観念と物体を緩やかに繋ぐスロープ式短歌

短歌における一種のパターンとして「前半(または後半)で思ってることをそのまんま述べたうえで落差のある(一見繋がりがわからない)言葉をブチ込む」というのがある。
そうした断崖式短歌に対し、本作はスロープ式短歌と言うべきものだ。

「(複雑なパスワードこそ推奨をされて)心が閉じかけている」というように
「複雑なパスワードこそ推奨され」る個人情報保護の「あるある」に「心が閉じかけている」というシンプルな心情が組み合わさっている。
「パスワード」による鍵やロックから「心が閉じかけている」という心の閉塞感へ繋げるのは極めて自然であり、誰でも話の流れを理解出来る。

「誰にでも苦手はあって海の中動きの鈍いスーパーマリオ」の「誰にでも苦手はあって」と「海の中動きの鈍いスーパーマリオ」の繋がりも明瞭だ。

「果実から省かれた種 きみといる煩わしさも『好き』に含めた」は実に上手い。
「省かれた種」とは無論食えないから捨てられる「果物」の「種」のことだ。
それを「きみといる煩わしさも『好き』に含めた」に繋げる。
食えない「種」を捨てるように「煩わしさ」を無かったことにする。
未来への可能性を暗示するような雰囲気がある「種」をここで持ってくる点に何かしら意味がありそうだ。
「災厄の種」だとか「争いの種」だとかいうようなマイナスの兆しとしての「種」。
それを丁寧に省く。もちろん省いたところで「種」があったという不穏な事実は変わらない。