第42話 

「少しは良くなったか?」


尋ねられた理人は小さく頷いた。


「ありがとうございます」


「ああ気にすんな」


理人がソファに座り、店長と並ぶ。


そしてしばらく沈黙が流れる。


「なあ、理人。昨日は何してたんだ?」


「昨日はずっと漫画描いてた」


「昨日だけか?」


理人は首を横にふる。


「最近ずっと」


店長はため息をつく。


「キュイがご機嫌斜めだったぞ」


「ちゃんとお世話してたよ。…いつもより遊ぶ時間は少なかったけど」


「そうか…」


「漫画の調子はどうだ?」


理人はかぶりを振る。


「駄目みたい」


「そうか…」


2人の間に沈黙が流れる。


「なんかね、面白くないんだって。そう言われて改めて読み直すと自分でもそう思っちゃうんだよね」


「一生懸命に描いてんだろう?」


「どうなんだろう、よくわからないや。やらなきゃいけないから描いてるみたいな?」


「描くのが嫌なのか?」


理人はしばらく黙っていた。


「嫌なわけではないけれど…。なんだろう、結果が出ないと諦めがつかないんだ」


「諦めるような歳でもないだろ。働きながらだって描けるだろう」


「そうかもしれないけで…」


疲れたんだ、と呟く。


「ならキュイのことは考えてるのか?」


「本当のことを言うと初めから元の世界に返そうと思ってたんだ。きっとそれがいいって思ってて。でも…」


理人は天井を仰ぐ。


「もっと一緒にいたいって思うようになっちゃたんだ。一緒に暮らし続けられなくても動物園とかの方がキュイにとって幸せだと思えるところを探してた」


「いいことじゃないか。自分とキュイの幸せ、両方考えなきゃ」


「でも、そうしてる間にどっちの幸せかわからなくなってきた」


店長は立ち上がる。


「悩むんならキュイと一緒に考えればいい」


店長は理人をキュイの元へ連れていく。


「寝てる…」


「まだ寝てたか」


理人はキュイの側にそっと座る。


「寝顔をじっくり見たのは久しぶりかも」


ぐっと顔を近づける。

起こさないようにそっと。


「やっぱり可愛いなあ」


キュイを眺めて呟く。


「本当に可愛いよな。よじ登ってきて甘えてきて」


「うん…、それに大きくなった」


「初めは手のひらに収まったんだもんな」


2人でキュイを眺める。


「先のことも考えなきゃいけないし、今も楽しまなきゃいけないし。忙しいよな」


「うん…」


「少し今を楽しんでもいいんじゃない?」


理人はそれに何も答えなかった。

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