第34話 下準備 - 1

 さて。

 私は今、不思議な建物にやって参りました。その名も〈ジージィの鑑定屋〉です。

 路地通りにある小さなお店で、眼鏡マークの看板が付いている。全体的に木造作りで、なんだかほっこりする雰囲気に包まれている。中に入れば、占い師の様なおじいさんが座っていた。というのも、スペースもそんなに広くなく、日本にもあった占い師さんの営業スペースと似たような感じ。

 そう、ここは名前の通りアイテムなどの詳しい鑑定を行ってくれるお店。アイテムの簡単な説明であれば、ステータスの様に誰でも見ることが出来るのだけれど、詳細な情報は“鑑定”のスキルでないと見ることが出来ない。ゲームとかでは割とメジャーな鑑定…と思われがちだけれども、実は習得が難しく持っている人はそう多くないスキルらしい。なので、商売にしている人もいる。

 大きい商会になれば専属の鑑定士がいるらしいが、スキルの無い小さいお店や冒険者がよく利用するという。

 私もイクルもそんな便利スキルは持っていないので、今回お店を開く前にしっかりと鑑定をしてもらおうとやってきたのです。お店を開くのであれば、“鑑定書”を鑑定士に作ってもらい商品と一緒に一緒においておけば購入者が安心出来るというもの。ちなみに、その鑑定書が偽装されていると"白色魔道具”の色が濁るのでお客さんにはすぐに分かってしまう。



「私の回復薬ポーションを鑑定されるとか、なんか凄く緊張…!」

「ほっほ! お嬢ちゃん、薬術師かね」

「あ、そうです!」



 私はリュックから|回復薬を取り出して、鑑定士のおじいさんに渡す。髭が胸の辺りまでのびていて、魔法使いの様だった。髭を指で遊びながら、私の回復薬ポーションを手に取る。



「ほっほ! これは良い回復薬ポーションじゃ!」

「そ、そうですか?」

「わしは元冒険者でもあっての。ずいぶん世話になったもんじゃ」



 冒険者だったのか…! ということは、今は引退して鑑定士さんなのだろうか。ちらりとイクルを見れば、興味がないのかぼーっとしているようだった。

 カチャカチャと音がするので見れば、鑑定士のおじいさんが準備を始めているようだった。箱の中に紙を1枚敷いて、その上に私の回復薬ポーションを置いた。私が不思議そうに見ていれば、準備を続けながらおじいさんが説明をしてくれた。



「鑑定には2種類あっての。1つは鑑定士…わしに直接結果が分かる鑑定方法。そして2つめは紙に書き写す方法じゃ。口頭での説明じゃと、それが嘘かもしれないじゃろ? 鑑定スキルは鑑定した内容を紙へ書き写すんじゃよ。そうすると、わしは鑑定結果の紙を見ないと結果が分からない。この商売は、知られたくないこともあるじゃろうから鑑定結果を紙に書き写して渡すんじゃよ。安心じゃろ?」

「確かに! というか、結果が紙に出るんですね…凄いです!」

「ほっほ! その為に、ここに魔力水を流し込み紙へ魔力を伝えるんじゃよ」



 紙と回復薬ポーションを入れた箱に、おじいさんが魔力水を流し込む。



「さて… この物に宿る心よ、我の媒体に真実を示せ。《真実の鑑定ジャッジメント》!」

「おおぉぉ…!」



 おじさんの呪文が響くと共に、箱がまばゆい青い光につつまれた。

 思わず阿呆な声を上げてしまって少し恥ずかしい。



「ほっほ! 成功じゃ」

「あ、ありあとうございます…!」



 おじいさんが紙を私に渡してくれる。

 先ほど言っていた様に、おじいさんは紙に目を通すことはしなかった。

 他の回復薬ポーションの鑑定もしてもらい、同じく紙をもらう。サイズはだいたいA5程度だろうか。大きくもなく、小さくもなく。





「ありがとうございます!」

「ほっほ! またよろしくの」



 全ての鑑定が終了したので、私は鑑定屋を後にする。鑑定をしてもらったのは、お店で売り出す予定の物…全部で8種類。これを販売するとき一緒に並べれば、購入者も詳しい効果を知ることができるのです。

 ちなみに、解毒薬なんかも一緒に鑑定をしてもらいました。普通にお店で材料を買って、宿で《天使の歌声サンクチュアリ》をした。お店で買った瓶も変化したことにはおどろいたけど…。







 ◇ ◇ ◇



 魔力回復薬マナ・ポーションを紅茶代わりに、私とイクルは宿に戻り作戦会議を開始した。家…というか、お店を開く物件も決まり。後は開店準備をするだけとなり。ただ、物件の引き渡しは商人ギルド側で最終チェックをするということなので、明後日になるそうだ。



「ふぅ。美味しいなぁ…」



 紅茶を飲みつつ、なんとなく考えることが色々あるなと思考を巡らせていく。イクルがとりあえず必要な物をリストアップしてくれたので、明日は下見に行って…明後日購入をしてそのまま店舗に運ぶ予定。

 ちなみに必要な物は…。



 お店の看板

 装飾品

 値札

 お金を入れる箱

 おつり



 あ、思ったよりも少ないかも知れない。

 ちなみに、この世界では買った物を袋に入れて渡す…という習慣は高級店以外は無いらしい。みんなエコバック的な買い物かごをもっているので、それに入れるのだとか。とてもエコで良いですね…!

 机や棚が備え付けなので、こちらで改めて買う物はあまり無いんだと思いつつ、お花も飾りたいなと思う。



「看板は…普通のと魔力木を使ったものがあるけど」

「まりょくぎ?」

「あぁ… 魔力木っていうのは、切っても“木”として成長することが出来る木だよ。専門の職人がいて、家具に使ったり店の看板に使ったり…使い方は様々だよ。看板をこれで作るとすると…木は生長して花も咲くよ。もちろん、加減は職人が調整してくれるから成長しすぎることはないよ」

「へぇ…すごい木があるんだ」



 さすがは異世界…! そんな七不思議の様な木があるなんて。でも成長していく看板…なんだかとっても心躍るのです。とでも!



「あ、でもその分高いよ。値段は俺もしらないけど…最低10,000リルくらいはするんじゃないかな」

「むむ…そうだよね。なんてったって生長する木…」

「普通の看板なら安いと思うよ。まぁ、普通の看板で良いんじゃないかな?」

「駄目! 成長する看板にする!」

「え… まぁ良いけど」



 いやいや…成長する看板なんて物があると知ってしまったら普通の看板では駄目ですよ! 多少高いくらいであれば、ここは譲れません。まぁ、これで金貨10枚とか言われてしまったらさすがに高いから諦めたかもしれないけれど…。私の心の葛藤をしってか、イクルが「明日見に行ってみよう」と言ってくれた。



「はー… 上手く行くと良いね」

「そうだね。ところで、残金は大丈夫なの?」

「あー…そういえば?」



 お金を確認してみれば、残りは50,000リル程度。



「若干心許無いけど…まぁ大丈夫か」

「そうかな?」

「高い装飾品やらを買わなければ十分だよ」



 なるほど。

 まだ開店するところだし、そんなに高い物もいらないだろう…小さいお店だしね。

 2階は店舗としては使わず、現在は保留となっている。なので、使うのは1階部分のみ。そう考えると、スペースもそんなに広くはないし入り用な物も少ない。



「まぁ、後は客がくるかどうかだね…」

「確かに。値段的に…高くしないと駄目だよね?」

「そうだね」



 うーん。これでは開店初日から閑古鳥が鳴くようではこまってしまう。何か宣伝をした方が良いだろうか…でもどうやって?



「少し開店前に安めに市場で売って、チラシでも配る?」

「あぁ、開店直後の割引!」



 確かに、それは良い案かもしれない。まぁ、この場合は開店前なのだけれど。

 一応、イクルと話し合ってそれぞれの値段は決めてあるのだ。加えて、先ほどの鑑定結果も。



 《体力回復薬ハイ・ポーション》 1,000リル

 HP回復:1,300

 効果:患部にかけることで怪我を治し、飲むことにより傷ついた内臓を治す。

 備考:病気や、切断されてしまった身体を治すことは不可能。また、それに近い状態も同様である。


 《深紅の回復薬ガーネット・ポーション》 1,600リル

 HP回復:3,500

 効果:身体から切り取られていない程度の怪我を治し、飲むことにより多少破損した内臓を治す。

 備考:病気や、切断されてしまった身体を治すことは不可能。


 《魔力回復薬マナ・ポーション》 2,300リル

 MP回復:700

 効果:MPを回復し、服薬後5分間MAG値が10上昇する。


 《深海の回復薬マリン・ポーション》 3,300リル

 MP回復:2,300

 効果:MPを回復し、服薬後5分間MAG値が15上昇する。


 《姫の加護薬》 1,500リル

 効果:MPの最大値が1.5倍になる。

 持続時間:1時間


 《解毒薬》 800リル

 効果:状態異常、毒・猛毒状態を解除し、服薬後5分間毒への抵抗力が少し上がる。


 《解麻痺薬》 700リル

 効果:状態異常、麻痺を解除し、服薬後5分間麻痺への抵抗力が少し上がる。


 《解睡眠薬》 700リル

 効果:状態異常、睡眠を解除し、服薬後5分間睡眠への抵抗力が少し上がる。



「というか、恐ろしいほど高品質だね」

「そう?」

「普通の魔力回復薬マナ・ポーションや解毒薬には“効果”なんて項目無いよ」



 イクルがまじまじと鑑定書を見ながらそう教えてくれる。

 通常であれば、例えば魔力回復薬マナ・ポーションはMP回復のみ記載されており、効果と言う項目は無いそうだ。そう考えると、自分の回復薬ポーションはすごいなと思う。いや、作り方は他の方に比べれば何倍もお手軽なんですけどね?

 値段に関しては相場に比べると大分高い。私はもう少し安くても…と言ったのだがこればかりはイクルが譲らなかった。



「とりあえず、これで商品関係は問題ないね。あとは看板とか、チラシかぁ」

「そうだね。市場はどうする?」

「んー… 安めで少し販売してみようよ。自由にお店を開いて大丈夫みたいだし」

「ん、わかった。本当なら朝が良いけど…まぁ夕方でも良いか。チラシを作って安めに売って宣伝をしとこう」



 イクルの提案にうんうんと頷きつつ…あれ、そういえばチラシってどうやって作るんだろうか。



「イクル、チラシってどうやって作るの?」

「あぁ…大通りの魔道具屋でチラシの複製をしてくれるよ。自分で1枚書いた紙を持っていって、それを魔道具で複製して貰うんだよ」

「へぇ… 便利なんだね」

「まぁね。でも、複製するには魔力も必要だから、慣れている人じゃないと扱えないんだ」



 なるほど。

 家にある水道のようにボタンを押せば水がでます! という簡単な仕様では出来ないのか。でも、思っていたよりも随分簡単にコピーが出来るんだ。うぅん、ファンタジー世界は不便だと思っていたけれど、案外便利です。環境的にも良さそうだし、下手したら日本より良いの…かな? うぅん、微妙です。



「とりあえず、今日はこんなところかな。明日は準備で忙しいし、早起きしてよね」

「う…頑張るよ!」



 寝坊するなとイクルに若干プレッシャーを掛けられて、私は自分の心に気合を入れる。

 そのままイクルが自分の部屋に戻ったのを確認し、私はリュックから交換日記を取り出した。今日は物件が決まったので、神様へ報告したいことがたくさんあるのです。

 ベッドに入って上半身を起こし、交換日記に色々と書き込みをして行く。頭につけているリボンは指輪に変形することなくそのままで、今日は変形しないのか若干不安になるが…今は交換日記を書くことに集中する。誰かとこんな風に交換日記をしたり、自分で日記をつける癖もなかった為あまり気の利いた文章を書くことが出来ず悔やまれるが、神様はいつも優しくとても綺麗な字で返事をくれる。



 書き終えた交換日記をそっと閉じて、明日の朝に返事があることを楽しみにし、私はベッドへもぐる。すると途端にリボンが指輪へと変形して私の指へと収まった。「おやすみなさい」と指輪に一つ呟いて、私はそのまま目を閉じた。

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