第2話

 帰りを待っていた王室の馬車には、王様と王妃様が乗って何か話ごとをしていた。何をお話になっていたんです、と訊くと、二人の結婚式はいつが良いかとね、と返され、思わず馬車の中でずっこけ掛ける。と、ヴォロージャに支えられた。危ないぞ、なんて、あんたに言われたくないわ。さっきのもこれも。


「十八では早いかな。大学部を出た二十二歳、勿論もっと勉強したかったら大学院に進んでも良いし、勉強がつまらなければ高等部卒業から行儀見習いをしても良い。完全に自由だよ、ローリィちゃん」


 否完全にそっちの自由だよ王様。私もまだ何かやりたいことをも見付けたわけじゃないけど、五年十年先の事を考えるには若すぎるって言うより幼すぎる。今日から中学生だよ? 何を求めているの、王様。王妃様。そしてヴォロージャ、あんたもだよ。

 とはニコニコ顔のロイヤルファミリーに言えなくて、はあっと私は溜息に埋もれる。そんなことより明日の心配だ。トーナメントかあ。二年三年がぞくぞくと出て来るぞ。とは言えお嬢様の競技なんで、剣術部は人数が多くないとも聞いている。それならまあ、一回戦落ちにはなるまい。前に王妃様が教えてくれたことだ。私の剣術は実戦向きであると。辺境伯家の元跡取りの杵柄だ。勉学、剣術。色々詰め込まれたのだ。色々。


 そんな私を引き取った王様たちには感謝してるけれど、いかんせんの帝王学かな、大概の事は自分の思うままにしてきた。出来なかったのなんて学生時代ぐらいだという。ガールフレンドが五人もいて、婚約者も別にいて、土下座させられたという話を聞いた時には驚いた。

 もちろん婚約者は王妃様だけど、それでも王様を見捨てなかったのはすごいと思う。すごい、愛情だ。


 私のヴォロージャに対する愛情は、どの辺まで何だろう。この二人を十合目でてっぺんだとすると、まだ四合目ぐらいじゃないだろうか。小中学生の恋愛なんて、幼さがキラキラしているだけだと思う。だからこそ、まだ周囲にばらされたくはなかったのだけど。このやろー。


 初めてのキスだって、三年生の頃だ。それもベッドに無理やり押し倒されて舌を突っ込まれた。経験のない事にパニックになっている隙に、告白された。なんやかんやで三年間考えると、それ以来紳士にしているのが分かって、だから言ったのだ。

 うちも好き。まだ一か月も経っていないが、ヴォロージャの頭の中ではまだイヤッホウ状態だったんだろう。だから今日の言葉が出た。まったく。王族って奴は勝手なもんだ。本当に。多情も一途も変わらず面倒くさい。


 とにかく明日は体育着持って行かないとな。あと髪を絞るリボンも。そろそろ長くなってきて、巻き毛にしても背中を覆うほどになってきたこれは、どうしよう。床屋――美容室? なんでも良いや――に行った事はないから、前髪を整えるぐらいしかしたことがないし、かと言って短すぎると淑女らしくないと嗤われる。


「ローリィ、今日は少し髪を整えてみないか?」

「へ? って、切るってこと?」

「いい加減邪魔臭いだろう、その長さ。乾かすのも手間だし、三十センチぐらい切っちまえよ」

「えー、髪は女の命よヴォロージャ! 簡単に切れなんていうんじゃありません! でも確かに長くなって来たからね、その方が良いかもしれないとは私も思うわ。剣術の授業で周りが見えなくなったら大変だし」

「やっぱ大変ですか……じゃあばっさり切ろうかな、三十センチぐらい」

「うふふ」

「どないしはったんです、王妃様」

「ローリィちゃんがうちに来たのが大体三年前でしょう? そこから伸びた分、過去を切り取れるってことなのよ。髪って一年で十センチぐらい伸びるらしいから、丁度ね! 早く辺境で伸びた分が無くってしまえば良いのに。そうしたら、私達だけのローリィちゃんよ!」


 この王妃様は、甘やかす時は本当に甘やかしてくれるから困ったものだ。ちょっと赤くなって、私は俯く。ヴォロージャが笑う気配がした。ええい、何くそ。こんなことで堪えるローリィちゃんではないのだ。


 跡継ぎである長男が生まれ、私は流刑のような遊学を押し付けられてここに来た。それから三年経つと思うと、もう義父の顔も思い出せない。義父はいわゆる、悪い人だった。実子でない私を使って、王室の人々を殺そうと暗示を掛けていた。その事では王室にも、そのメイド達にも、謝って謝り切れない。それでも、と私を受け入れようとしてくれたのがヴォロージャだ。

 俺達の家族になれ。そんな告白に、私は流されているのだろうか。流されて王家の一員になろうとしているのだろうか。それが分からないから、辺境にも帰れないし、城を出ることも出来ない。今日も笑顔のメイド達に、ただいまと言うのも気が引けてぺこりと頭を下げるに留まる。


 宛がわれている客室で、教科書を入れ替える。小学校の頃のものはもうゴミとして出していた。新しい教科書が入るスペースを空けて、分厚くなった教科書群を突っ込んでいく。古典が入ったのは嬉しい事だ。昔話は嫌いじゃない。化学と生物はちょっと心配だけど、もしも放課後の友人たちとの勉強会が続くのなら、私も教えながら理解して行けば良い。初等部の頃は毎日居残りで勉強していたものだ。ヴォロージャもその親友も、そして私の親友も、お陰で大分成績が上がったと喜んでいた。

 中等部になったらもっと難しくなるだろう。その為に、部活は出来れば六時ぐらいには終わって欲しい。その権限があるのは部長ぐらいだろう。だから明日は勝たなくちゃ。


 真新しい体育着を袋に詰めて、鞄の隣に置いておく。さてと。王妃様とのお茶会は休日だけになっちゃうけれど、その分今日は笑って居よう。と、その前に散髪か。

 巻いていた髪にスプレーを掛けて一時的にストレートにすると、確かに長かった。冬は風邪を引く長さだ。これが辺境三年分の長さ。いつかはすべて切り取るだろう、長さ。

 短くしても誰も気付かないだろうな。思いながら私は鏡の中でくふっと笑い、自分でも見慣れないストレートの髪を翻した。


「ストレートにしたのか」


 部屋の前で待っていたヴォロージャに、ああ、と私は頷く。


「切る時はこっちの方が楽かなって思てな、スプレーで一時的にストレートにした。それにしてもヴォロージャ、イメチェンなら昨日の方が良かったんと違うのん?」

「ま、色々事情が変わったからな」

「? まあえーけど、どこで切るん?」

「部屋と美容師を用意した。今から行くぞ」

「ほーい」


 巨大な鏡のある部屋で、まずは最低限切る部分をリボンで括られ、先にしゃきんと切り取られる。ちょっといびつになった毛先を、丸く整えていく。こう言うのは初めてなのでどうしたら良いかよく分からないけれど、とりあえず動かずにいよう。と、すぐに首がこってぐりぐり回したくなった。限界が来ようとしている所で、お髭モフモフの美容師さんが出来ましたよ、と言ってくれて遠慮無く肩を回す。と、おっさんくさいとヴォロージャに言われた。うるせーわよこちとら慣れてないのよ。

 身だしなみに気を遣う事も許されなかったもんなあ。そう思うとなんとなく、王妃様のおもちゃにされてるのも悪い事ではないのかもと思えた。先に行ってろ、とヴォロージャは私の切った髪を拾う。一番大きな最初の房だ。なんだろうと思って、でもその時はスルーで、私はテラスに向かった。


「まあローリィちゃん、ストレートも似合うのねえ! 昔宝物だったお人形さんみたいで、可愛いわ! 所でヴォロージャはどうしたの?」

「さあ、先に行け言うとりましたけど」

「もう、時間の守れない子は良い紳士になれないんだから! 先に私達だけで楽しんじゃいましょう? 今日はコーヒーにしたの、二人も大人の味を知る頃かしらってね。このすごーく固いビスケットはビスコッティって言って、コーヒーに漬けて柔らかくしてから食べるの。アーモンドが入ってるから香ばしくて美味しいのよ」

「……! 本当、美味しいです王妃様!」

「ん? 今日はコーヒーか。ってことはお供はビスコッティか?」

「ヴォロージャったら遅いわ! もう始めちゃってるんですからね、こっちは!」


 ぷりぷり怒る王妃様に、はいはいと言ってヴォロージャが私達の真ん中に腰掛ける。

 髪の事はもう、すっかりと忘れていた。

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