第36話 初めての露店
「うーん… 売れないねぇ?」
「そもそもお客もこないね」
頑張って早起きをしてやって来たのは、にぎわいを見せる市場。
海が近い訳ではないので、そのメインは主に野菜や肉が多いのだが、川魚などもちらほら見かけることが出来る。それに加えて、冒険者向けの露店もあった。
仕入れを行う商人や、買い物をしている人々など色々な人が居る。そんな中、私は昨日作ったチラシを持って市場で商売を行ってみようと意気込んでいるのです。
地面に布を引いて、その上に商品となる
やっぱり料金が高すぎたのだろうか。
《
《
《
《
《姫の加護薬》 1,000リル
各種在庫は20個。
紙にポーションの種類と値段を書いておいてある。相場の範囲内ではあるが、市場としては安くは無いためあまり値段を見るだけ見て立ち去っていく冒険者が非常に多かった。
うぅん、商売とは難しい物です。
「ここは声を掛けるしかないね…! いらっしゃいませー!」
私は立ち上がり、道行く人に声を掛けることにした。イクルも一緒に立ってくれた。
2人で声掛けをしていれば、なにやら視線をたくさんいただいていることに気付く。主にイクルに。そうだった、あまり気にしていなかったけどイクルはイケメンさんだったんだ。道行く女の子の視線がイクルに集まっているが、当の本人はまったく気にしていないようで。もう慣れっこなのだろうか。まぁ、実際見るだけで声を掛けてくる女の人はいないのだけれど。
あれ、でも異世界も逆ナンとかあるのかな?
「あら、このガーネット可愛いぃ~!」
「いらっしゃいませっ!」
呼び込みをはじめて30分程度…やっと1人のお客様が!!
どうやら
「いらっしゃい。市場では少し高めだけど、効果は抜群だよ」
「あらぁ…良いわね。どれくらい回復するのん?」
「ポーションは1,300、ガーネットは3,500回復しますよ。今日はお店の宣伝もかねてるので、安く販売してるんですよ」
「まぁ、すごい効果ねっ!」
私が若干フリーズをしてしまった為、代わりにイクルが淡々と対応をしてくれた。いやいや、だって女性かなと思ってみれば普通の男の人だったからびっくりしたんだよ。これで外見がオカマっぽかったらそうなんだと納得も出来るんだけど…普通の男性がオネェ言葉なのにはちょっと驚きますよ。見た目は腰に剣を挿して皮の鎧を来た冒険者だよ!
というか、まったく動じないイクルさんがすごいです…。
「ありがとうございますー」
「またくるわ!」
「はっ!」
私がもやもや考えているうちに、イクルが
「なにやってるのさひなみ様」
「いや、予想外すぎて体が動かなかったよ…!」
「
「あ、ありがとう…!」
「しっかりしてよね」
怒られてしまった。
仕方ない、次はもっと良いところを見せなければ。伊達にバイトをずっとしていた訳じゃないんですよ! 続けて「いらっしゃいませ~!」と声を張り上げる。そういえば洋服屋の店員さんって、皆声が高いよね。私は喫茶店でバイトをしていたからああいった声は得意ではないんだけど、呼び込むときはどんな声が良いのだろうか。とりあえず、普通の声で呼び込んではいるのですが。
「ひなみじゃないか!」
「あれ、アルフレッドさん…!」
「何してるんだ、こんなところで」
騎士服に身を包んだアルフレッドさんが、人ごみを掻き分けてこちらへと歩いてきていた。小さいながらにしっかりと着こなし、後ろで一まとめにされている赤い髪がとても目を引く。「おはようございます」と挨拶をしつつ、開店前に宣伝をかねて安く各20個限定で
「そうだったのか…店の準備は順調か?」
「はい。昨日、看板も頼んできたんですよ! 魔力木の看板で、花が咲くんです」
「魔力木か、あれは良いな!」
どうやらアルフレッドさんも気に入っているようで、私の話にくいついてくる。そうだよ、アルフレッドさんはドラゴンも乗りこなしているし、絶対こういうファンタジー的なアイテムが好きな人だよ…! と、思いつつも産まれも育ちも異世界のアルフレッドさんだからこういったもの全般が好きとは限らないか。
「それなら、今度魔力木で作った装飾品をプレゼントしよう!」
「ちょ、なんでいきなりそうなるんですかっ!」
突然すぎますアルフレッドさん! 今の会話のどこに私がプレゼントを貰う要素があったのですか…! 困ったような怒ったような表情で見れば「気にするな」とのお返事をいただく。いやいやいや、そうではなくててですね…!?
「俺がひなみにプレゼントしたいと思ったから贈るだけだ、気にするな」
「いやいや、気にしますから…」
これが貴族というものなんだろうか…!
そんな高級品をぽんと貰うことなんて出来ませんから!
まったく私の意見を聞いていないアルフレッドさんは「楽しみにしてろ」と言って
どうやら私の予想は当たっていたようで、「また前回と同じ数が欲しい」と。
「今はまだなくて…お店が開店してからでも良いですか?」
「あぁ、それで大丈夫だ。店はこのチラシの場所だろう? シアと一緒に行く約束をしたからな」
「あはは、ありがとうございます」
アルフレッドさんのシスコンは健在だと思いつつ、今は手元に
「っと、もう少し話していたいがもう行かないと」
「そういえば、騎士服ですけど…お仕事です?」
「ん、まぁそんなものだ」
なんとなく尋ねれば、良い感じうやむやにされる。
まぁ、騎士の仕事内容をそうぽんぽん教える訳にもいかないですよね。いや、騎士なのかは知らないけど、服装は私がゲームや漫画で見た騎士の服と似ていたから…って、あれ? アルフレッドさんは魔術師じゃなかったっけ?
頭にハテナを浮かべつつアルフレッドさんを見れば、頭にポンと手を乗せられて撫でられる。え、ちょっとこれどういう展開ですか…!?
「そんな顔をするな! じゃぁ、またな!」
「って、どんな顔ですか… はい、また!」
私が応えを聞く前にアルフレッドさんが立ち去ってしまった為、なんだかうやむやになる。うぅん…私がシアちゃんの友達だから同じく妹の様な認定でもされてしまったのだろうか。私がそんなことを思案していれば、わっと大勢…といっても5、6人が周りに集まってきた。
何事だろうと驚けば、またもイクルが淡々と「いらっしゃいませー」と接客を始める。え、突然お客さんが来たってこと…!? 私も負けずと「いらっしゃいませ!」と来てくれた人に声を掛ける。
「アルフレッド様と知り合いなのか!?」
「すごい
「私もアルフレッド様と同じ
「アルフレッド様はいつもアンタの
「え、え、えっと…」
矢継ぎ早に質問され、私は戸惑いつつも内容を整理する。
って、アルフレッドさんのファン…? の方達じゃないですか…! すごい、人気者なんだ。特に私から買った訳でもなく、立ち話を数分していただけだというのにこの効力…! 歩く宣伝塔ではないだろうか。
「はいはい、アルフレッド様お気に入りの
「イクル…」
その言葉を聞けば、集まった冒険者達が我先に売ってくれとイクルに詰め寄る。それを軽くあしらうように、「1人1種類1個までです」とイクルが伝えれば、全員が全ての種類を1つずつ購入していく。きちんと数えれば6人居たので、1人6,200リルのお買い上げ×6人で合計37,200リルだ。加えてオネェの人にも売れてるから、現在の売り上げは38,600リル。わ、もうお金持ちの気分です。
「ありがとうございます!」
「今後ともよろしくー」
またしてもイクルに接客を任せてしまった。せめてもと、お礼の声は大きく張り上げてみる。すると、冒険者の人も「またくるよ」と手を振ってくれた。おぉ、冒険者って言うくらいだから性格共に強めな人が多いかと思いきや、皆さん良い人達です。
「アルフレッドさん、人気者だね」
「そりゃぁそうだよ。なんてったって、“
「ぜつえんのまじゅつし?」
お客さんがはけたのを見計らってイクルに話しかければ、なんだか意味深な通り名っぽいものを教えてくれる。「何、知らなかったの?」と呆れ顔をしつつも、説明をしてくれた。
「あれは、アルフレッド様の称号だよ。ひなみ様にも加護の称号があるでしょ?」
「うん、あるね…神様の加護」
「称号は、自然に与えられた物と贈られる物との2種類があるんだよ。ひなみ様の称号は神様から贈られた称号。同じく、アルフレッド様の称号も贈られた物…この国の国王にね」
「えっ! それってすごいんじゃ…?」
「この国で称号を国王から贈られたのは…アルフレッド様を含めて3人だね」
ふぉっ!
称号を贈られた人は3人…!
こんなに人がいて、強そうな冒険者がわんさかいるというのに。私には計り知れないけれど、きっと想像以上に凄いことなのだろう。
「私、凄い人と知り合っちゃったんだね」
「…そうだよ」
あわあわしつつ、でもそれを自慢しないアルフレッドさんは大人だなぁと思う。いや、普通だったら自慢してしまうと思う。妹の花だったら24時間自慢していそうだ。
「あ、ちなみにもう1つの称号は?」
「自然に与えられる方ね。これは、誰かに贈られる訳ではなく、自然に取得している称号のことだよ。例えば…よく聞くのは妖精の加護とかね。属性と相性が良いと自然に付いたりして、その属性の扱いが上手くなる。他はあまり情報が出てないけど、特定の魔物を倒したりしても取得するらしいよ」
おぉ、なるほど。
つまりは世界と仲良くなって、気に入って貰えると称号をゲット出来るということですね。
でも、情報が少ないということはあまり持っている人がいないのだろうか。チラリとイクルを見れば、「持ってる人は少ないね」と先読みして教えてくれた。さすがです。
でも、さすがはファンタジー。日本にはそんな不思議システムありませんからね。
っと、そんな話をしていればまたお客さんが来てくれた。
「いらっしゃいませ。本日だけお安く販売してますよ!」
「どうも。市場なのに、加護薬まで売ってるんだね…全種類貰いたいんだけどいいかな?」
「はいっ! ありがとうございます!」
おぉ、やっと接客が出来ましたよ!
今回のお客様は男の人と女の子の2人組。2人と冒険者なのか、防具をしっかりと着込んでいた。パーティなのかな?
2人共に全種類買ってくれた。
それからしばらくは、お客さんがチラホラ来つつ…イクルと雑談をしつつ。
市場としてはそんなに安い訳ではないので、全員が買ってくれる訳ではないのだが、話せば皆さん良い人達ばかりでした。
こうして私のお店はお昼過ぎに全て売り切れたのです。
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