第32話 不思議な本屋
「わ、イクル! あれ可愛いよっ!」
「はいはい」
商人ギルドで登録した翌日、私とイクルは街へ繰り出していた。
店舗の場所を決める前に、実際に街を歩いて見てからにした方が良いというイクルの提案です。なので、今日は午前中に街を見てから、お昼ご飯を食べて商人ギルドへ行く。
晴れ過ぎず、曇り過ぎず…な、丁度良いうららかな天気。太陽の光が暖かく、まるでふわふわの毛布に包まれているよう。
「雑貨屋さんかなぁ? 見ていい?」
「好きにしなよ」
「ん、じゃあ見る!」
ショーウィンドウに飾られているのは、可愛い食器や小物類。ハンカチやクッションなどの雑貨もあるが、どうやらキッチン用品が多いお店の様だった。
木の扉を開けて中に入れば、甘い香りが漂ってくる。何だろうと、小さな店内を見渡せば、すぐに原因を突き止めた。入ってすぐの棚に、小さな袋に入ったたくさんの草花。
「これは…ポプリ?」
「そうですよ、当店1番人気のポプリです。お客さん、初めての方ですね…いらっしゃいませ」
「あ、こんにちは」
お店のカウンターにいた店員さんが、声を掛けてくれポプリであることを教えてくれた。どうやらこのお店の一押し商品みたいだ。
笑顔で挨拶をしつつ、私の目線はポプリへと
戻る。それほどまでに良い香りなのだ。
「家に飾るのも良いですし、贈り物にも喜ばれるんですよ」
「そうなんですね…可愛いですもんね」
欲しいなぁ… でも、すぐ家に帰れるかというと微妙なところなのでポプリを買うのは今度かなぁ。
小さな色とりどりの花が詰まった袋は、きっと女の子の夢がたくさんつまっていると思うのですよ!
「今は宿に泊まっているので、また落ち着いたら買いに来ますね!」
「えぇ、ありがとうございます」
非常に名残惜しいが、ここはグッと我慢をして…お店をゲットしたら買いにこようと心に誓う。お店を出て、また通りを歩き始める。
「買わなくて良かったの?」
「ん…お店を買ったらにするよ! 荷物が増えるのも大変だしね」
「そう」
イクルが気に掛けてくれつつも、「賢明だね」と言葉を続ける。ですよね、イクルはそうですよね。
「でも、思っていたよりも小通りって賑やかなんだね!」
「…そうだね。ほとんどのお店が営業してるし、人通りもそこそこあるね」
現在、イクルと共に小通りを歩いている。
先程見た雑貨屋を始め、食べ物関係のお店や武器、防具などを取り扱っているお店など多種多様だ。人通りもそこそこに多く、お店それぞれに固定客が付いている様な印象を受ける。
うん、すごい良い場所だと思います!
「あとは路地も見て、それでギルドに行こうか」
「そうだね」
最後の小通りを歩いていたので、もう1本奥の道へと移動する。小通りは明るい雰囲気だったけれど、路地通りはどうだろうか。
一歩踏み出せば、オシャレな通りが顔を出した。
「路地って言うから、もっと閑散としてると思ってたよ」
「結構賑やかなんだね…」
見れば、小通りとそんなに変わらない人通り。閉まっているお店もあるが、そのお店の一つ一つが不思議な雰囲気だった。
小通りは可愛く統一されていた様に思うが、この路地通りはお店各々がしっかり独立したデザインをされていた。なので、可愛いよりオシャレがしっくり来るように思う。
そういえば、路地通りには隠れた名店も多いと聞く。もしかしたら、目玉商品などが見つかるかもしれない。
「あ…」
「ん?」
「ちょっと見てもいい?」
イクルが見たいもの?
何だろうと、イクルの視線を辿ればそこは…本屋? お店の外にも棚がはみ出し、本が積まれていた。古本屋みたいな物だろうか。そういえば、家に本が無いということを思い出す。神様に貰った基礎知識系の本のみだ。
「うん。ついでに何かあれば買おうよ! 家に本って何もないし…」
「ん、そうだね」
開きっぱなしの扉から中に入れば、古本独特の匂いがする。あまり本を読まなかった私にはあまり馴染みのない香りだ。
乱雑につまれているのかと思えば、本には埃一つなく、綺麗な状態だった。タイトルを見れば、ジャンル別に並べ…積まれていることも分かる。見た目よりしっかり管理されているようだ。
「あぁ、いらっしゃい」
「こんにちは」
本に埋れた様に、奥から人が出て来た。長い髪を後ろで束ね、深緑のローブを来ている。眼鏡を掛けた知的な顔は…髪の長さもあり女性に見えなくもないが、声を聞く限り男の人だろう。20代くらいに見えるのに、とても落ち着いた深い声だった。
私も挨拶を返して、イクルは軽く会釈をした。
「どんな本を探してるんだい?」
「えぇっと…特にお目当ての本は無いんですけど、何か良いのがあればなって」
「なるほど…」
ちょっと失礼だったかなと思いつつも、どういった本があるかも分からないので正直に伝えておく。店主が「そうだねぇ…君になら、これがお勧めだね」と、乱雑に積まれている本達から何冊か渡してくれた。
「ありがとうございます! 見てもいいですか?」
「勿論です」
選んでくれたのは、3冊の本。
どれも味気のないシンプルな表紙にタイトルが記載されているだ…け……え?
「あの、この本…」
「うん。今の君に、必要な本でしょう?」
「…そう、ですね。でも、なんでこれが私に必要だと分かったんですか?」
渡された本をギュッと掴み、そっと店主の顔を見る。にこやかに笑っているその顔は、何を考えているのか分からない。
受け取った本は3冊。
《女神レティスリールと宝石華》
《始まりの家》
《薬草栽培と調合》
始まりの家が、何を指しているのかは分からないけれど…女神様の本に、薬草栽培の本。私が女神を探しているのを知っているのは、神様とイクルだけ。
何で、
「…どういうつもり?」
「イクルっ!!」
「やだなぁ、そんなに警戒しないで下さい」
1人で本を見ていたイクルが、いつの間にか私と店主の前に立っていた。私を護るように、イクルは右手で私を背中に隠す。
買い物だからと、イクルの棍は宿に置いてきている。その証拠に、イクルは素手だ。
「本がね、教えてくれるんですよ。『この人は、僕を読みたいみたいだよ!』とね」
「…そんな話、信じられる訳ないだろ」
店主の返事を聞くが、イクルは体勢を変えず私を庇う形のまま。「本当なんですけどねぇ…」という店主の言葉が続くが、イクルはそれを聞こうとはしない。
困った様子の店主が、何かを思い出した様にイクルにも本を手渡した。突然のことだった為か思わず受け取ってしまったようだ。
「君にはきっと、この本が良いでしょう」
「……なんで、これを?」
『僕が選んだんだよっ!』
「「!?」」
突然、お店に声が響いた。
慌てて辺りを見渡すが声の主は見えない。
「おや…人前に出て来るなんて珍しいですね」
『うんっ! でも、なんだかこの子から良い匂いがしたからさっ!』
「私…?」
そう言い、私の前に突如姿を顕現させたのは…妖精、だろうか。
私の手のひらくらいの大きさで、背中には羽が生えている。黒い髪に、少し尖った耳。ローブの様な服を着ていた。
「な、妖精…?」
『チッチッ! 分かってないね、違うよっ! 僕は本の精霊さっ!』
私の前からイクルの前に飛び、指で違うよとポーズを取りながら胸を張る。
「精霊って…! なんでそんな存在がこんな本屋にいるのさ」
「イクル?」
いつもなら「ふぅん」とか、そんなことを言いそうなイクルが若干慌てている。精霊はそんなに珍しいものなのだろうかとイクルを見れば、「知らないの?」と一言いただいた。
「精霊は妖精と違って、1種類につき世界に1人しか存在しないんだよ…」
「えっ! それってすごいね…!」
『そうそう。僕ってすごいんだよっ!』
えっへん! と、胸を張りながら精霊が店主の肩へ飛んで行きそのまま肩へと座る。
「ほら、本が教えてくれるって本当でしょう?」
「……そのようだね」
にこりと微笑みながら、店主が「警戒しなくても何もしないですから」と言葉を続ける。
確かに、本の精霊がであれば読みたい本をすぐに見つけてくれる…というのも納得が出来る。たぶん。
『僕はね、本と人の赤い糸が見えるのさっ!』
「何それすごいっ!」
私が素直に反応をすれば、イクルが少し呆れ顔になった。どうやらいつもの調子を取り戻してきたようだ。
「えぇ、何と言っても本の精霊ですからね。だからと言って、全ての方に本を選ぶわけでは無いんですよ。本当に本が必要で、かつ、この子に気に入られた人のみ…ですね」
「え、私…気に入ってもらえたってことですか?」
この可愛い精霊さんに?
それは少し、いや…大分嬉しい。だってこれこそまさにファンタジーだと思うのですよ。
でも、精霊ってことはまろも似たような感じに成長したりするのだろうか。
『そうそうっ! これって運命だよねっ! この本屋って、良い本が揃ってるのにそんなに人が来るわけじゃないからねっ!』
あははと笑いながら、お店の中をくるくると飛び回る。
「でも、本を選んでくれてありがとう」
『どういたしましてっ! 買ってく?』
「うん。私に選んでくれたのと、イクルに選んでくれた本全部。あ、イクル他にはある?」
「…いや、大丈夫」
『へへっ! まいどありーいっ!』
私が買う意思を示せば、ぱっと顔を明るくして嬉しさを表しているのか飛ぶ速さがぐんと上がった。
「ありがとうございます。これではどちらが店主か分からないですよね」
『本を選ぶのは僕にまかせてよっ!』
「気に入った人限定で、でしょう?」
『そうともいうけどねっ!』
若干、漫才の様な気がしなくもないが…2人が良いパートナーであることは分かる。本好きの集いであろうか。
路地通りはこんな不思議なお店がたくさんあるのだろうか? さすがファンタジーの世界の路地は一味違います。
お金を払って本を受け取り、リュックにしまう。イクルが取り上げてそのまま背負ってしまったので、甘えてまかせてしまう。ハードカバーの本4冊は結構重たかったのだ。
「ありがとう」
「ん、気にしなくて良いよ」
『あ、これおまけだよっ!』
「えっ?」
ぐいっと、小さな本を精霊さんが私に渡して来た。何だろうとタイトルを見れば、“僕の本”と書かれていた。
パラパラと中身を見れば、全て手書きで書かれていた。あれ、この本手作りなのかな…?
『僕が書いたんだ! 今度感想聞かせてねっ!』
「えっ! 本当に手作りなんだ…私が貰っていいの?」
『うん。でも、感想教えてねっ!』
「勿論だよ!」
本の精霊自らが作った本を貰ってしまうとは、本当に良いのだろうか。すごい希少な物だったりしたら大変だ。でも、タイトルが気になって仕方がない。僕の本? 精霊の生態でも書いてあるのだろうか。読むのが楽しみです。
「っと、そろそろいかないと」
「おや、用事がおありでしたか。引き止めてしまってすみません」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます!」
『またこいよっ!』
申し訳なさそうに店主が謝りの言葉を述べて、しかし「楽しかったです」と私に伝えてくれる。
「また来るね!」
『まってるっ!』
「はい。ありがとうございます」
私の言葉に2人が笑顔で応えてくれて嬉しくなる。絶対またこようと思いながら、私とイクルはお店を後にする。
一歩外に出れば、静かだった本屋の店内とは打って変わり途端賑やかになる。
「なんだか不思議なお店だったね、路地通りのお店はこんな感じなのかな?」
「あの店が特殊なんだよ。基本的には路地通りも普通のお店だよ」
「そっか…」
イクルに「ほら」と指をさされたところ見れば普通の屋台があった。その横には普通の洋服屋に、定食屋…と並んでいた。
路地通りファンタジーかと思っていたので少し残念に思うが、今のお店に出会えて良かったと思う。
そのまま商人ギルドへ向けて歩きながら、丁度良さげな定食屋を見つけて昼食を取る。
さて、目指すは商人ギルド、そしてお店です!
そう思うと足取りが軽くなる。少し前を歩くイクルは普段通りだけど、わくわくしたりはしないのだろうか。
そんなことを考えていれば、私達は商人ギルドの前にやって来ていた。
…あれ、そういえばイクルは何の本を選んで貰ったんだろうか。
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