第4話

 先日の剣術部の話はあっと言う間に広がり、何故か私にはラブレターが何通も来た。王子の婚約者だと公言されているはずなのに、度胸のある人々だ。思いながらはいっとその束をヴォロージャに渡す。検閲が入るとは聞かされていただろうから、それは覚悟の上だろう、相手も。ああ、と頷いてさくさくと差出人を眺めて行く。殆どが上級生であるらしかった。先月まで小学生だった子供に好意を向けるとは、ロリコンだろうか。


「どれも聞いた貴族の名前だな。お前を横取りして俺の評価を下げたいと見える。それでお前、誰かに懸想しているなんてことは」

「あるかい婚約者。伊達でも酔狂でもなくあんたに惚れたから好きッちゅーたんや。あんまりうちの覚悟舐めんなや」

「そ、そっかぁ」


 ちょっと照れて見せる王子だって、まだまだ子供である。私の方から押されると反応が初々しい辺り、やっぱりまだ子供だと言えるだろう。成績優秀の文武両道は自分だけでなく、この王子もなのだ。剣術大会は先述通り私の知る限り優勝して来たし、勉強も頑張って進学試験も上位ベストテンに入る結果を残した。勿論一位は、私だったけれど。

 しかし王妃様曰く王様の学生時代は、女子生徒の尻を追い掛けているばかりだったと聞いている。九歳の頃から自分に向けられる好意を疑ったことはないけれど、遺伝は心配するに否めないだろう。さてどうだか。と思うと、ヴォロージャは自分にやって来たラブレターと私にやって来たラブレターをごっちゃにして、いつも持って来てあるラブレター専用の巾着に突っ込んだ。モテる男は準備も大変なのである。じゃなくて。


 私はその袋の中身の行先をを知っている。一緒くたに城の自室の屑籠の中だ。ばさーっと行く、ばさーっと。だから呼び出しとかされても気付かないで昼や放課後を私達と駄弁って過ごすのが基本だった。

 ラブレター出してくれた子の度胸に謝れよ。王子だと思うから精一杯丁寧に書いてるんだろう、相手達は。その度胸に免じて読むぐらいはして欲しい。裏庭で王子にすっぽかされる昼を過ごす女子の気持ちも考えて欲しい。可哀想じゃないか、そんなのは。


 と私が口を出せるところではないのが現実だ。一度真正面から貰って下さい! と言って来た女の子も居たけれど、結構だ、とけんもほろろだった。当然泣き出したけれど、完全に無視だった。あの時の私の居心地の悪さったらなかった。既に噂になるぐらい、私達の仲の良さは知れていたから。

 でも互いの親友も合わせて四人セットだったのだから、私だけ責められるのはちょっと納得いかなかった。まあブラックレターに仕込まれた剃刀で指切ったこともある前科者の私は、やっぱり意中の人、と見られて仕方なかったんだろうけれど。おまけにその事件はヴォロージャがさっさと片付けたので、そのみぞおちに一発食らわせた。


 私の問題を自分の問題だと置き換える、それはヴォロージャの悪癖だった。それも愛なんだろうと気付いたのは、一年ぐらい経ってからだったけれど。でもそんな愛なら私は要らない。プライドも持てない愛など嫌いだ。私は私として、色々を受け入れて行きたい。それに遊学の目的は高級貴族とのコネ作りも入っているのだ。あまりそれを邪魔して欲しくない。


「ヴォロージャ、一応聞くけどうちに来たラブレターどないすんのん」


 放課後のロッカールーム、体育着片手に一応聞いてみる。


「捨てる」

「即答やな!? うち中身見てへんねやけど!」

「見る必要はない。お前は俺のものだ。他の男の言葉なんて読まなくて良い」


 案外嫉妬深いのが、この王子で。ラブレター袋をぽいっとロッカーに入れてから、自分の体育着を取る。何の躊躇もない。いや、せぇや、多少。人のいないロッカールーム、出るのは溜息。仕方ないのか、これも王太子の婚約者の憂き目なのか、思いながらロッカールームを出ると、待っていてくれた親友にひひっと笑われる。なんやのん、とちょっとぐったりして聞くと、だってねぇ、と彼女は笑いを漏らしてついて来る。


「ヴォロージャ君たら完全にローリィのこと自分の物扱いしてるんだもの、可愛いったらないじゃない。幼稚な独占力で女子剣術部と男子剣術部を同時に相手取って、もぎ取るのが私達との勉強時間よ? テスト期間中は部活無いんだからそっちで一気にまた合宿すれば良いだけなのに、毎日ローリィといなきゃ嫌なんだもの。可愛らしくもなるわ、ふふふっ」

「部活も同じ武道場なのにな。あいつうちのストーカーとちゃうん?」

「一緒に暮らしててもストーカーなの?」

「ラブレターごっちゃにして捨てる辺り、ストーカーの範囲やな」


 あら可愛い、なんて親友は言う。可愛い――可愛いのか? あの自分勝手王子は。私には少なくとも、ただの過保護に見えるけれど。体育着の入った袋をぶん回す。この親友も結局剣術部に入った。この子と友達になったのだって、剣術の授業で勝ったからだったっけな、と思い出す。最初はやっぱりヴォロージャ繋がりで敵視されてたけれど、負けたら負けたでさっぱりしてくれた子だ。こんなに強いんなら仕方ないと、思ってくれた人だ。

 その後は勉強をみたり世話を焼いているうちに、親友になって行った。学食も一緒、移動教室も一緒、芸術選択は分かれるけれど、学校内でヴォロージャの次ぐらいに一緒に居る相手だろう。

 そのヴォロージャは一足先に部活に向かった。本当は歩くの速いのに、いつも私に合わせてくれている歩幅なんだな、と思うとちょっとくすぐったかった。普段は学校と城とを往復するだけの生活に見えて、案外学校と言うのは広い。中等部ともなれば更だ。吹奏楽部が練習する音楽堂だってあるぐらい。


 まあ作り自体は初等部とそう変わらないし、迷う事もないのだけれど。食堂なんて小中一緒だ。あの味からは逃れられない気がする。ごめんね城のコックさん。チープで濃い味付けが逆に美味しいの。オートミールだけ一人部屋で食べていた時期があると、あの騒がしさも愛おしい。


 そう、私は令嬢としてまともに育てられていない。なんとか最近手袋をすることを覚えるぐらい、小さな頃から自分の事は自分でさせられて来た。気の許せるメイドなんかいなかったし、学校にも行っていなかったから友達もいなかったし、いつもスパルタ教育に晒されて来た。

 それを思えば学校は楽しい。傷付けられることすら面白い。だから私の分のラブレターやブラックレターは、検閲の後に返して欲しい。私だって色んな愛情を知ってみたいのだ。初等部の頃もいくらか貰ったことがあったけれど、たどたどしくて微笑ましかったのを覚えている。


 でもそれもヴォロージャは難癖付けて捨ててしまった。私のラブレター相手には陛下が引導を渡しに行っていたものなのよ、と自慢げにしていたのは王妃様。しっかり血を受け継いでいるみたいだから、やっぱり浮気も否定できない。でもそれが浮気じゃなくて本気になった方がやばい。だから私は浮気なら推奨組だ。本気になったらこっちも本気出す。本気で令嬢になってやる。ただし悪役かも知れないけれど。まあ、思いが揃った時点でその他なんて邪魔者だ。

 だからヴォロージャはラブレターを捨てるのだろうか。私と今は繋がっているから、そうなのだろうか。そう考えると、ちょっとした優越感で笑ってしまう。そこにあの、と声を掛けて来たのは、一昨日見掛けた金髪を纏めた先輩だった。


「あれ? えーと先輩、何か御用で?」

「あの、ローリィさんにお話があるから、ちょっと来てもらえないかしらって」

「何のお話です? ここで出来るならそれで構わないんですけれど」


 生徒達が部活に出た放課後の校舎内、廊下はひと気が無かった。眉を寄せてあの、その、と言っている感じは、気弱で利用されているようにも見える。嫌な予感がするな。


「先に剣術部行って。ついでに『言って』。どこまでお付き合いすれば良いんです?」

「その、裏庭まで」


 目配せして私は親友を見る。こくんっと頷いて、彼女は速足で去って行った。先輩はちょっとホッとした顔になって、私と手を繋いでくる。温かい手だ。汗ばむほどではないけれど、代謝が良いのだろう。剣術部ならなおのこと。


 そして連れ込まれた裏庭では。

 見知らぬ女子が五人、私を睨みつけていた。

 その外には昨日私に負けた、剣術部の元部長が入っているのに気付く。


 あーお礼参りって言うんだっけ、こう言うの。私は体育着とヘルメットの入った袋をぎゅっと握り込む。おそらくはヴォロージャに手紙を出した一党なのだろう。そして無視された一党なのだろう。それを利用しようとしているのが、元部長。

 懲りないなあ。ふぅーっと息を吐いて、私は眼を細く開け、彼女達を睨んだ。

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