第5話 強く生きて



鍛錬が始まった日の夜


お兄様が魔法の発動に手こずっている事に疑問を持ったボクは夜中にお兄様の部屋へ瞬間移動する。

もちろん千里眼でお兄様が熟睡していることは確認済みだ。


お兄様の寝ているベッドの横に立ち透視スキャンを開始する。


ふむ、やっぱりお兄様の魔力は他の人より量も質も高い。


この魔力臓器というのは大きさに個人差はあるけどそれは関係無く、

そこから流れ出る魔力量と質がその人の魔力の強さを決めているってわけだ。


さらにお兄様の魔力の流れを追っていくと…


あちゃー、これか…


魔力の通り道が一カ所、絡まって道を塞いで行き止まりを作っているのを見つけてしまった。

これが魔法を発動できない原因なんだ。


今日の講義で教わったのは魔法を行使する手順。


魔力を練る、高める。

これは集中して魔力臓器から必要な魔力を引っ張り出す作業。


詠唱。

引っ張り出した魔力を詠唱にのせ、行使する魔法を発動させるための魔法陣を構築する作業。


発動。

構築された魔法陣に魔力を流せば構築された魔法陣ごとの効果が発動する。

この時に流す魔力の量や質で威力が変動する。


この作業を手を基準としているために魔法は手をかざして発動するという固定観念があるのだ。


お兄様の場合は…

漢字の『太』と言う文字を人の身体と考えてみる。

下の点が魔力臓器。

巡りだした魔力が中心の線が交わる場所で止まってしまっている。

なので横線、つまりは腕から先に魔力が流れないという形になっているのだ。


足から魔法を発動させるという概念があれば今のお兄様でも魔法を使えるんだが…

この世界の常識を考えるとそれは無いな。


大体の人は魔法の効果を高めるために魔導具を使用するらしいが無くても発動は可能。

魔導具も身体から発せられる魔力を魔導具を通すことによって増幅したり、苦手な属性の魔法陣構築の補助をしたりなど様々らしい。

そして魔導具は必ず手に持って使用するんだよ。

杖であったり剣や弓だったり指輪やネックレスなども。


で、お兄様の場合は行き止まりのせいで体外に魔力を出す事が出来ずに魔導具も反応しないってわけだ。


じゃあどうするの?

今ヤるしかないでしょ!


透視と念動力を使い絡まった魔力の通り道をゆっくりと確実にほどいていく。


くぅっ!絡まった釣り糸を解く作業並にムチャクチャ面倒な作業だ。

絡まりすぎだろ!これ!


釣り糸なら最悪切ってしまえばいいんだけどこれは釣り糸じゃない。

身体の内部、しかも前世では知りもしなかった未知の領域だ。

下手に切って繋いでとかお兄様の事を考えると怖くてできないよ!


慎重に慎重を重ね、

解ききったのは外がほんのり明るくなり始めた時間帯だった。


ハァハァ…

つ、疲れたぁぁぁ!!!

こんなに長時間集中したのは初めての経験だ。


さて、大手術の成果はいかに!?


お、おぉぉぉぉ!!!

流れてる!ゆっくりだけど身体の中心から魔力が肩、腕、手に!

そして頭の方にも!

ゆっくりゆっくり…魔力がっ!!

ついでだし念動力を使って少しお手伝いしよう。


うん、ボクは優しいええ子やぁ!


お兄様の魔力を腕から手に行き渡らせ循環をスピードアーップ!

さらには頭部にも!


そしてお兄様は…




「コポッ…コポポ…ぐぷっ!

ぅおぐげええええぇぇぇぇ!!!」


派手に寝ゲロした。

口から鼻からそれはもう噴水の如く。


魔力と共に胃液まで上がっちゃったのね…


その時に聞いたお兄様のは忘れられない思い出となるだろう。


それを最後まで見ることなく

ボクは瞬間移動で部屋に戻ったのであった。



・・・・・・・・・・・



寝ゲロ大明神誕生の朝


自室に戻ったボクは疲れ果てておりすぐに就寝。


したのだが目覚めは早かった。


部屋の外がメイド達の声で騒がしいのだ。

「キャーッ!手に!手にぃ!!」

「うぷっ…ぶぉえぇぇ」

「あなた達!しっかりしなさい!」

「これはこれは、また盛大な…」


手に何かしらがついちゃった人。

ニオイでつられゲロしてる人。

それらを叱りつけるメイド長。

我関せずで感想を述べるマイケル。


うん、なんかボクの部屋の中までニオイがしてきた。


少し千里眼を使ってみると

お兄様は寝ゲロだけではなく

オネショとオネグソまで捻り出していたようだ。


11歳、有能で優しいイケメン。


そのイメージがこの日、

我が屋敷の使用人達、主に水場仕事担当の人達から

『寝ゲロ大明神』

『オネグソ王子』

など

とても不名誉な呼び名が聞こえてきたらしいが今後一切他言せぬ事、二度とおかしな呼び方をせぬ事、なんなら最終的に記憶を消す事で本来ならば打ち首並の無礼は不問とされたそうだ。


普通の貴族なら考えられない甘さだが

それもそのはず、お兄様が魔法の発動に成功したという事で浮かれたお父様が契約魔法という条件付きで不問としたそうだ。


そしてお兄様はというと…

寝ゲロ・オネショ・オネグソというトリプルコンボの事など関係無いと言わんばかりの喜びようで

訓練所で朝っぱらから魔法を撃ちまくっているそうだ。


うん、お兄様の役に立てて良かった良かった。

お兄様、強く生きてくださいねと強く願う。


そして結果オーライってこういう時のための言葉なんだなぁ、とシミジミと思うボクであった。



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