富豪の象徴・バカでか別荘


 密実の住まう別荘は僕と朱彩の家を足しても足りないくらいの面積を誇っていた。

 これが別荘――大豪邸じゃないか。

 広々としたエントランスには豪華絢爛なシャンデリア。敷き詰められた赤絨毯には埃一つなく、正面を見れば立派な二つの階段がシンメトリーにカーブを描いていた。


「やっばー! 最高じゃん!」


 巻谷はご満悦といった様子でエントランス中央をくるくる回っている。


「あっは! ダンスでも踊れちゃいそう! 芦名くん、シャル・ウィー・ダンス?」


 手を差し伸べられる。巻谷は一転の曇りもない美少女だ。ドレスでも着れば絵になることだろう――ただしそれは彼女が普通の感性を持ち合わせていることが条件だ。

 ご所望のダンスはエレガントではなくバイオレンス、優雅ではなく猟奇。

 想像しているのは血に塗れた逃走劇だ。


「ノー」


 英語が堪能でない僕はまともに使える二つの意志表現の内の片方を提示する。


「つれないなぁ」


 くるくると回りながら離れていった。

 朱彩は隣でなんともいえない表情をしている。僕と同じく庶民と富豪の差を肌で感じていることだろう。このレベルになると悔しがるのも馬鹿馬鹿しくなるが、かといって素直にすげぇと手を叩くこともできない僕たちは思春期の真っ最中なのだ。


「大したものも出せないけど……とりあえずゲストルームに案内するね。お紅茶でいいかしら?」


 ゲストルームがすでに大したものなんだよな。

 この赤絨毯をもっと赤く染めてやろうか?


「ギルフォード、お客様にお茶の用意を」

「はっ」


 密実が手を叩くとギルフォードさんが頭を下げ、奥の方へと消えていった。

 なんだこのやり取りは、物語か?

 僕らは階段をのぼる蜜実へと付いていく。僕の視界を遮断するように朱彩が間に入ってくれていた。蜜実の隙だらけの背を見せないように気を遣ってくれたのだろう。


「朱彩、好きだ……」

「はいはい」


 そうこうしている内にゲストルームに着く。


「どうぞ、おかけになって?」


 逆に座りづらい。

 白い壁紙が張られた清潔感のある正方形の部屋には明らかに高級そうなドデカ本革ソファーが鎮座していた――傷一つでもつけようものなら僕の家の家具がいくつか飛んでいきそうな代物だ。


「あっは! 昔の私より高いかも!」


 えげつないブラックジョーク、僕にしか伝わらないしツッコミにくいからやめて欲しい。

 壁にくっついてる鹿の頭も、ガラス張りのテーブルも、花が活けられた花瓶も高いんだろうなぁ。


「頼道、私はバネの死んだベッドの上でいいからな」

「痛み入る」


 朱彩の定位置は僕の寝具の上である。

 幼馴染だから気にならない――そう思っていた時期が僕にもあったが、最近は彼女との物理的距離感が近すぎたり思いがけない部分を意識してしまったり(首絞めの際に無防備を晒されている)、前のように当たり前にいられるかわからなかった。

 朱彩用のイス、買うか。


「お待たせいたしました」


 ギルフォードさんが部屋に入ってくる――入るなり睨まれる。

 紅茶をテーブルに並べられては、このまま立ち尽くしているわけにもいかず腰掛ける。

 念のため、座る前に後ろポケットに何かいれていないか確認した。

 腰掛けた瞬間だった――爆音が鳴り響いた。


「おおっ……」


 続いて、大きな水滴が一斉に窓を叩く。視認性の悪くなった窓ガラスの向こうで木々の輪郭が激しく揺れていた。

 梅雨とはいえ、あまりに厳しい。まるで台風だ。


「やっば! 島根来って天気不安定なの?」

「自然に近いから崩れやすいんだよね。僕の経験上、これは通り雨じゃなくてたぶん明日くらいまで降る」

「まじかぁ、あっ、学校から連絡が入ってる」


 巻谷がスマホを眺め、僕も彼女に倣って自身のスマホを確認した。

 危険性を考慮して課外活動中の生徒は近く屋内に避難。今日はそのまま解散とのことらしい。


「朱彩ちゃん、さっき芦名くんも言ってたけど、これって本当にやまないの?」

「あぁーそうだなぁ。島民の勘から言わせてもらうとやまない。困ったなぁ、こんな状況じゃ車の迎えも呼べないし」


 密実に問われた朱彩も僕と同意見のようだ。

 そもそも晴れていようがここに来るまでの道幅が狭い。どのみち、徒歩で帰ることはできないのだ。


「そっか、そうよね――みんなが良ければ泊っていかない? 部屋もいっぱいあるの」

「えっ、いいのか?」

「お嬢様」

「ギルフォード、お客様を危険の中、帰らせるわけにも行かないでしょ?」

「……はい。では私は空き部屋の掃除をして参ります」


 退出する瞬間、僕の方をちらっと見る。気になるのだろう。

 僕も自分が心配だよ。嵐の中を帰る方が安全じゃないか?

 そうでもないか。窓の外を見ると遠くの斜面が軽く崩れるのが見えた。


「決まり決まり! 洋館にお泊りなんて楽しみだね、芦名くん」


 巻谷が妖しく微笑む。

 陸の孤島と化した洋館、嵐の中に潜む殺人鬼――たしかに彼女が好みそうなシチュエーションだった。

 かくして、僕らは蜜実の別荘で一夜を過ごすこととなる。

 青春の一ページ、あるいは……。

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