第8話 怖いもの

風呂上がり、濡れた髪を拭きながら鏡の前に立つ。

随分と髪が伸びた。

面倒くさがりの理人は髪を伸ばしっぱなしにしてしまう。

そろそろ切ろうと思ってから本当に切りに行くまで一月ほどかかることもある。

ヘアピンを使って前髪を頭に上で留める。

これのせいで最近はさらに切りに行くまでの期間が空いてしまっている。

部屋の方に戻ってキュイのケージを覗く。

気配でも感じたのか寝床からのそりと出てくる。


「キュイ」


可愛い。

名前を呼ぶと寄って来てくれるようになった。

近づいて来て目が合った。

その瞬間、キュイの動きが止まった。


全身の毛が逆立つ。

口を大きく開けて後退りする。


「キュー!キュー!」


鳴きながらどんどん下がっていく。


(え?)


思わず顔を近づけた。


「キュー!!」


さらに強く鳴いた。


(もしかして威嚇?)


真っ白な毛を逆立てて、口を大きくく開けて鳴く。

威嚇されているのだと思う?


(どうして…)


そう思いながらもう一度名前を呼ぶ。

一瞬ピタリと威嚇をやめて辺りを見渡す。

また、目が合う。

ブワっと毛が逆立つ。


(駄目そう)


また威嚇が始まってしまった。

ケージから離れて様子をみる。

毛を逆立てたまま理人を見ている。

近づいてこないとわかった途端に大急ぎで寝床に戻って行った。


(キュイ…)


訳のわからないショックに肩を落としながらその日は布団にもぐった。


朝起きて恐々とケージを覗く。

キュイは起きている。

ご飯か?そんな様子で近寄ってくる。


(威嚇されない?)


ケージを開けてキュイの前に手を出す。

いつも通りに乗ってくる。


(よかった)


嬉しくなっていつもの倍撫で回す。

キュイもいつも以上に甘えてくる。

いつもより多めのご飯を準備してまた撫でる。

食べ終わったキュイは指を舐めてきた。


(昨日はなんだったんだろ)


気にはなったが気にしないようにしてキュイを楽しんだ。


昼頃になってまたキュイの様子を見に行く。

中を覗くとすぐに目が合った。


「キュー!」


毛が逆立つ。

口を大きく開く。


(ええ、なんで?)


威嚇された。


(何が駄目なんだろう)


また離れる。

それでも威嚇をやめない。

考えながら頭に触れるとヘアピンがズレた。


(あれ?もしかして…)


ヘアピンをとってみる。

するとどうだろう、明らかに戸惑っている。

逆立った毛は元に戻ったが口を大きく開けるのはやめない。

だけどちょっと近づこうとはしてくる。


(ほら、大丈夫だよ)


一番近くまで寄って来たところでこっちも近づいてみる。

駄目、なのか?

首をすくめるように身体だけ後ろに下げる。

ケージを開けてみようと手を伸ばすと大慌てで寝床の後ろまで走って行ってしまった。


(なんか傷つく…)


とにかくヘアピンは使わない。

そう決めてケージから離れる。

キュイは寝床の陰からこっちを見ていた。

別人だと思われたのだろうか。

それからしばらく理人だと理解してもらえるまで時間がかかった。



掃除機をかけ終えて理人は掃除機を風呂場に運ぶ。

風呂の扉を閉め、床が濡れていないことを確認して掃除機を置く。

キャニスター式の充電式ではない掃除機のため本体からコードが伸びたままになっている。

巻き取りボタンを押してそのコードをゆっくり片付けて行く。

巻き取りを終え、風呂場から押し入れに運んで掃除機をしまう。

それから念の為キュイの様子を確認する。

大丈夫そうだ。

いつも通りにしている。


キュイは掃除機のコード巻き取り音が怖いらしい。

初めて掃除機をかけた時の話。

掃除機の音にびっくりすると思って普段はモップや粘着シートで掃除をしていた。

しかしそれだけでは取りきれない。

どうしようかと思ったが一度様子を見ながら使ってみようとした。

離れたところで掃除機の電源を入れる。

ブオーンと音がし始める。

最初は何事かとこっちを見てきた。

びっくりはしていない?

そう思ったので少し掃除をしてみる。

興味があるのかないのか、初めてみる掃除機をじっと見ていた。

近くもかけてみる。

特に気にはしていないようだ。

いつの間にか普段通りに水を飲んでいた。


(これなら掃除機は使っても大丈夫そうだ)


そう思いながら掃除機をかけ終える。

そして掃除機を片付けようとコードの巻き取りボタンを押した瞬間だった。

ガタン、と音がした。

キュイを見ると口を大きく開けて威嚇している。

しかし、毛は逆立っていない。


「ああ、ごめんごめん」


慌ててケージの扉を開ける。

一目散に手の上に飛び乗ってくる。

完全に怯えてしまっている。


「ごめんごめん。大丈夫だからね」


キュイを撫でて宥める。

逃げ込もうとしているのか指の間から顔を出そうとする。

落ちたらまずいと思ってソファに座ってキュイを撫で続ける。

お腹あたりで抱えてあげる。

しばらくそうしているとやっと少し落ち着いたようだった。


(やっぱり掃除機が怖かったのかな?)


そう思って掃除機の方を見ると出たままのコードが目に入った。


(コードをしまう音か…)


それ以降、風呂場を締め切ってコードを巻き取ることにした。

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