第29話 視察
電話が鳴った。
スマートフォンの表示を見るといつも行っている動物病院からだ。
「はい」
「お世話になってます。くるぶし動物病院のくるぶしです」
「あ、お世話になってます。どうかしましたか?」
「もしよければなんですが、実は動物園のチケットをもらいまして、そこの動物園に成体のサラマンダーが飼育されているんですよ。ですのでもし興味あればどうかと思いまして」
理人は少し考える。
「なら…お願いします」
行ってみることにした。
◇
最寄り駅からシャトルバスに乗って動物園に着く。
動物園に来るのは十数年ぶりだ。
中に入ると動物園特有の匂いと空気が理人を出迎える。
久しぶりというのもあったゆっくり中を見て回る。
大きな動物園なだけあって色々な動物がいる。
ライオン、キリン、象。
よく知ってる動物たち。
アルパカ、サーベルタイガー、マントヒヒ。
名前は聞いたことがあるがあまり知らない動物たち。
生き物はどちらかと言えば苦手な方だった。
それが今は色んな動物の仕草や行動の細かい所まで目がいってしまう。
あまり時間をかけないように見ていたがすでに2時間近く時間が経っていた。
そろそろ、と思ってサラマンダーのブースへ向かう。
金網の中にいるのかと思っていたが見えてきたのは建物。
中に入るとすぐにガラス張りのブースがあった。
ガラスの向こうには4匹のサラマンダーがいた。
どの子も逞しく、可愛らしいキュイとは違って凛々しい顔つきをしている。
立ち姿は理人より大きく見える。
悠々と歩く姿はとても格好がいい。
一挙手一投足を眺めてしまう。
(あ、あくびした)
凛々しいサラマンダーの可愛いらしい一面。
(火が出た)
あくびの後の吐息に火が混じっていた。
「サラマンダーがお好きなんですか?」
女性に声をかけられる。
この動物園の従業員だろう。
「ええ、まあ可愛いなと思って」
ちらりと時計を見れば30分以上眺めていたようだ。
おまけにガラスには手の跡が残るほど熱中していた。
(そりゃ、声もかけられるよね…)
不審人物と思われていないかと不安になる。
「ふふふ、可愛いなんて変わってますね。みなさんかっこいいって言うんですけどね」
女性はガラスの中のサラマンダーたちに目を向ける。
「あの子たちの可愛さに気づくとは相当好きなんですね!」
眩しい笑顔で女性は言う。
「まだお時間ありますか?」
「あ、はい」
「そうですか!今からサラマンダーたちの餌やりがあるんですよ。ぜひ、見ていって下さい!あ、言ってたら始まりますよ!」
奥の扉が開いた。
サラマンダーたちも立ち上がって扉の方へ向かう。
扉から二人の飼育員が入ってくる。
理人は驚いた。
(何あれ、蜂の巣駆除の人じゃん)
飼育員は二人とも頭まで収まる白い防護服のようなものを着ていた。
手には鉄の水筒のように見える何かを持っている。
(スズメバチと戦う前じゃん)
理人は思い切って聞いてみることにした。
「あの、あの人たちが来ているのはなんですか?」
「あーあれは防護服です」
ホントに防護服じゃん。
「サラマンダーは火を噴きますからね。それに爪も鋭いんですよ。ここでは手入れをしてますけどね。それでも危ないんです」
ならちゃんとした理由の防護服か。
「やっぱりよく火を吹くんですか?」
「そうですねぇ、私たち飼育員に向かって吹く事はないんですけどやっぱりあの子たち同士で戯れてる時なんかに吹いたり。あと嬉しくなると出ちゃうみたいで餌やりは実は結構危なかったりするんですよ」
「なるほど…」
もう一度サラマンダーたちを見る。
話している間にスーパーの買い物カゴより一回り大きいカゴいっぱいの餌が運ばれている。
そのカゴが合計四つ運ばれた。
「あんなに食べるんですか?」
「そうですね。一頭1カゴです。中身は野菜や果物です」
餌やりが始まる。
二人の飼育員が遊びながら、撫でながら与えていく。
「やっぱりすごく賢いんですね」
目の前に餌のカゴが置いてあるのにも関わらずそこからは食べることはせず飼育員の手からもらっている。
「ええそうなんです。あの子たちは悪いことは絶対にしません。それにいけないことも一度言えばちゃんとわかってくれます」
(うちの子は悪いことばっかりだけどなあ)
思い出して苦笑いがでる。
「人間の言葉がわかってるんでしょうか?」
「はい!それはもちろん!かなり高いレベルで理解してると思いますよ。これは研究とかではなくて飼育員としての経験からになるんですけどね。単語だけじゃなくて会話としても理解してるんじゃないかって飼育員の間でよく話してるんですよ」
やはりそうなのかと思いながらサラマンダーたちに目を向ける。
不意に奥の扉が開く。
中の飼育員と誰かが話しているようだ。
それから飼育員二人が揃ってこちらを指差す。
「やば、呼ばれてるっぽい…」
隣の女性が慌て始める。
「また、いつでも来て下さいね!」
そう言って走っていく彼女を見送った。
それからしばらくサラマンダーの食事を眺めていた。
(やっぱ無理だよなぁ)
防護服を着て世話をする飼育員を見てあらためて思った。
今だにどこかで一緒に暮らし続けることを考えていた。
りんごをあげたら大喜びして火を吹かれて黒焦げになる。
飛びつかれて爪が刺さって血まみれ。
そんな漫画みたいな光景を想像してちょっとだけ笑える。
食事を続けているサラマンダーたちを写真に収めてブースを後にした。
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タイトル『視察』
動物園のサラマンダーを見にいった。
.. .. . .
. . . .
動物園のサラマンダーの写真だけ貼ってノートを投げた。
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