的な笑みを作る。


「副部長の件、良ければ引き受けて下さいませんか?」

「え……?」

「私達も諸々公務のある身なので、サポート役は欠かせませんの。部長になってもろくに義務を果たせませんわ、きっと。年上のお姉さまなら安心して部を任せることが出来ます。どうか、お願いいたします」


 スカートを広げてぺこりとお辞儀をすると、お姉さまはおどおどしていた――けれど、ビクッとする。おそらくヴォロージャに睨まれたんだろう。げしっとその靴を踏むけれど、残念安全靴だった。何で。剣術には要らない装備でしょ、それ。足を踏まれる心配? それにしてももうちょっとやりようがあるだろう。

 甘い。あそこんちは息子に甘すぎる。体育着の貸し出しとか。女物を着て付け毛して女子の大会に殴り込んで来るとか、止めろよ。普通に迷惑だったよ。


 ちょっと逡巡するようにしながらも、お姉さまは頷いてくれる。そして泣いているちびっこ一年生たちの肩を、優しく抱いていた。うん、この人になら任せられるだろう。大丈夫。大丈夫じゃないのは。


「ちょっとヴォロージャ、それ実剣じゃないでしょうね」

「その通りだが、何か問題あるか?」

「大ありよ! 女の子の顔に傷付けてたら、下手すると責任取って結婚しなきゃならない所だったんだからね!」

「お前はそれを嫌がってくれるのか? ローリィ」


 ニマニマしながら言って来るので、脛を蹴っておいた。さすがに鉄板を仕込んでいると言う事はなく、おぅふっと情けない声で鳴かれる。それに気付いた女子たちが、ちょっと、と嘴を挟んで来た。


「殿下に何するのよ、ローリィさん!」

「そうよ! あなた奔放すぎるわ、殿下に対して!」

「私達殿下の事はまだ好きなままなんですからね、見せ付けないで下さいな」

「ぶー!」

「ぶー!」


 ブーイングを受けた。これは初めてだなと、くつくつ私は笑う。五人の彼女を侍らせた王様と、七人の女を泣かせた王子と、どっちの方が強いもんだろう。思いながら私は取り敢えず、お姉さまの手を取る。温かい、だけどささくれた手だった。平民の手。労働の証。誇るべき手だ。


「じゃあ私達は部活に向かわなきゃ」


 もう随分時間がすぎてる、早く、と駆け出すと、女子五人も着いて来た。あれ? と首を傾げると、まだそんなにない胸を張った女子が応える。


「私達も仮入部中なのよ! 昨日の騒ぎで気付いてなかったでしょうけれど! もっともあなたに勝てるとは、まだ思えないけれどっ」

「毎日の鍛錬が形になればすぐに私なんか追い越せるわよ。ただ辺境流だからちょっときついかもしれないけれど、泣かずに着いてきてね」

「辺境の剣術、存分に盗んであげるんだから! 覚悟してくださいませ、ローリィさん!」

「ローリィに傷を付けるつもりなら、俺もその辺境流とやらを習いたいんだがな」

「駄目。あんたは絶対駄目。私用目的でしょう。危なっかしくて絶対に教えられない」


 チッと舌を鳴らして、またこの王子様は行儀悪いなーと思わされる。本当、仕方のない人だ。仕方のない婚約者だ。

 後日黒髪のお姉さまは髪をばっさり切って来て、剣術部には退部届を出して来た。それが彼女への罰だったんだろう。でも女子の髪をばっさりはちょっと酷いんじゃないだろうか。思っていると、新しいクラスメートが、ねえねえ、と話しかけてくる。珍しい。ヴォロージャの無敵ガードで、今までなかったことだ。


「上級生の処分にローリィさんと殿下が関わったって本当?」

「まあ、どこから出た噂?」

「剣術部の見習い達から。ねぇ、辺境流を教えてくれるって言うのも本当? 私体育全然駄目だからそっちは習いたいかもっ」

「最初は延々と体力作りよ。校舎の中走り回ったり腕立て伏せしたり」

「そ、それは……ちょっと、自信ないな」


 しゅんとした彼女に、ふふんと鼻を高くしているヴォロージャ。

 もう一度足を踏んでみたら、今度は普通のものだったらしく、ぴぎゃっとよく鳴いてくれた。

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