第16話 日記
「1年ってホントなの?」
理人は頷くことしかできない。
これ以上この話を続けないでほしい。
というのはわがままだ。
「そっか…」
店長が静かに言った。
「ならたくさん遊んでやらねえとな。このりんごあげていいのか?」
理人はまた頷くだけ。
「どうだ?美味いだろ?」
「キュウ!」
キュイは答える。
「美帆、お前もあげてやれよ」
「え…うん」
美帆は戸惑っている。
「ほら理人、食べてる時のキュイ可愛くないか?」
「僕はこの子が生まれてから2年しか一緒に暮らせないって知って飼い始めたんだ。2年なら飼える、負担にならないって。酷いと思わない?」
沈黙。
キュイがりんごを食べる音だけが響く。
「俺の実家は昔、犬を飼ってた。俺が小学校にあがった年に飼い始めて俺が大学生になった年に死んだ。犬の寿命はせいぜい10年から15年だ。それを知ってて飼い始めたうちは酷い人間か?」
「それは…」
理人は言葉につまる。
「うちで飼ってた犬は大雨の日に姉貴が拾ってきた犬だ。濡れてて可哀想だって言って。おふくろが捨ててこいって怒って姉貴と喧嘩して親父が仲裁に入って、雨が止んだら逃がすって約束で家におくことになった。それから離れがたくて死ぬまで飼った。それは悪いことか?」
「それは…その子が幸せだったならいい事だと思う」
「なら聞くがキュイは今不幸なのか?」
「キュイは元々こっちの世界の生き物じゃない。人間の都合で連れてこられて、こんなところで飼われてる。幸せだとは思えない」
「こんなに楽しそうにしてるのに?」
「ここにいなければもっと幸せだったかも」
「キュイがそう言ってるのか?」
「ここが幸せだって言うのは人間のエゴだ」
「そうだぞ?生き物を飼うっていうのは。どんな動物でも感情も意思もある。それなのにコミュニケーションは取れない。だからこの子達の幸せを信じて目一杯愛情を注ぐんだ」
黙ってしまう。
何も言えなくなってしまう。
「いつかどんな形かで別れは来る。俺はうちの犬が死んだとき、高校生くらいからろくに相手をしてやってなかったって気づいたよ。後悔してもどうにもならないってことにも。いつか来るんだよ、別れは。その時自分もこの子も幸せだったって思えるように日々を過ごすべきだと俺は思う」
なあ、キュイ。
といってキュイに話しかける。
「ほら、理人も」
店長がりんごが入って皿を差し出してくる。
「うん」
一つ口に運ぶ。
「お前が食うのかよ!」
二人が笑う。
理人も釣られて笑う。
「私もりんご食べたい」
「こっちに切ってあるよ」
美帆にりんごを渡す。
「キュイー、美味しいねえー」
その姿をなんとなく見ている。
「店長…」
「なんだ?」
「ありがとうございます」
気持ち悪いな、そう呟くのが聞こえた。
ちょっとだけ日頃の行いを反省した。
「もじゃもじゃは飽きたでしょう?こっちにおいでキュイ」
◇
二人が帰ってからキュイも眠っている。
なんとなく机に向かう。
ノートが目に入る。
この前見つけた使いかけのノートだ。
使ってある数ページを千切る。
ペンを取る。
『キュイと過ごした証拠を集めて記録しようと思う』
その1行だけ書いた。
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