第6話

 男親にとって、娘は特別かわいいものである。

 いつまで話していても飽きることも疲れることもない。

 幼かった優香はよく、クリクリとした大きな瞳で私に話してくれたものだ。


 「あのねパパ、優香ちゃんはね? 大きくなったらパパのお嫁さんになってあげる」


 そんな娘は大きな枕を引き摺って、私の寝床に入って来たものだ。

 だがそれも娘の成長とともに私たちの会話は減り、遂に高校生になると殆ど話をしなくなってしまった。

 妻の麻理恵から言われたことがある。


 「話を聞いて欲しい時にあなたは家にいなかったからよ」


 私はその時、カネの亡者になっていた。

 だが、どんなに眠くても、体調がすぐれなくても娘の高校には毎朝クルマで送って行った。


 「もうすぐ修学旅行だな?」

 「・・・」


 娘に返事はなかった。

 


 娘たちと別れて暮らすようになってからは、私は出来るだけの送金をして彼女たちの家計を助けた。

 そして月に一度、東京で暮らす彼女たちと食事をした。

 贅沢をしない彼女たちに、少しでも美味しいものを食べさせてやりたいと思ったからだ。

 息子は誘っても来ないのはわかっているので、比較的飲食店が空いている平日を選んで会うことにしていた。

 東京駅の『銀の鈴』でよく待ち合わせをした。

 いつも私が待たされた。それはおそらく、麻理恵と優香の身支度に時間が掛かっているからだとわかっている。

 別れたとはいえ、久しぶりに会う私に、キレイな自分を見せたいと思うのは当然の女心だからだ。



 「ごめんね、待たせて」


 と麻理恵が言うと、照れくさそうな優香が妻の後ろにいた。


 「何が食べたい?」

 「なんでもいいよ、パパさんの好きな物で」

 「優香は肉と魚、どっちがいいんだ?」

 「お肉かな?」

 

 娘の優香は肉が好きなのは知っている。食べ盛りである優香はどちらも食べたいのも理解している。

 ランチには『叙々苑』の高級焼肉、そして娘と妻の服などを買って娘には小遣いを渡し、夜は寿司屋で鮨をごちそうして別れるのがルーティーンだった。

 娘はよく食べよく話した。うれしかった。

 

 帰り際、颯太に鰻弁当などを土産に買い与え、辛そうに杖をついて歩く私の背中を優香は心配そうに押してくれた。

 子供の時の優香の紅葉のような手を思い出す。

 だがもう何年も娘とは会っていない。電話もメールも疎遠になってしまった。

 私は娘にも完全に嫌われたようだった。


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