第31話 商人ギルド - 3

 視点:マリアージュ・ルストン



 ふぅん…この子がアルフレッドご執心のひなみちゃんね。うん、可愛い子。



 ソファに腰掛けて、緊張した面持ちの少女。幼く見えるのに、これで15歳だというのだから…驚きね。





 何時もの様に、商人ギルドの執務室で仕事をしていれば私への来客。通常であれば、アポイント無しなんてすぐに断るのだけれど…アルフレッドが相手ではそうもいかない。



 私、商人ギルドマスターのマリアージュ・ルストンはかなりの多忙なのである。

 先代である祖父からこのギルドを引き継いだのは良いが、あまりシステム化されていなかった商人ギルドの運営に…日々走り回させれいる。



 ふぅと、一息ついて彼女の横に座るアルフレッドへと視線を少し送る。その瞳は、「ひなみに何か問題が?」とでも言っているかのよう。

 それを見るだけでも、彼女に絶対的な信頼をおいていることが分かる。

 まさか、“絶焔ぜつえんの魔術師”がここまで誰かに入れ込むなんて。よほど…彼女の才能はすごいのね。記憶を辿れば、サリナにも彼女がすごいという話を聞いたのを思い出す。アルフレッドが所属する、勇者パーティの前衛騎士を務めるサリナは何者からも絶対的な信頼を得ている。それほどまでに、彼女の能力は優れている。そんなサリナが勧める回復薬ポーションか…今から今後が恐ろしい。



 まったく、ひなみちゃんはすごい人達に慕われているものね。あら、でも…確かサリナは直接会ったことは無いと言っていたわね。でもまぁ、アルフレッドの態度を見れば一目瞭然ね。



 私は一つ呼吸を置いて、まっすぐにひなみちゃんを見る。そしてスキル〈妖精の導きカーニバル〉を使用し、2人…ひなみちゃんと、後ろの呪奴隷の彼を見る。





 〈妖精の導きカーニバル

 妖精達が他者を宴に誘う際、その者が自分達の害になりうるか知る為の舞。

 使用すると、その者の本質がオーラとなり見ることが出来る。

 MP 1,300





 あぁ…やっぱり問題はないみたいね。

 でも、このスキルはMPの消費が激しいから私にはキツイわね。実際、私のMPはもうゼロに近い。けれど、どんなにキツくてもこのスキルだけは絶対に外せない。



 このスキルと、白色魔道具で商人ギルドを管理しているのだから。

 まだ未熟な私は、問題の処理をするよりも問題を起こさない様に…事前のこういった処理が必要不可欠なのだから。



「これで商人ギルドの一員ね。何かあれば私を頼りなさい」



 微笑んで、私は2人を歓迎した。



「ありがとうございます…!」



 とたん、花の様に顔をはじけさせて、私へお礼を伝えてくる。うん、そうね…礼儀もしっかりしていたし、頑張って欲しいわね。







 ◇ ◇ ◇



「この書類を処理してくれる?」

「はい」



 先程も処理を手伝ってくれていた秘書のベルを呼んで手伝いを頼む。



「でも…あの小さな子が凄い薬術師だなんて。人は見かけによらないですね」

「そうね。実際、私だってアルフレッドの紹介でなければ通しはしないわ」



 少し固まった体を、伸びをしてほぐす。ベルに「そうね」と、一言返して…これからのことを考える。予定、だったのだけれど。そこは優秀な秘書が既に手配を終えた様だった。



「明日以降に物件を決定し…開店初日、3日後、1週間後、1ヶ月後に偵察を入れますね。」

「ええ、それでお願い。ベルは仕事が早くて助かるわ」



 商人ギルドでは、新人には必ずギルドからの偵察が入るようになっている。もちろん、これは極秘に行われており…上層部しか知らない。勿論、所属していないアルフレッドだって偵察があることを知らない。

 商人という職業上、その人物の力…まぁ、所謂商売力が必要となる。それを、私達ギルドはしっかり出来ているのか偵察で確認を行う。その内容は、商品の品質であったり、お店の清潔さであったり、または正規の価格設定をしているかなど、多岐に渡る。

 1からレクチャーをすればとの意見もあるが、それよりも自分で商売をし、そういった力を培って行く。それがこのギルドの方針である。



「若干…偵察に引っかかりそうな気もするけど。でも、彼女の価値は相場の常識では測れないわね」

「…そうですね。回復薬ポーションに革命が起きますね」



 あぁ、そうね。

 もし、まだ祖父がギルドマスターであれば手を振って喜んだだろうが…私では荷が重いのではないだろうか。新米商人のひなみちゃんを、私はしっかり守ってあげられるのだろうか。



「きっと… ひなみさんのお店は大変なことになるわ。私達商人ギルドでしっかりサポートをしないといけないわね……」

「マリアージュ様なら、大丈夫ですよ」

「え…?」



 私の不安を知ってか知らずか…いや、ベルには全てお見通しね。なんと言っても、幼馴染みなのだから。仕事では上司と部下の関係なのに、不思議ね。

 仕事では決して敬語を崩さずに、私に“様”を付けて呼ぶ彼女。しかし、一度仕事が終われば敬語もなくなり、同じ顔の別人ではと疑いたくなってしまう。



「それに、私もいます」

「……ありがとう」



 綺麗に揃えられた金色の髪は、肩より少し長い。いつも落ち着いた服装の彼女は、おっとりしていて仕事も出来て…大変自慢な私の秘書兼幼馴染み。

 ただ、怒ると怖い。



「でも、全力で頑張らないとね」

「ええ。私も頑張ります」



 胸の前で拳を握り「えいえいおー! ですよ!」と、笑顔で私を励ましてくれる。ギルドマスターに就任して3年。私はまだまだひよっこで、周りの手助けがないと回らない。



「ありがとう」



 再度ベルにお礼を言って、私は他の仕事にも取り掛かろうと違う書類に手を伸ばす。



 早く仕事に慣れて、祖父のように立派なギルドマスターになれたらと思う。





 私は新たに仕事にかかり、ベルはお茶を新しく煎れてくれる。忙しなく手を動かしていれば、静かにサポートをしていたベルが口を開いた。



「あ、そういえばマリアージュ様」

「なぁに?」



 書類に目を通し、処理をしていれば思い出したかのようにベルがポンと手を叩いた。



「冒険者ギルドにアイテム買取の依頼が出ていたんですよ」

「あら…そんな依頼、よくあるじゃない。珍しいアイテムだったの?」

「ええ。なんでも、珍しい植物の実で…名前を“王家の実”と言うらしいですよ」

「…聞いたことないわね」



 姫の木や、王子の木であれば聞くこともあるが…王家の木は初めて耳にする。商人ギルドでは情報も厳重に管理されている。

 私が知らないとなると…なかなかにハードルの高いアイテムなのだろうと思う。



「でも、新種の木…という感じでもないんですよね。依頼には、“この大陸にのみ生えている王家の木から王家の実を採取してきて欲しい”とありました。まるで、昔からその木がこの大陸にあることを知っている様で……」

「なるほど… それが本当であれば、商人ギルドでも調べた方が良いわね。お願い出来る?」

「ええ、そうだろうと思って既に手配を致しました」



 さすが、優秀ね。「ありがとう」とベルに伝え、私は自分が本当に知らないのか自分の記憶を辿り思案する。

 しかし、思い出そうとしてもやはり王家の木という物は記憶にはない。これはやはり、ギルド偵察を待った方が良さそうね。



「ちなみに、買取金額は?」

「1つ、金貨10枚。なので、挑戦する冒険者は多いようですが…情報が少な過ぎます」

「なるほど。わかったわ、ありがとう」



 木の実1つに金貨10枚、ね。

 確かに、金額は高いけれど…まったく情報がないものであればこちらとしても木の実の価値は分からない。

 一体何に使うのか… 依頼者に関して、それとなく冒険者ギルドへ聞きに行くのも良いかもしれないわね。

 王子と姫であれば、手に入れることは出来るけれど…同じ種類の植物なのか、それともまったく別の何かなのか。



「あ、でも…植物であればひなみさんが知っているかしら?」

「あ、確かに。彼女、すごい薬術師みたいですしね。明日、物件探しの時にそれとなく聞いて見ましょうか」

「ええ、お願い。私は外せない会議があるし…ベルにまかせれば安心ね」



 ふぅと息を吐き、お茶を一気に飲み干す。

 さぁ、これから忙しくなるわね。



 今後を思うと少し憂鬱だけど、でも。新しい可能性にドキドキするのも正直な所。



「さぁ、頑張りましょう!」

「はい!」

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