異国訛りの令嬢と王子の恋愛は邪魔されすぎる

ぜろ

第1話

「――以上により、ローリィ・ド・ツォベール辺境伯令嬢が我が婚約者であることをここに明示する。これまでのような嫌がらせや手紙の類は検閲が入ることを、覚悟するように」


 ざわざわとざわめく講堂、くつくつと笑っている数少ない友人。私は顔を真っ赤だったり真っ青だったりしながら、周囲の視線に堪える。学園の中等部入学式、殆どが初等部からの繰り上がり組だから、私の顔は知られていた。でもあくまで仲の良い親戚程度だと思っていたのも確かだろう。私の義父は現国王の従兄弟だ。義父に実の息子が出来たから、遊学の体面で辺境から王都に追いやられて来た。

 縁があって寮ではなく城で暮らさせてもらっている。義理でも親戚なんだから、ってことらしい。王家一家――国王、王妃、そしてヴラジーミル殿下――ヴォロージャは、私に良くしてくれた。仲の良い友人たちとテスト勉強合宿するときは部屋も作ってくれたし、王妃様は今私の社交界デビュー用のドレスを仕立ててくれている。良い人達だ。良い人達なんだけど。


 でもなんで入学式のあいさつで最後に言う事がそれかなあヴォロージャ! 最初に婚約者になれって言われたのは九歳の頃で四年前だけど、その頃から私は嫌がらせを受けている。剃刀レターに怨念の籠った呪詛手紙。それは全部私に近付きすぎてる王子が問題だと思うんだけど、ヴォロージャは『やる方が悪い』と正論で私のロッカーを調べたりするようになった。

 歳を重ねるごとにそれらは減って行ったのは、辺境伯令嬢と言う立場がどこまで強いか分かって来たからだろう。隣国との貿易には欠かせない立場。うちの国は幸い肥沃な方だけれど、自国だけで満足している訳でもない。他国のレースやドレスなんかも輸入したい。そのために必要なのが辺境伯なのだと知れば、嫌がらせの類も減って行った。


 正攻法で私を打ち負かして来ようとした連中もいる。剣術の選択授業やテストでだ。だが私は悲しいかな義父にしっかり基礎を叩きこまれていたので、どっちも学年一位なのだ。その私でなくヴォロージャが入学式の挨拶を任されたのは、まあ、家柄だろう。なんてったって王家。そこから出る言葉は学園全土に伝わる。


 確かに言ったよ? 初等部の卒業式で、好きだ、とは伝えたよ? 三年間一緒に暮らして来て、嫌いになれない程度のことは有ったよ? でもだからっていきなりこれはなくない? せめて私に事前に相談するとかしない?


 ってなわけで私は入学のしおりを丸めてすぱこーんっと隣に戻って来たヴォロージャの頭を殴った。令嬢のすることじゃない。でもその気安さが余計に衆目を煽った。ローリィ、と窘めて来るのは初等部からずっと同じクラスの親友だ。その辺多分王様の手が入ってると思う。中等部でも同じクラスだし。


「お前今のは絶対悪手だったと思うぞ。大人しくお付き合いしてるのをそれとなく周りに広めて行けば良かっただろうに。同じ馬車で通学してるんだから王室関係者だとは知られていたんだろうし」

「出る杭は打たれるって言うが、出る前に叩いておこうと思っただけだ。大体ローリィは俺が好きだぞ」

「えっいつの間にあなた達そこまで……?」

「いっとらんわ!」


 ヴォロージャの親友もまた同じクラスだ。その彼の言葉は正しい。匂わす程度で充分だったはずのことを公言したら、公示したら、また私の苛められ生活が始まってしまうだろう。どうとも思わないけれど。慣れ切ってしまって。そもそも私は辺境でとある実験の元で育てられていたので、他人の悪意はどうでも良い。男女の友達だって皆無じゃないし。


 思わず出たお国言葉、辺境は隣国とも近いから訛りが出る。この三年で随分取れたと思っているけれど、親しい仲では出てしまう。ヴォロージャ然り、互いの親友然り。


 天覧席を見ると、ゲストとして来ていた王様と王妃様がきゃっきゃとはしゃいでいた。良い家族なんだけどちょっと苦手な所はある。王妃様は私を着せ替え人形にするし、王様はかつてそれはそれは女癖が悪かったらしいし。

 その辺ヴォロージャは遺伝子を受け継いでいない。新しいドレスにも気付かないし、自分に来たラブレターは読みもせずに捨てている。勿体ないなあと思いながらも、ちょっとホッとしていたのも事実だ。ヴォロージャが私を好いてくれている限り、私は城に居られる。


 とは言えこのざわめきの中は、居心地が悪い。以前私にブラックレターを寄越して来た連中の視線が痛い。そしてヴォロージャにラブレターを送り続けていた女子の目も痛い。本来この痛みはヴォロージャが受け取るべきなのだろうに、女の嫉妬は女に向く。理不尽だ。


「アホなことしなや。これが切っ掛けでまたうちの平穏な学園生活が乱れることになったら、ほんまに恨むで、ヴォロージャ」

「そういう連中を叩きのめして来たのがお前だろ? 今度も大丈夫だろうし、いざとなったら俺が権力を行使する。問題ない」

「ありまくりや! ヴォロージャが出てきたら余計にややこしなる!」


 小声で喧嘩をしていると、じろりと先生に睨まれる。お口にチャックして目で訴えるが、ヴォロージャは知らんぷりだ。このー。私より背が高くなったって五センチ差の癖にー。


 まもなく入学式が終わり、私達はそれぞれの教室に振り分けられる。とはいっても四人固まっての移動だ。席はどこにする、と訊くと。ど真ん中、とここ三年同じ答えが出て来る。いばりんぼめ。


「せやったらうちは裏の方を」

「お前は俺の隣。三年前から決まってる」

「ほんっま横暴なやっちゃな! となると」

「俺がヴォロージャの逆隣りで」

「私はローリィの逆隣りね。いつもながら無敵の布陣」

「そんな無敵やなくてええわ……」


 はぁーっと溜息を吐いて、一年C組のドアをくぐる。途端に殺気めいた嫉妬を感じたのは私だけだろうか。長い巻き毛を指先でくるくる回しながら、私達は席に着く。初めにヴォロージャの隣に座ったのは、三年生の頃、転校してきた直後だ。足を掛けられて転びそうになったのを助けてくれた。こいつに取りついておこう、と思ったのに、別に王家の人間だと言うのは考えなかった。ただ盾が欲しかった。それがまさかこんな厄介なものだとは思わなかったけど。


 体育の選択や芸術科目の選択、教科書配りが終わるとさすがに鞄は重かった。体育着なんかは指定の服屋で買ってある。さすがにそこは王妃様のものは借りられなかったし、たまにはお下がりじゃないものも欲しい気持ちもくみ取ってくれたのだろう、制服だって新品だ。王妃様は物持ちが良いので自分の制服も持っていたけれど、それも以下同文。確かに新しい服の匂いは、嫌いじゃない。

 くふふっと笑うと、嬉しそうだな、と片肘ついて私の方を向いているヴォロージャに笑われる。悪いか。あんたんちで三年も家族してると、楽しいことも増えて来るのだ。新しい服も、学園も。大学部までエスカレーター式だから、三年ごとにこの気持ちが出来ると思うと、嬉しい。大学部はデイドレスらしいけれど。そしてそれは、王妃様のお下がりを借りるつもり満々だけれど。ほっそりした人だから、太らないようにしないとな。運動もしないと。となると入る部活は運動部かな。


 解散になって部活の貼り出しを見ていると、色々とある。テニスと剣術は初等部でもあったけれど、陸上やバレエと言うのも捨て難かった。でもなー、私姿勢に自信が無いからバレエは向いてないだろう。むしろバレーだ。でもルール知らない。ヴォロージャは剣術とさっさと決めてしまう。その友人もだ。女子二人はうーんと悩んでしまう。


「いっそ手芸とかは?」

「うち手先めっちゃ不器用やねん……出来れば身体動かしたいけど、陸上か剣術かで迷てる」

「そうねえ、体型崩せないものね、ローリィは。王妃様のお下がりの関係で」

「せやねん。どっちに――」

「それじゃあ剣術部に入らない? ローリィ・ド・ツォベールさん」


 後ろから響いた声に振り向くと、背の高い女子が二人、私達の後ろに立っていた。にっこり笑う顔は嗤う顔。嫌な予感がするでえーと思いながら、ぺこりとお姉さまに挨拶をする。


「田舎訛りの声が聞こえて来たものだから、思わずここまで来てしまったわ。辺境伯家では訛りの矯正もして下さらないのねえ」


 手指を口に当ててほほ、と笑うのは、長く黒い髪をした人だった。隣の金髪を頭の後ろでまとめている人は、何も言わずにその隣に立っている。ふむ、さっそく目を付けられたか。


「あなたは初等部では転校してきて以来ずっと剣術大会一位だったんでしょう? なら私達もお誘いするメリットがあるわ。強い子が入って来てくれると大会でも助かるわあ」


 大会。そうか、そう言うのもあるか。ツォベールの名は厄介だな。そうなると。


「それは良いな」


 聞こえて来た声は、職員室に入部届を出しに行ったヴォロージャだった。


「ただし条件がある」

「条件? 失礼ですが殿下、殿下はこのお話に何の関係もございませんわよ?」

「婚約者の入る部活だ、無関係ではない。それに俺達も剣術部の入部届を出して来たからな、男女同じ時間に終わると図書館での予習復習も出来るし便利なんだ」

「そんなことなさってたの? あなた達」

「友人ですから」


 私の友達が言う。


「まあ良いわ、その条件とやらをお聞かせ願いましょう、殿下」

「明日の放課後にトーナメント戦を行って、勝った者が部長になる。どうだ?」

「殿下――」


 金髪の人が何か言おうとしたのを、黒髪の人が止める。

 にっこりと笑っていた。

 とても楽しそうに。


「それは良いご提案ですわね。力の差を見せつけるには」


 と、私を見る。


「明日が楽しみですわ、ローリィさん」


 私の話を聞け。

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