第4話

「いやさ、いくら俺でも土の中で寝たことはないよ」


アランは私の肩に手をまわし、朝から何度も同じ話をしていました。

その度にどんなに洗っても消えない腐葉土の微かな香りがとても不快に感じました。


「……申し訳ないとは思ってます。いくら酔ってたとはいえ勇者を埋めてしまったなんて。でも!!あなたもデデンデンデデンみたいな鼻歌歌って入ってましたよね!?」


「姫ちゃん~、俺がそんなことすると思う?人のせいとは感心しないな~。酒癖悪すぎアッハッハ」


「臭いので離れてください💢臭いので💢あとツケとかはあなたが払ってください💢」


こんなやりとりをするぐらいに私も心を許したのはよかったのですが、私たちが歩いているところは木が少ししか生えていない山々の中に囲まれた盆地のようなところでした。唯一気になるのはその何もない場所に大きな建物が崩れ去った残骸が一面に広がっていました。

それはただ崩れたというより、何かに壊されたという有様でした。


「それで、移動手段って何なんですか?見たところ馬車とかは調達できるとは思いません。町から離れてますし、何よりこの瓦礫」


「姫ちゃん、ラインズノープと聞いて思い浮かぶのは?」


「魔王軍の拠点だった場所ですけど……まさかここが」


「そうそう」


「なおさらなんでですか?」


「その前にここの説明を軽くする」


「ここはただの軍事拠点としてではなく各国の魔力を魔王に集める場所としての意味合いがあってな。だからその場所は魔王城を通して繋がってる。さながらタコみたいなかんじね、魔王城が頭で足が各国の拠点となってたと」


「はぁ」


「でだ、魔王軍も魔王城を通して物資の輸送や魔物の転移をした術が根付いてると思うのよ。何十年もの間使用し続けてきたわけだから。つまり……」


「つまり?」


「魔王城を経由して特定の場所にワープできる」


「いや、常識的に無理ですよ」


「理論上はいける」


「いやいやいや」


「いやいやいや」


「大丈夫。俺神に愛されてるから」


「そういう問題ではないですよね。そもそもここ来ていいんですか?」


「アッハッハ」


そんな禅問答を繰り返していると瓦礫の中から瓦礫を掻き分けてこちらに向かっている音が聞こえてきました。


「え、なに!?」


「魔物の残党か~いるんだよな~、後ろ下がってな」


初めての魔物ということもあり私も緊張して戦う姿勢をしました。


でも出てきたのは半分が犬、半分がスライムのどう見ても二つの魔物が無理やり合体した姿でまるで、転移で失敗したみたいな姿でした。


「…シテ……コロシ──」


「ややこしくなるからでてくんじゃねぇーーー!!!!!!」


その瞬間、アランは手に雷撃を纏わせ、魔物にエネルギーの塊を魔物にぶつけました。

魔物に当たった瞬間、魔物もろとも空に飛んでいきそして爆散しました。とても綺麗な花火になって。


「ヨシ、アブネー」


「今、転移の失敗体を証拠隠滅しましたよね」


「??????」


「記憶を犠牲に魔法使ってるんですか?」


「今のはどうみてもキメラじゃん」


「え〜」  


「アリガトウ、コレデカイホウサレル」


何もない空から、微かに温かい声が聞こえました。


「辞めろッ!!そんな風に感謝すんな!!」


「……」


「……」


「まぁ姫ちゃんが不安になる気持ちもわかる、のでそんな時にぴったりの酒飲んで夜まで待ちますかね〜転移は夜しか使えんと思うし。お、あそこの木の近くよさそう」


「話変えた……それとまたお酒ですか?」


「今回はちょっとおしゃれだぞ、じゃん」


アランはバッグの中から色々と出してきました。どれもアランのバッグパックから出たとは思えない品々でした。


「コーヒー豆とウイスキーと、これは?」


「ルイアーって果物。旬ではないから微妙なんだが、なるべくいいやつを」


ルイアーは、熟しきっていない緑から黄色の間の色をした楕円形の果物でした。


「いい香り、ってこれ私のお金じゃ──」


「お湯用意よろしく~」


□□□□□



「まずルイアーにかぶりつく。ここで重要なのは下品にってことだ」


「は、はい」


半分に切られたルイアーからでた黄色の果肉を、アランはかぶりつきました。私も真似をしてかぶりつくと、果汁が口いっぱいに広がり脳に直撃する甘さでしばらく甘いものを食べていない私は混乱するほどでした。


「その甘くなった口で深煎りのコーヒーを飲む!そして!寝る」



私は混乱のまま、コーヒーを流し込みました。

するとルイアーの甘酸っぱい夏のような清涼感漂う香りが、ウイスキーとコーヒーの豊潤な香りに包まれました。呼吸するたびに香りが絶妙に変化し、でもどれもとても心地よく自然と呼吸が深くなっていきました。そしてそのまま寝そべって空を見ると、夕日が完全に落ちきり、微かに見える星空と消えていく赤い夕日が合わさってなんとも言えない心地よさを覚えていたのです。


「ほぅ……」


「な、落ち着くだろ」


アランはもう


「ホッとします。アランさんの割にはおしゃれですね」


「言うようになったなこの小娘は、まぁ実際これは俺の専売特許じゃないし」


焚き火の音が何もない中でパチンと火花を散らしていました。


「この辺は魔王軍が支配する前、山一面にこの果物の木がなってたんだと。ここを攻略する前からこの辺に住んでた婆さんが言ってた」


「春になると一斉に花が咲いて綺麗だったんだって、聞いてもないのによく喋ってたよ。あの風景を知ってるのはわたしだけなのは悲しいって俺におしえてくれて、死んじまった」


「その婆さんに死ぬ前に会いに行ったら、また来たのか恥知らずって言われたんだよ、ひどくない?」


「フフフ」


「笑うなっての」


「違いますよ。アランさんって、そういうとこは勇者なんだって思って」


「あん?」


「だってわざわざ魔王討伐の後に会いに行ったんですよね?優しい人しかそんなことしませんよ」


「俺は、おばあちゃん孫だよそんな思い出話より遺産ちょうだいって言いに行ったんだよ」


「もしかして照れてます?」


「大人を揶揄うなっての」


「痛い痛い痛い痛いです!」


せっかく直ったほっぺたを思いっきり引っ張ってきました。勇者にあるまじき蛮行です。


なので仕返しに、私は少し入ったアルコールで気分が少し大きくなったのでずっと考えていたことをアランにぶつけてみることにしました。


「じゃあ優しい勇者様についでに聞いてもいいですか?」


「ん?」


「アランさんは魔王を倒してから15年近く何をなさってたんですか?なんの情報もなかったですけど今の話を聞くと、色々な所で色んな人と会ってたんじゃないですか?あ、もしかして人知れず世界の危機を救ってたとか──」


「言えない」


寂しく、冷たい目でした。

アランの目は夜の暗さと同じ目で先ほどのチャランポランとは別の、本当に別人のようでした。私は聞いてはいけないことを聞いたと思ってすぐに謝ろうとしました。すると申し訳なさそうにアランはこう言いました。


「だってギャンブルして素寒貧で、さ。借金取りに追われてて身を隠してたんだもん」


「……聞いて損しました」


「おかわりいる?」


「いります」


私は少しでも気持ちを落ち着かせようとおかわりを要求し、アランは笑いながら二杯目のコーヒーを用意し始めました。



□□□□□




「戦士長お呼びですか?」


ダンバートは、緊張の面持ちで戦士長の部屋に入った。普段であれば


「いい匂いですね」


少しでも緊張を解こうとした世間話は、



「突然の呼び立てすまないダンバート。調子が悪そうだが?」


「問題ないです。で、要件はなんでしょう?」


「アランがラインズノープに向かっているとの情報が入った、システィ姫と一緒に」


「システィ様と!?」


ダンバートは大きな声をあげて驚いた。

システィがいなくなって数日、どこかの公務に出ていたと考えていたがまさか勇者といるとは想像していなかった。動揺を悟られぬよう咳払いをし、再び話の続きを促した。


「すぐに向かって何か動きがあれば連絡してくれ。もしもの時はお前の判断でシスティ姫を保護しアランを捕えろ」


「理由を、聞いてもよろしいですか?」


「私がそう言っている、それで充分だと思わないかダンバート」


戦士長の判断は常に正しい。いや、正確にはどんな状況になっても立て直せる冷静さと判断力から正解を導けるチカラがあるのだ。

それゆえに命令に対して、あえて理由を言わないことは何かしら意味があるのだろうとダンバートは直感した。


「承知しました。しかし、勇者アランが抵抗した場合は?」


勇者を生きて捕縛することができるのは国を見ても僅かしかいない。それほど勇者の実力は、計り知れない。

そう、生きてなど到底できない芸当だ。


「わたしが責をとる、アランが死しても構わない」


かつて勇者ともに旅をし魔王を討伐したパーティの一人、戦士キョウは冷徹にそう言い放った。コーヒーとウイスキー、そしてルイアーの香りはまだ部屋に残ったままだった。












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