第32話 偽装

机に向かう理人はガタガタという音に気を取られる。


何かと思えばキュイがどこかにぶつかったようだ。


少しだけようすを見に行く。


特に問題ない。

キュイも元気にしている。


こっちに気づいたキュイがじっと見上げてくる。


「怪我しないようにね」


それだけ言って机にもどる。

気を取られたせいでだれてしまった。


なんとか集中しようと机に向う。


不思議なものだ。

あれほど妙案だと思って描いていたのに一瞬目を話しただけで駄作と成り下がるのだから。


何度か読み返して活かせないかと足掻いてみる。

弄って弄って。

結局丸めて捨てる。


嫌になる。

本当に。


ため息を付きながら項垂れる。

目を閉じてしばらく虚無の世界を楽しむ。


また、ガンガンと音がする。


再度キュイの様子を見に行く。


問題なし。


遊んでて何かが柵に当たっただけのようだ。


こっちに気づいたキュイがじっと見上げてくる。


「ご飯にしよっか」


そう言って冷蔵庫から桃を取り出して切り分ける。

自分の分とキュイの分を持って部屋に戻る。


「持ってきたよ」


柵を開けて中に入る。


本当に最近大人しい。

ご飯をじっと待っていた。


理人が座ると待ってましたと言わんばかりに膝に登ってくる。


(すっかり膝の上で食べるようになっちゃったな)


そう思ったが下ろすことはしない。


桃をあげる。


美味しそうに食べる。


理人も自分の分を食べる

甘い。

美味しい。


キュイも理人もあっという間に食べ終わる。


それから食後の運動をする。


マーブルはしばらく出禁。

なので結局ボールで遊ぶ。


少し遊ぶとキュイはケージの中に戻って行ってしまった。


残念に思いながらも柵を出ようとする。

不意にカーペットにつく白い毛が気になった。


コロコロで取ろうと思って持ってくる。


コロコロをしているとキュイが不思議そうな顔で除きにくる。


「おもちゃじゃないからね」


わかったのか近づかずに眺めているだけだった。


粗方取り終わって粘着テープを一枚捲る。

部屋を出てゴミを捨てに行く。


カタンと音がした。


(コロコロが倒れたかな?)


音の方をみればやはりキュイが倒したようたった。


問題はその後。

その光景の衝撃は過去のあれこれの比にならなかった。


倒れたコロコロの柄の部分の下に潜り込み、仰向けになった。

まるで倒れたコロコロの柄の下敷きなったかのように。

おまけに手で柄の角度を微調整していた。


なんということか。

ついに事故の偽装まで始めた。


とにかく偽装の証拠を撮影する。


それからしばらく眺めていた。


首だけを起こしてチラリとこっちをみた。

いることを確認するとまた倒れたフリに戻った。


(大人しいと思ってたのに…)


じっと見つめた。

キュイが諦めるまでずーと見つめてやった。


すると根負けしたのかなにもなかったかのようにケージへ逃げ帰っていった。


ーーーー


タイトル『偽装』


キュイがどんどん悪い子になっていく。

どこで身につけたのか、ついに事故の偽装まで始めた。

偽装している間はいいが本当に怪我した時に信じられそうになくて困る。


事故現場(偽装)の写真を貼ってノートを閉じた。


ーーーー


理人はノートとペンを持ってダイニングテーブルに向う。

眠ったキュイを起こさないようにするためだ。


結局、何も描けていない。


時間がないのに。


とにかく何かを形にしなければと思いつく限りをノートに描いていく。


描いて

描いて

描いて

描き続けて


ふと、短い夢を見た。


気づけば外は明るくなり始めていた。


重い身体を引きずって朝食の準備をする。

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