𐎢‎𓊆10録𓊇𐎽 芳香、咆哮、彷徨











___ピチャ、ピチャ、ピチャ、ピチャ…………







「…………………美香、大丈夫?」


「う、うん………大丈夫、ありがとう。あの、化け物は…………?」


「さっきまでピクピクしてたけど、今はそれも無くなってるから、死んでるかも」


「そっか………本当に、ごめんね。私が動かなくなっちゃったばかりに、ゆみりに危険を曝すようなことをしちゃって」


「そんなん気にしなくていいよ。困った時はお互い様ってことでさ」


「本当に、ありがとう………ゆみり」


「あっ、なんか、恥ずかしいな………なははは〜」



こうやって感謝されるんだったら、もっと平和な日常の中で感謝されたかったものだな。


こんな芳香剤の匂いがする紫色の体液を浴びたまま、後ろに巨人のような化け物の死体が転がっているような状況下で言われるようなもんじゃないなと心底思う。


でも、美香の体も精神と無事みたいで良かったな。特にPTSDとかになっている様子も無さそう。


化け物の死体を見ても、特に恐怖に駆られることも無く、「なんなんだろ?これ……」って呟けるくらいまでにメンタルが回復しているならば、私がそこまで心配することでもないだろう。



「美香!!ゆみり!!」


「2人とも!!大丈夫!?」


「あ、うん。私は大丈夫かな?」


「私も大丈夫だよ。ゆみりが守ってくれたから」


「そ、そうか…………」


「なんか、凄い良い香りしているけど……あの化け物の血なの?この匂い?」


「そう、みたい」


「完全に便所の芳香剤じゃん。事務所の便所と同じ匂いがしとるわ」



あれ?事務所のヤツも同じ匂いだったっけ?そこまで事務所のトイレの匂いとか気にしたことが無かった。


美咲と楓夏依が私と美香のところに駆け寄って、身体の心配などをしてくれた。私は無傷で、美香もとりあえず無傷のようだ。


今は全身が紫色に染まっていて、ずっとラベンダーの香りが漂っているのが少々気になるくらいなもの。


化け物の死体の、割れた頭から大量の体液が流れ出して、通りの方にまでも若干流れ出ているから、確実に通りの方でも騒ぎになっているだろう。


既に悲鳴が聞こえてるので、もう大きな騒ぎになっているのだろう。


ここに長居しているのもマズいと思ったので、近くのラブホテルに駆け込んだ。金は無いため、部屋に泊まることが出来ないのが面倒だが………明らかに緊急事態に巻き込まれていたってことは、私と美香の身体が物語っている。


化け物が死ぬまでに話していた、常日頃から人を食らっているような発言………察するに、今日だけの出来事では無いということは間違いない。


多発している訳では無いにしても、自然災害の一種のような扱いにはなっているはず。それに巻き込まれたってことにもなれば、そな簡単に追い出されはしない…………されたら、少し本気で文句を言ってしまうかもしれない。



例の年の差凸凹カップル………あの化け物に食われた凸凹カップルが出てきたラブホテルに入って、全身が体液でズブ濡れになっているところ、店員さんが受付の奥から出てきて、驚いた表情を浮かべながらも「料金は良いので、早く個室に入って体を洗ってください!!」とホテルの個室の鍵とエレベーターの場所をすぐに案内してくれた。


楓夏依が「本当にお金は………?」と申し訳なさそうに聞いたので、店員さんが「あの化け物に襲われたんですよね?料金の代わりに事情だけを説明してください」と説明されて、急いで体を洗うように促された。


まずは体を洗うために、私達は渡された鍵の番号の部屋まで向かった。


体液を滴らせながら、エレベーターに乗り込む私と美香。店内を汚してしまって申し訳ない気持ちになった。


それと………「事情だけ説明してください」ということは、あの化け物と同じように私達が別世界から転生してきたっていうことを分かっているのだろうか?


そんなに、私達って異形の存在なのだろうか?


確かに、こんなVTuberのような見た目の人は街中に居なかったような………いや、そんなことは無い。


私達よりもVTuberっぽい見た目なのは沢山いた。私たちが見てきたエルフやらオークやらオーガやらっていうのは、人の見た目に限りなく近かったが………私達の知っている人間の見た目とは大きく異なっていた。


それこそ、VTuberのガワといってもいいくらいの人達が歩いているような気がした。



それなのに、私達を転生者って見抜いた化け物って…………何を基準に判断したのだろうか。



………今は、色々と考えるのはよそう。考えたところで答えは出ない。憶測に憶測を重なるのは良くない。


しっかりと事実を知るまでは、あまり変なところまで思考を巡らせない方が得策かな。

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