第22話 箱入り

定期検診。

またくるぶし動物病院の待合室にいた。


「あの、すみません」


隣に座っていた男性に話しかけられた。


「はい、なんでしょうか」


「ただ待っているのが退屈でして、もしよければ話し相手になっていただけませんか?」


「いいですよ」


「ありがとうございます。私は飼っているポメラニアンの検診なんですよ。メスでミミという名前なんです」


「僕もサラマンダーのキュイの定期検診です」


「さ、サラマンダーですか?」


あきらかに困惑している。


「はい、見ますか?」


「ええ、ぜひ!」


興味津津といった様子に変わった。


キュイの入っている移動用ケージの口を男性の方に向ける。

入口の扉は透明になっていて中が見えるようになっているからだ。


これが良くなかった。


「へえ!サラマンダー初めて見ました」


話している間にもミミが唸り声をあげている。

男性のケージはこちらの方を向いていた。

見えやすいようにと少し持ち上げた途端だった。


「わん!わん!わん!がるるるる」


ミミが猛烈に吠え始めた。

ガリガリと扉を引っ搔き、飛びかかろうとしている。


「キュウ!キュウ!キュウ!!」


キュイも負けじと毛を逆立てて威嚇している。


「コラ!やめなさいミミ!」


「キュイ、駄目だよ」


飼い主2人は慌てて宥める。


それでも二匹は威嚇をやめない。


外に出して宥めよう。

焦った飼い主は示し合わせたかのように同時にケージの扉を開けた。


しまった!

そう思った時は既に遅し。

扉は開いていく。


一触触発の二匹が固まってしまったそれぞれの飼い主の手の上に跳び出す。


鼻と鼻がつきそうな距離。


二匹はすぐさま…


目を背けた。


何事もなかったかのように。


ミミはケージに自ら戻り、キュイは腕にしがみついて甘えてくる。


キュイもケージに戻る。


同時にケージ扉を閉める。


「す、す、すいませんでした」


「い、いえこちらの方こそ…」


顔を見なくてもわかる。

安堵と困惑、それと焦りの表情だ。

やらかしたと思った飼い主二人の心臓はバクバクだ。


「あの、なんだったんでしょう?」


「さ、さあ。なんだったんでしょうね?」


気まずい空気が二人の間に流れ、キュイが検診に呼ばれるまで無言のままだった。


呼ばれて中に入る。

検診が進んでいく。

キュイが透明のケースに入れられ、大きさを測られる。

中が狭いのか平べったくなっている。

珍しく思えて許可を取って撮影をする。


全ての検診が終わり、先生に呼ばれる。


「特に問題はなかったですよ。至って健康です」


「ありがとうございます。よかったです」


「順調に大きくなってますね」


「そうなんです。しっぽはすっかり毛が抜けて、口の回りも抜けてきてクチバシみたいに見えるんです」


「成長しましたね」


「はい、順調に」


キュイが大きくなっていく。

それを嬉しいと思えるようになっていた。


それでも胸の奥がほんの少しだけ傷んだ。


ーーーー

ノートを開く。


タイトル『箱入り』


キュイは意外と喧嘩っ早い。

わりに臆病。

検診は問題なし。

順調健康。


キュイが大きさを測られている姿の写真を貼ってノートを閉じた。

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