第29話 商人ギルド - 1

 大通りの中ほどに、私が目的としている“冒険者ギルド”がある。

 周りのお店や施設より一回り以上大きい、3階建ての建物。1階部分にあるドアの上に剣と盾の看板があり、冒険者ギルドと書かれている。

 さすがにこのお昼の時間、そこそこ人の出入りがあるようだった。私は以前に1度、身分証を目当てにここへ足を踏み入れたことがある。なんだか、なんともいえない場所です。だって、冒険者なんて、私にとって見たら無縁です。でも、ここで受付のお姉さんが呪奴隷について教えてくれなかったらイクルと会えなかったんだと思うと、なんとも感慨深い。



 私はそっと扉を開けて中に入る。

 前に来たときと同じように、前方に長いカウンターが用意されている。それぞれ冒険者が用を済ませようと若干込んでいるようだった。



「あ、ひなみさん~!」

「シアちゃん!」



 入り口の右手スペースに、いくつかの机やベンチがあり、そこにシアちゃんとキルト君が座って待っていてくれた。「待たせてごめん」と一言伝えて、私とイクルもシアちゃんの所へ向かう。



「いいえ、大丈夫です。…あら、ひなみさんの髪飾り可愛いリボンですね」

「あ、ありがとう。シアちゃんもポニーテールでびっくりしちゃった。可愛いね」

「ありがとうございます」



 ちなみに、戦うわけではないのでローブなどの装備は着ていません。念のため。今の私は普通のワンピースに、リュックスタイルです。短剣は一応リュックにいれてあります。

 シアちゃんは、ゆるいウェーブのかかった髪をポニーテールにして、白く大きいリボンで結んでいた。私も装備ではあるけど、神様のリボンをつけているのでおそろいです。

 その斜め後ろには、薄茶色で少しくせのある短かめの髪をふわふわさせているキルト君がいた。腰には剣を挿して、胸当てもつけている。うん、一人前の冒険者だ。



「改めて、お久しぶりです。ひなみさん、イクルさん」

「うん、久しぶり。キルト君も久しぶりだね!」

「はい! お久しぶりですひなみ様、イクルさん」

「…お久しぶりです」



 あ、イクルの言葉遣いが丁寧になった。

 というか、そうだよね。相手は貴族様なのに、私はこんなにフレンドリーで良いのかな…なんだかイクルを見ていると自分に不安になってくるよ。

 そういえば、と。私は冒険者ギルド内を一週見渡す…いない。ミルルさんがとタクトさんがいるかなと思ったのだけれど… どうやら居ない様だった。入れ違いになってしまったのだろうか。



「そういえば、冒険者ギルドへは何をしに?」

「あ、そうだった。初心者講習の座学を受けようと思って」

「あぁ、そうだったんですね」



 本当は実技も受ければよいのだろうけど、恐いので取り敢えず座学でいいかなという残念な考えの私です。そんなことを考えていれば、シアちゃんが「こっちの受付ですよ」と、最初に冒険者登録をしたカウンターに案内してくれた。「ありがとう」とシアちゃんにお礼を言い、私はさっそく受け付けのお姉さんに初心者講習の座学を受けたい旨を伝える。





「初心者講習ですね。現在、実技は1週間、座学は3日のコースを行っております。座学だけでよろしいですか?」

「はい」

「かしこまりました。座学は、初日に冒険者ギルドと〈レティスリール〉の歴史、職業や一般的な知識に関する講習を行い、2日目に魔物に関すること全般、3日目に薬草や、アイテム、装備などの講習を行っていきます」

「3日間あるんですね」

「そうです。朝の10時に開始し、休憩を挟みながら夕方17時に終了となります」



 おぉ、結構長そうだ。1日に…お昼を入れたとして5、6時間講習を行うということか。なんだか学生になったみたい。



「今月の初心者講習は、1週間後から開始されますがどうしますか?」

「あ、じゃぁそれでお願いします」

「はい、かしこまりました」



 お姉さんがスケジュールを確認しながら、書類に書き込みをして行く。私はその様子を見ながら少しどきどきする。日本ではなかったこの日常生活に、いつの日か胸のどきどきがパンクしてしまうのではないかと思う。

 っと、そういえば。私が受けるのは確定として。



「イクル、講習はー…」

「ん、俺はお店の準備もあるだろうし、遠慮するよ」



 ですよねー…。うん、なんかそうだろうなとは思ったんですよ。

 まぁ、イクルは強いし、知識も豊富だし。いっそ講師でも務まってしまうのでは? と、私的には思うのですがいかがでしょうか。



「はい、では当日こちらの書類をお持ち下さいね」

「あ、はい」



 手渡された物を目にすれば、集合時間、持ち物、規約などが簡単に書かれた1枚のペラ紙だった。書類って言うから少し緊張してしまったじゃないですか。ちなみに、規約は講習中に騒ぐ・寝る・遅刻をしたらその場で打ち切りというルールが書かれていた。小学生ではあるまいし、そんなことしません。…でも、書いてあるということはそういったことがあるのだろうか。





「ごめんごめん、終わったよ!」

「あ、良かったです。私もキルトと受けましたけど、とても丁寧に教えてくれるんですよ」

「そうなんだ! じゃぁ期待しちゃおうっと」



 シアちゃんと頷きながら、これでギルドに用もないので建物を出る。すると、丁度入れ違いにアルフレッドさんがギルドへと入ってくるところだった。相変わらず、目立つ人だなぁと思う。赤い髪を後ろで1つに束ね、騎士の服に身を包んでいる。見た目は幼いが、実は私よりも年上なのです。まぁ、精神年齢は私のほうが上なんですけどね、一応。



「あぁ、久しぶりだな、ひなみ」

「アルフレッドさん! お久しぶりです」

「丁度シアに呼ばれてな… ひなみが大丈夫であれば、このまま商人ギルドへ紹介するがどうする?」

「わ、お願いします!」



 私の後ろから他の皆が出てきて、イクルがアルフレッドさんに軽く挨拶をした。アルフレッドさんも軽く挨拶を返して、皆にこのまま商人ギルドへ行く旨を伝えれば賛成を貰った。ように思えたが、キルト君がおずおずと手を上げ、実は用事があったと伝えてきた。



「すみません、実は冒険者ギルドの鍛錬講習を予約していまして、もうすぐ始まるんですよ」

「あ、そうだったわね… 確かキルトが憧れている冒険者だったかしら…」

「はいっ!」

「そうなんだ! じゃぁ遅れないように行かないとだね」



 シアちゃんが思い出したように、用事の内容を教えてくれる。キルト君が、笑顔で「楽しみなんです」と伝えてくれた。うんうん、そうだよね、剣の鍛錬か。…すごいなぁ、ファンタジー世界。木刀とかでやるのかな? まさか本当の剣を使ったりは…しないよね? そうだったら恐すぎて引きこもる自身があるよ。



「それならば仕方ない、精進してこいキルト」

「はい、行って来ます!」



 アルフレッドさんの活を受け、キルト君が1人ギルドへと舞い戻って行った。私はその様子を関心だなぁと眺めることしか出来ないが、今から行く商人ギルドでその分しっかりと話しを聞こうと思う。いや、別に恐そうなことから逃げているわけではないのですよ?



「じゃぁ、行きましょうか」

「と言っても、すぐ斜め向かいだけどな」



 そう言い、アルフレッドさんが顎で向かいの建物を指す。ん? 大通りに面して1つ窪んでいる一角がある。そこが商人ギルド…?

 前まで歩いてみれば、奥まったつくりになっており馬車が3台程度止められるスペースが作られており、実際1台の馬車が止まっていた。そうか、商人だから馬車などの設備が必要な人が多いのか。このスペースを含めれば、もしかしたら冒険者ギルドよりも大きいかもしれない。



「ねぇ、イクルは商人ギルドって来たことある?」

「ないけど、割とどこの街でも大きいよ。世界規模で見れば、冒険者ギルドより数は少ないけど施設は商人ギルドの方がしっかりしてるかな」

「へぇ…そうなんだ。イクル詳しいね!」



 私が「ありがとう!」と返せば、安定の呆れ顔で「常識だよ」との返答をいただいた。





「失礼する。マリアージュに会いたいんだが、いるか?」



 私がイクルから説明を聞いているうちに、アルフレッドさんが自分ペースで商人ギルドへさっさと入っていってしまった。ちょっと、まだ心の準備が整っていないのに…!

 シアちゃんも「お兄様ったら…」と言いつつも続いて入っていく。これは…緊張しているのは私だけのパターン!? そんなことを思っていればイクルまでもが入っていくので、慌てて服の端をひっぱり引き止める。



「ちょ、何さひなみ様…」

「いや、緊張しちゃって…置いていかないでよ」



 やれやれと言った風にしながらも、イクルは足を止めてこちらを向いてくれる。あぁ、良かった。とりあえずこれで深呼吸をして、落ち着いて入ろう。そう思っていたのだが、イクルが私の背に回り背中を押してきた。突然のことに私の足は止まることは出来ず、ゆっくり商人ギルドへ足を踏み入れてしまった。



「まったく、これくらいで緊張してどうするのさ」

「イクル…うぅ……」



 ぐぅ。やっぱりイクルはイクルでした。

 そりゃぁ、自分のお店を持ちたいですと、私が言いに行くんですよ。しょりゃぁ緊張もしますよ。たまにやってる株主総会とかも、こんな感じの緊張なんだろうか。

 商人ギルドのマスターが良い人だと良いな…私にはそう願うのでいっぱいいっぱいです。



 後ろに居るイクルから顔をずらして前を見れば、白を貴重にした綺麗なお部屋が。商談スペースとしても使えるようにか、机と椅子が何組か置かれており、奥に受付カウンターが3つ並んでいた。







 ◇ ◇ ◇



「ふぅん、貴女がひなみ、ね」



 ハニーオレンジの長い髪を靡かせながら、値踏みするように私の前に座る商人ギルドのマスターさん。その綺麗な髪の合間からは、垂れ耳の狐耳をのぞかせていた。シャツにカーディガンを羽織り、シックな黒いスカートにタイツ。美人な経営者…といったところだろうか。ボタンが少し外されたシャツから見えるネックレスに、組まれた足がなんだか色っぽいのです。

 私の横にはアルフレッドさん、その横にシアちゃん。イクルは護衛も必要だからと、座らず背後に立っている。ソファが柔らかくて、体が沈むのを耐えるのが実はちょっと大変です。



「私は、商人ギルドでマスターをしている…マリアージュ・ルストンよ。よろしくね」

「く、く、楠木ひなみです。薬術師です…!」

「あら、そんなに緊張しなくても大丈夫よ?」



 にっこり笑うマリアージュさんに、「取って食べたりなんてしないわ」と言われてしまう。



「この間少し話した通りだ。ひなみの回復薬ポーションは俺が保証しよう。商人ギルドへの登録、店の出展登録と物件の手配を頼みたい」

「うーん…そうね。回復薬ポーションに関しては、サリナにも聞いたから問題はないわ」



 手に書類を持ち、アルフレッドさんの説明を聞きながらも、マリアージュさんの視線は私を捉えて話さない。やばい、プレッシャーがハンパ無いです。若干手が汗ばんでやばいなと思っていると、何か考えていたマリアージュさんが「とりあえず、自己紹介をしてもらってもいい?」と、私に投げかける。



 自己紹介? はっ! そうか、これはバイトの面接のような物…なのかもしれない。

 それであれば私も少しは…いけるかもしれない。良い企業に就職がしたかったから、早い段階から色々勉強していたことを思い出す。そういえばそんなこともあったなぁと、今はもう使わないと思っていた知識を掘り出していく。

 そうだよ、お風呂場で1人面接の練習だってしたし、自己紹介の練習だって何度もした。

 私は頭を下げ、お辞儀をしながら息を吸い、深呼吸をしておく。





「改めまして、楠木ひなみと申します。本日は、私が考えているお店〈ひなみの箱庭ミニチュアガーデン〉の出展許可、ならびに商人ギルドへの登録をお願いしたく参りました」



 一つ息を吸って、落ち着く。

 そして、自分の言葉をつなげて、この思いを形にするのだ。生きる為に、神様の為に出展するこのお店に壮大な物語は無いのだが、私なりに一生懸命努力を行うつもりではある。



 さぁ、ここからは商人になる私と、マリアージュさんの商談だ!

 と、言うわけではないんですが、私の意気込みとしてはそんな格好良い感じの心持なんですよ。ようし、私、がんばりますよ!

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