幼馴染と深夜の逢瀬


 窓を叩く雨の音はより一層激しさを増していた。

 暖色のスタンドライトを上回る稲光が部屋を照らす。


「ううん」


 案内された部屋は僕の自室よりも広かった。こうして横たわっているベッドも高級でフカフカだ。蜜実は何から何まで別世界に生きている――本来なら関わるなんておこがましいレベルだ。

 彼女が島根来に転校してきて、たまたま同じクラスになった。それだけが僕と彼女の共通点だ。


 引っ越してこなければ、僕がおかしくなることもなかったんじゃないか――そもそもなぜ彼女はこんな辺鄙な場所に来たのだろうか。

 別荘はあまり使われている気配がなさそうだった。これだけ大きく、僕たち一人一人に寝床を提供できるくらいの大きさなのに、だ。


 建てたはいいものの、結局使うことはなかった――そういう感じだった。

 ここで産まれた僕から言わせれば、島根来に別荘を建てている人間がいること自体、不可解だ。

 来るのも難しい。観光名所でも、体を休められるような場所でもない。自然はあるが、それならもっと適切な場所があるはずだ。


 両親も連れずに、来るか?

 ――お嬢様はいま、大変な状況なのだ。

 彼女のお付きの言葉を思い出す。とはなんだろうな。

 コンコン、と思考から現実に引き戻される。部屋にノック音が響いた。

 時計を見る――時刻は二十三時と六分。来客があるには遅い時間だ。


 ドアの前に立つ。

 開けた瞬間に蜜実が立っていれば、殺してしまうだろうな。巻谷なら少し困ってしまう。ギルフォードさんなら、仕事ができるなと拍手をしよう。

 扉の向こうからの雰囲気でなんとなく想像はついていた――馴染みがあるからだ。


「朱彩」


 名前を言いながらドアノブを捻った。


「よくわかるなぁ」

「幼馴染だからね。そもそも朱彩以外なら問題じゃない?」

「確かに」


 朱彩は当然のように部屋に入ってくる。年頃の男女がうんぬん、そういったことには我関せずといった具合だ――ぽすりとベッドに腰掛けた。いつものように、いつもじゃない場所で。

 慣れない場所で寝付けず、暇をもてあまして来たといったところだろう。


「でも、こないだ巻谷とデートしてたよな。あり得るんじゃないか?」

「僕は奥手で紳士なんだ。なんにもなかったよ」


 大嘘をついた。あの日は、なんにもありすぎて処理できなかったので、これはエラーということで見逃してもらいたい。


「紳士、ね」

「含みのある言い方だなぁ。こんなに魅力的な女の子が深夜に部屋へ訪れているのに手一つ出してないんだぜ? 紳士オブ紳士に他なるまい」

「魅力的に見えてる?」


 自分の体を見回す朱彩。着替えを遠慮し、お風呂から上がっても制服スタイルだ。

 指定シャツを大きく隆起させる胸部、細いウェスト、すらっと伸びる足。どこをどう取っても魅力の塊じゃないか。だが、正直に伝えるわけにはいかない。

 幼馴染の関係というやつは、実は薄氷の上に立っているようなぎりぎりの塩梅で成り立っているのだ。知っての通り、踏み込めば割れがちだったりする。


「漫才してくれよ、きまずいだろ」

「あはは」


 朱彩は少し照れながら笑う。


「調子は、どう?」


 そして、想像より細い自分の首元に手を添えて僕に尋ねてきた。

 例の件だろう。


「落ち着いてる、今んとこ」

「気遣ってくれてるなら、遠慮しなくてもいいけど」


 フカフカのベッドに体を沈めた――あまりにも無防備だった。

 本当に大丈夫なんだけど、目の前に横たわり、目を閉じている朱彩を見ると甘んじそうになる。


「……」


 ゆっくりと手が伸びていく。首に触れる直前で、朱彩の薄く開いた唇から吐息が漏れた。


「っ」


 大丈夫と、言わなければ。

 眩暈めまいがした――する必要がないことをしようとしているからだ。

 なんの為にこんなことをしているのか。それは、蜜実を殺さないようにするためだ。幼馴染はその協力をしてくれている。

 それ以外の理由で、許されるわけがないだろう。


「……ぁ」


 首に手が回る。僕の両手には、膨らむ頸動脈から彼女の鼓動が聞こえてきた。

 ドク、ドク、ドクと、生きている感触がした。そして。

 ガタン――扉が揺れる音がした。


「なっ……」


 続けて離れていく足音。

 鍵をかけていなかったことを思い出す。見られたのだ、誰かに。


「ちょっ、頼道!」


 僕は走り出す――追いかける意味はあまりなかったかもしれない。追いかけてどうしようというのか。だけど、追いかけた。

 本当のところは、自分が行いかけたルール違反から、ただ、逃げたかったのかもしれない。


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