第35話 下準備 - 2

 トントン、カンカン♪

 トトン♪


 トンッ!



 軽やかに、空を飛べそうなリズムがまだ眠気眼の私の耳へと入ってくる。

 思わず踊りだしてしまいたくなるようなその音を奏でるのは、〈工房リズム〉である。

 昨日イクルに教えて貰った“魔力木”を使って家具や看板などを専門に扱っているお店。中通りの外れにあって、その作業風景を小さな子供が楽しそうに見学していた。お店の横にオープンスペースを作業場としているようで、道行く人も楽しそうに視線を向ける。私も思わずその軽やかな作業光景に魅入られた。

 作業をしている人が持っているのは…何だろうか、見た目は金槌なのだが石ではなく木で出来ているように見えた。



「お、お客さんかい? いらっしゃい!」

「あ、おはようございます」



 作業員の人が気付いたようで、一旦手を止めて私の方へ来てくれる。他にも見ている人はいるのに、よく私が客だとわかったなぁと思いつつ。作業員のお兄さんに看板が欲しくてやって来たことを伝える。



「看板ね、オッケー! じゃぁ、店の中で説明をするか。ピピカ、頼むぞ!」

「はーい」





 お店の中へと促され、入るとそこにはねこみみのお姉さんが居た。

 木造作りの店内は、特に建てられたばかり…という訳では無い様だが心地よい木の香りで充満していた。



「お客さんね、いらっしゃい。私はデザインを担当するピピカよ。よろしくね」

「よろしくお願いします。私はひなみです」

「はい、よろしくね。えぇと、看板を作りたいのよね」



 椅子に座ると、ピピカさんがお茶を用意してくれた。続いてそのまま棚から数枚の紙を持ってきて私へと渡してくれる。見ればそれは、何種類かのデザインだった。テンプレートかな? とも思ったがしっかりお店の名前が入っていたので過去に作った物であることが予測出来た。

 見れば可愛いものや格好良いものが多く、魔力木で作られているらしいそのデザインには成長の仕方についても書かれていた。例えば、春に花が咲き、秋は葉がオレンジ色になる…など。



「可愛いのや格好良い看板…もちろんシンプルなのも出来るわ。お店の名前は?」

「お店は〈ひなみの箱庭ミニチュアガーデン〉と言います。明日以降、準備が終わったらオープンする予定です」

「あら、可愛い名前ね。何屋さんなの?」

回復薬ポーションを扱っています」



 私から上手く聞き出して、ピピカさんが紙へメモをして行く。ふむふむと頷きながら、再度棚に行き何枚かデザインを取り出し私へと見せてくれた。



「オススメはこんなところかしら。あとは、ひなみさんのイメージね」

「なるほど…あ、これ可愛い!」

「どれどれ…あぁ、確かにこれはオススメよ」



 私が手にした看板は、なんと小さな木の枝がついており、そこに鳥が巣を作っていた。まさか成長するだけではなく鳥を飼うことも出来るとは…さすがファンタジー世界はあなどれません。



「ただ、注意が必要ね。鳥が棲んでいるのでフンが落ちることもあるから、こまめな掃除。あとは街中であれば餌をしっかり与えること。他のお店の商品をうっかり食べてしまったら大変だから…」

「あ、そうか…」



 看板についている鳥とはいえ、やはりお世話は大変の様だ。今後のことを考えると、お店を開けない日もあるだろうから…鳥さんは諦めるしか無い様だ。でも可愛いのになぁ。



「まろがいるんだし、鳥はいいんじゃないの?」

「イクル… そうだね、まろがいるもんね!」



 そうだ、〈ひなみの箱庭ミニチュアガーデン〉には既にまろというマスコットキャラが存在していたのだった。イクルのアドバイスを受けて鳥はすんなり諦めることにした。



「後は…こういったタイプがオススメですね。15,000リルとお手ごろです」

「おぉ、これも可愛くて良いです!」

回復薬ポーションを扱うということなので、季節によって花を変えることも出来ます」



 え、そんなことまで出来ちゃうんだ。魔力木ってすごいなぁ。

 ピピカさんが見せてくれたデザインは、左上に少し大きめの花が一輪と、右下に小さい花が何輪も咲き、そのまま蔦が垂れて花のオブジェの様なデザインだった。看板のところはもちろん木で、中央に店名が入る形となる。



「これすごい気に入ったんだけど、どうかな!?」

「ひなみ様が気に入ったのなら良いんじゃない? 俺はこういうのあんまり分からないし…」

「そう…? んー、じゃぁ、これにします」



 やっぱりこういうのは女の子の方が好きなのだろうか。

 私がピピカさんと話を進めて、デザインを詰めていく。その際に季節によって咲く花も決めていく。割と直感で決めていった為かそんなに時間はかからなかった。うん、開始30分くらいでしょうか。早いです。

 デザインが決定したので、あとは看板を作ってもらうだけです。看板が出来るのには大体3日ほど掛かるということなので、先にお金を払う。出来上がったものは重いのでお店に持ってきて取り付けてくれる様で、ちょっと安心。さすがに私が看板を設置とか…うん、無理です。



「この後は… 装飾品と雑貨を見て…あ、チラシを作るのか」

「そうだね。看板が3日後に出来るのなら、市場は明日の朝にしようか」



 イクルの提案に「わかった」と返事をして、私達は〈工房リズム〉を後にする。







 ◇ ◇ ◇



「センスないね…?」

「うぅ…」



 商人ギルドのオープンスペースを使い、私はチラシの作成に精を出しております。

 市場でチラシを配るのは良いのだけれど、それにはチラシが必要な訳で。それを作成しないといけない訳で。うぅ…難しい。こういったデザイン関係は上手くいかないよ…ただ字を書くだけでよいのに、上手く配置が出来ないとは終わっているのではないだろうか。



「ついでに回復薬ポーションの絵でも描いておけば?」

「ハードル高いです…」



 黒一色で書くチラシなので、色でごまかすということが出来ない。カラーでチラシを作るとやっぱりその分お金がかかるので、モノクロにした。が、上手くいかない。

 というか、私は情報を詰めすぎているからいけないのではないだろうか。B6程度の紙に割りとぎっしりと文字を書いてしまっている。商品の種類なども。そうだ、シンプルに書けば良いんだ。





「これでどう?」

「…さっきのよりは良いかな」

「ん。じゃぁ、これで!」



 私が最後書き直したチラシは、



 - - - - - - -


 〈ひなみの箱庭ミニチュアガーデン


 回復薬ポーションや解毒薬など、冒険に必要な品を扱っています。

 是非1度お立ち寄り下さい!


 近日オープン予定

 場所:×××


 - - - - - - -



 といういたってシンプルな物。本当はイラストをつけたいところなのだが、少しチャレンジして無い方が良い出来だった為断念した。イクルの了解も得ることが出来たので、商人ギルドを後にしてそのまま魔道具屋へ向かってチラシの複製をして貰う。枚数は…回復薬ポーションが各20個の計100個あるので、半分の50枚程用意する。

 かなりいい感じに準備が進むので、私の顔が少しにやけるのも仕方が無いのです。







 ◇ ◇ ◇



「ふぅ。さすがに1日中買い物やらしていると疲れるね」

「そうだね。明日は市場に行くし…少し早めに出ないと。冒険者は朝早く狩りに出かけるから」



 イクルの言葉に「そうだね」と頷き、また早起きかと若干憂鬱になりつつも楽しみだ。

 宿へ帰る為に大通を歩いていれば、前から見知った顔が歩いてきた。丁度宿屋の前に到着したその人はミルルさんだった! その横にはタクトさんがミルルさんに肩を借り、足を引きずりながら歩いていた。…怪我、してるのかな?

 私は急いで走り、2人の元へと行く。



「ミルルさんっ!」

「あ… ひなみさん! ちょっとタクトが怪我をしてしまったのです」

「…ッ!」



 よく見れば、タクトさんのズボンには血がにじみとても痛々しく見えた。イクルも私の後ろから除き、「痛そうだね」と言葉を漏らした。こういった場面でも慌てないイクルはさすがだけど、そのコメントもどうなのか。



「すみませんが、部屋に運ぶので手伝っていただいてもいいですか?」

「もちろんだよ!」



 私がタクトさんに肩を貸そうと、ミルルさんの反対側に回ればそれはイクルに阻まれた。イクルがタクトさんを支えて、肩を貸した。「ありがとうございますです」とミルルさんが感謝を伝え、そのまま宿の階段を上がり2階の部屋へと連れて行く。



「怪我が酷く私の治癒魔法では治せないので、回復薬ポーションを買って来ますです。すみませんが、その間見ていていただけますかっ!?」

「あ、大丈夫、真紅の回復薬ガーネット・ポーションがあるよ…!」

「えっ?」



 私はミルルさんが何かを言う前に、タクトさんの足へとそれを振りかける。みるみるうちに傷は治っていき、傷口は綺麗にふさがった。私はそれを見て一安心し、「もう大丈夫ですよ」と伝える。



「あ…ありがとうございますです…! ひなみさんっ!」



 お礼を言ってくるミルルさんは、まとめてある綺麗な蜂蜜色の髪が解けかけていて、服もタクトさんの血で汚れていた。ここまで運んでくるのになりふり構っていられなかったんだろうなということがすぐに分かった。

 タクトさんを見れば、怪我をしてしまった為かそのまま気を失っていた。今は傷も回復しているので、おそらく目を覚ますと思うのだけれど…大丈夫だろうか。



「怪我のショックで気絶したんだろうね。もう少し遅かったら足がなくなってたんじゃない?」

「えっ!? そんなに酷かったの…!?」

「割とね。こんな酷い怪我、いったい何の魔物にやられたのさ」



 イクルの淡々と伝えてくる言葉に驚きつつも、間に合って良かった! あの場に居合わせて良かったと何度も心の中で思う。だって、もう少し遅かったら足がなくなっていたとか…! 私には信じられないし、そんなのが目の前で起こるとか耐えられないです。あ、ちょっと冷や汗が。

 そんな中、ミルルさんがイクルの問いかけにうつむく。いったい何の魔物にやられたのか…私としてはハードウルフかな? くらいしか予想が立てられない。



「あの…スライム、です」

「「えっ?」」



 一番予想していなかった答えを聞き、私とイクルの言葉が思わず重なった。というか、スライムってそんなに強い魔物だったのか。私が戦った時はイクルが簡単に足止めをしてくれていたし、雑魚で定番のモンスターという認識だった為驚きだ。どうやらこの世界の魔物事情、ゲームと同じような強順位で考えてはいけないようだ。



「言ったじゃないですか、タクトは超絶弱いのです…!」

「…本当にスライムにやられたの?」

「です」



 イクルが大きく息をついて「信じられない」と言葉を漏らす。ということは、やはりスライムは最弱の魔物…という私の認識は間違っていないのだろう。ミルルさんもどんよりした雰囲気を纏いつつ、タクトさんを見ているがその瞳は若干残念そうだ。



「っと、そうでした。ひなみさん、ガーネットの代金を支払わないと。おいくらですか?」

「あ…えっと。気にしないで良いですよ」

「いえ、それはいけないです。ちゃんとお支払いさせて下さいです!」



 どうしよう、私が勝手に使ってしまったので請求するのは若干気が引ける。それに、私の回復薬ポーションは値段も高いし…どうしようか。私がおろおろしていれば、見かねたイクルが助け舟を出してくれる。



「相場の値段を貰っておけばいいんじゃない? 1,000リルくらい」

「あ、そうか…そうだね」



 なるほど、こういう時は相場って便利だ。ミルルさんから1,000リルを受け取りポーチへとしまう。再度お礼を告げられて、ミルルさんの部屋を後にした。もう治ってしまったとはいえ、怪我人が寝ている部屋にそう長くお邪魔している訳にもいかない。

 イクルと共に食堂へ行き、夕飯を食べて今日はもう休むことにした。

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