第5話 油断大敵

「店長、すみません。バイトのシフト増やして貰えないでしょうか」


「ん?大丈夫だと思うけど、どうして?お前、これ以上は増やしたくないって言ってなかったか?」


「そうなんですが、あの…」


「攻めてるわけじゃないんだ。具体的にどれくらい増やしたいんだ?」


「週に一回くらい…月に2万くらい増やせるといいんですが」


「わかった。しかし変に具体的だな。欲しいものでもできたのか?」


「…その、実は養わなければならない相手ができました」


「な!お前まさか!」


店長はオーバーに驚いた表情をした。


「ペットでも飼い始めたな!」


何故わかった。


「よくわかりましたね」


「お前いつもその表情で冗談言うからな」


冗談は人を騙すために言うもの。

真剣な表情で言うのが当然だ。

それをニヤけ面かのように言われるのは心外だ。


「それで?何飼いはじめたんだ?」


「写真見ます?」


理人はスマートフォンでキュイの写真を見せた。


「な!おま!なんだコレ!可愛すぎんだろ!!」


今日一番の驚き声が出た。


「サラマンダーのキュイって言います。この前拾われました。」


「サラマンダー…。聞いたことはあったがこんなに可愛いのか…」


アフロでメガネの店長が可愛いを連呼している。


「何二人で盛り上がってるんですか?」


同じバイトの美帆がやってきた。


「理人が結婚するって」


「嘘だっ!」


「しないよ?」


「おい、雇われ。どういうことだ?」


「理人がこの子飼い始めたんだって」


店長がキュイの写真を美帆に見せた。

美帆は口をパクパクしている。


「何この可愛い生き物。意味わかんないんだけど」


「だよな!サラマンダーだって可愛すぎるよな!」


スマホ返して。


「他の写真ないの?!」


勝手にフォルダ見ないで。


「店長!今度のバイトの休みの日、理人君と同じにしてください!」


「駄目だ!俺が理人と同じ日に休む!」


「職権乱用!サイテー!」


「絶対に同じ日にしてやらん!」


「ごめんなさい!」


なんか遊びに来ようとしてない?


「ねぇねぇ、いつならいい?」


「…しばらくは駄目かも。まだ家に慣れてないし」


二人してそんなにショックなの?

目と口開きっぱなしだよ?


「美穂、落ち着け。何よりキュイが大事だ。ここは我慢しろ。しばらくして慣れれば会えるさ」


「店長…私頑張ります!」


何を?


「名前キュイって言うだね理人君。私、絶対会いに行くからね!」


「あ、うん」


目、笑ってない…。


(キュイの写真、むやみに見せるのやめよう)


片付けを終わらせて急ぎ足で帰る。

早くあがっていいと言われたが奴らに借りを作ることは何より恐ろしいので最後まで仕事をしてきた。


「ただいまー。いい子にしてた?」


悪い子でした。

やはり、と言っていいのか。

嫌な予感がしていつものダンボールをもうひと回り大きいダンボールに入れて出かけた。

見事にいつものダンボールから抜け出して大きいダンボールの方にいた。


「キュイー、ちゃんと聞いてね。キュイが箱から逃げ出すと僕が逃げられない箱に入ることになるんだよー」


手のひらに体を擦りつけるモフモフ。

聞いちゃいない。


しかし、本当にどこから抜け出しているんだろう。

トイレ砂を中に置いたせいだろうか?

いや、その前も抜け出していた。

二重ダンボールでなんとかなるだろうが早めにキチンとしたケージを買わなくちゃ。


(どれを買おうかな)


色々なものがそうなのだがサラマンダー用というのがほとんどない。

だから他の動物の物を買うしかない。

となるとどれがいいのかを悩まなければならなかった。


(うーん、高すぎるのは買えないし安っぽすぎても壊れそうだし。鉄の格子は…手とか挟まらないかな?キュイの手ってどんな大きさ…)


やらかした。

逃げられた。

スマートフォンに夢中になりすぎて膝の上から消えている。


いない。

箱にも戻してない。

逃がしたら逮捕、ってことより変なとこに潜り込んで何かあったらと思うと胸の辺りがキュッとなる。


(早く探さなくちゃ)


まずは自分のまわり。

姿勢を低くして、暗いところはライトで照らす。

いない。

脱ぎっぱなしの服をどけ、雑誌もリモコンもどけて探す。


(なんでいないの?)


立ち上がって搜索範囲を広げる。

踏まないようにすり足で動く。

ダンボール、タオルの山、洗濯物の中。

捨てる前の箱、鞄の中。

台所、シンクの中、戸棚の中。

本棚の上、ソファの上。

それとあらゆる隙間をライトで照らす。


いない。

いない。

いない。


(どこいったのキュイ)


ついにはマグカップの中まで見始めた。


(まさか!)


嫌な妄想は止まらない。

洗面所に駆け込んで溺れてないかと洗面台を確認する。

当然いない。

扉が閉まっている風呂場も確認する。


いない。

そんなとこにいるはずないのだ。


(もう一度戻って最初に座ってた辺りを…)


理人は何かを感じて洗面台に戻った。

じっと、ゆっくりと感じた何かをさがした。


(貴様…いつからそこにいた?)


右肩の後ろ辺り、白いモフモフがTシャツにしがみついていた。


鉛のような疲れが襲ってくる。

その場にへたり込んでしばらく動けなかった。

急に目の前がぐるぐると歪んだ。


(ゲージ、すぐに買ってちゃんと入れよう)


心配したのかキュイが頬に擦り寄ってきた。

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