第7話 新居

(よしできた)


ケージを組み立て終え、ダンボールがあったところに設置した。

床に直接置くのはどうかと思って元々キュイを入れていたダンボールを潰してとりあえずの下敷きにした。


「キュイ、できたよ。新しいお家」


なんか変な表情をしている。

口を半分開いてじっと新居を見ている。


(気に入らなかった?)


そう思いながらもキュイを手のひらにのせて入り口に持っていく。


「ほら、入ってみて」


じっとこっちを見てくる。

頭を撫でてやると向きを変えて指先の方へ進む。

そーっと右の前足を出してちょんとものを触って手を引っ込める。

そしてまたじっとこっちを見てくる。


(そんなに疑わないでよ)


背中を撫でる。

しばらく撫でられていたキュイは撫でる手の方に頭を出してくる。

要望通りに撫でてやるとそのまま手の上で満足そうに丸くなる。


(あの、そうじゃなくね)


背中を突っついて中に入るように促す。

迷惑そうにしながらもキュイはやっと中に入っていった。


「どう?」


キュイはキョロキョロしている。

怖がっているのだろうか?


(普段は脱走して部屋中動き回ろうとするのにここは怖いの?)


そんなことが思い浮かぶ。

杞憂だったのかすぐに中を歩きまわり始める。


(よかった…)


気に入らないわけではなさそうだ。

あとは慣れるまで時間はかかるだろうか?

そう思ってしばらく見ている。

中を何周かぐるぐる回ったあと,寝床の前で止まる。

岩の形で、穴から中に入れる置物だ。


(入ってくれるかな?)


手を入れて見ては引っ込める。

鼻を入れては引っ込める。

入って大丈夫なの?そんな風にこっちを見てくる。


『大丈夫だよ」


そう言うと通じたのか寝床の方へ歩き出す。


(あれ?)


そのまま寝床の裏に回る。


(そこなの?)


寝床の置物と壁との隙間、そこに体を埋めた。


(まあ、居場所があったなら)


ちょっとだけなぜか寂しかった。


『そうだ、引っ越し祝い」


祝うと言うのも変なのかもしれないが今日はりんごを買ってきた。

賽の目状に切ってキュイに与える。


「ほらキュイ。食べられる?」


指の上にりんごを乗せて差し出す。

指の前までやってくる。

いつものように背筋を伸ばすように4本足で立って正面を向いて口だけ動かす。


目が輝いた。


正面を向いて視線は動かさない。

それなのにどこか嬉しそうに見える。

もう一つ差し出す。

すぐに食いつく。

空になった指を引こうとすると片手を乗せて制される。

しばらく待っていると食べ終わったキュイが指を舐め始めた。


(もう一つあげるから、ね?)


もう片方の手でりんごをとってケージの前まで持ってくる。

初めてのことだ。

自分からりんごの方へ走ってきた。

食いついていつもよりゆっくりと味わって食べている。


(そんなに美味しかったんだ)


また買ってこよう。

そう決めた。

しかし…。


(いつ解放されるんだろう)


キュイにまだ指を舐められ続けていた。

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