第28話 街への1歩 - 2
「駄目ですよ、タクトにはまだ早いです…!」
「大丈夫だよ、俺だってもう15だぜ?」
「うぅ。だからって…それに魔法も苦手じゃないですか」
「ミルルは心配性だなぁ…それに、アグディスからここにだって無事に来れただろ?」
なんだろう。
今はお昼の少し前、遅めの朝食兼少し早いお昼を食べようとイクルと共に宿の食堂へと顔を出せば、何やら美少年と美少女が若干もめている様だった。女の子が「でもぅ…」と言い反論をしてはいるようだが、男の子に押されている様だった。特に中が悪そうではないので、殴り合いの喧嘩に発展…などはなさそうで安心だ。
お店には、昼より少し早い時間ということでまだあまり人がいない。もめている2人と、そのほかに2組のお客さんがいるだけだった。
「ほら、ひなみ様。今日は野菜炒め定食か肉丼だって」
「あ…うん、肉丼で」
「おじさん、定食と丼1つずつお願い」
「あいよー!」
イクルはまるでもめている2人が見えていないように華麗なスルースキルを発揮してくれた。うん、そうだよね、イクルはこういうの気にしない人なんですよね。なんだかなぁと思いつつも、イクルらしくてちょっと笑ってしまう。
「何笑ってるのさ」
「んーん、イクルはイクルだなぁって」
「…何言ってるのさ」
出た、イクルの呆れ顔。なんというか、あれですね。もうこの顔を見ないと1日が始まった気がしませんよ。なんというか、こういったイクルを見ていると私よりも現代っ子の様な気がするのですよ。ながらスマフォをしながら喫茶店に行って、無駄に長時間1人でお茶をしてそうというかなんというか。いや、もしかしたら引きこもりになる可能性もあるぞ…!
「何考え込んでるのさ、ご飯来たよ」
「あっ! ありがとう」
…おぉ、まさに肉丼。
私の前には、丼に肉がのった物と、スープとサラダが置かれていた。
1口食べれば、牛丼だった! ということもなく。普通に塩コショウで味付けをした肉がのっているだけだった。日本にいた時のような丼かもしれないと若干淡い期待を抱いていたので残念です。今度自分で作れるかやってみようと思いつつ、残りを口に入れていく。
「もういいよ、1人で行って来るから!」
「タクト…!」
先ほど揉めていた2人のよりいっそう大きい声が部屋に響く。どうやら決着が付かなかった様で、男の子が出て行ってしまったようだった。
ちらりとしか見ていないが、少しはねている蜂蜜色の髪の毛に、腰には剣が挿してあったように思う。なので私は冒険者の人だと思っていたのですが…。
困ったように、でも追いかけない女の子。追わなくて良いのかなと思い少し顔を覗き込めば、綺麗な水色の瞳が潤んでいた。男の子と同じく蜂蜜色の髪は、左右に流して後ろは赤いリボンを使って下の方でお団子にしていた。そしてそっと髪の後ろからのぞく耳は長くて…エルフさんだろうか。シンプルなワンピースには、所々装飾が施されて上品な仕立てになっていた。年は15、6歳程度だろうか。
私はと言いますと。思わずこの女の子に声を掛けてしまったのですよ。だって、年下の女の子が泣きそうならば心配ですよ。とは言っても、この身体だと同い年くらいなんですけどね。
「大丈夫?」
「うぅ…… あ、ごめんなさいですぅ。みっともないところを…」
場所を思い出したのか、赤くなりながらぱたぱたと手を振る。
「んーん、大丈夫だよ。私はひなみ、楠木ひなみ。この宿に泊まってるんだ」
「私はミルル・ランバートと申しますです。同じく、この宿に泊まっているのです。さっきの…タクトと一緒に村からここまで来ました。けど、少し揉めてしまって」
「追わなくて良いの?」
「ああなってしまうと、もう止められないのです…」
一つ溜息を吐いて、タクトさんが出て行ったドアのほうを見る。しかし、何について揉めていたのだろうか。私の頭に疑問符が浮かんでいたのか、ミルルさんが苦笑しつつ理由を教えてくれた。
「タクトは、冒険者になりに行ったのです」
「えっ!」
「危険だし、すぐ国に帰らないといけないのです。でも、どうしてもって言って聞かないのです」
「そっか。冒険をしたいーって言う、男心的な物?」
「それです! 私は冒険者なんて野蛮なのになりたくないですし、なりたい気持ちも分からないのです」
私の言葉に大当たりです! と言わんばかりに返事を貰う。それに続いて「やれやれですぅ」と困ってなさそうに言っている。あれ、困ってるんだよね?
「…でも、アンタは冒険者だろう?」
「「!!?」」
私とミルルさんで話しをしていれば、突然静かだったイクルが口を挟んだ。よく見れば、綺麗に完食していた。だから会話に入ってくれたのだろうか。それとも、今後の予定があるから早くしろという意思表示だろうか。
っと、待てよ。ミルルさんは私との話で“冒険者にはなりたくない”と言った。だから、普通に考えればミルルさんは冒険者ではないはず…。
「…なんで、分かったんです? 私が、冒険者だって」
「えっ!?」
「別に、なんとなくだよ。厄介事にひなみ様を巻き込ませるわけにはいかないからね」
「ミルルさん…?」
「そうですね、ごめんなさいです。巻き込むつもりなんてないですし、それに本当にタクトが冒険者になる、ならないで揉めていただけなのです」
もう一度、ミルルさんが「ごめんなさいです」と頭を下げる。私は別にそんなの気にしないし、冒険者であることをばらしたくない事情があるかもしれないから別に良いのだけれど…。
「ひなみさん、騙す様な発言をしてしまってごめんなさいです。私は、アグディス大陸にあるエルフの村からやって来たのです。まぁ、簡単に言えばお使いなのです。この大陸でしか手に入らない物が欲しかったのです。でも…タクトは小さい頃から“冒険”に憧れを抱いているみたいで。困ってるんです…」
「そうだったんですね」
「はいです。私が冒険者、だなんて…タクトが知ったらもう止められません。でも、知らないのに結局冒険者になりに行ってしまったので、あまり意味がなかったです」
「あはは…でも、男の子だし、いいんじゃないの? って、私が言って良い物でもないけど」
「普通であれば、そうなんです。でも、タクト…すっごく弱いのです」
「「……」」
えっと、それは私と同じ感じなのかな?
そうかそうか、弱いのか。ミルルさんの“弱い”という基準は良く分からないけれど、登録すらさせたくないということは本当に弱いのだろう。
3人の間に微妙な間が流れつつ、ミルルさんが明るく「こんな空気、いけませんですっ!」と手をたたいて微妙な間を打ち破ってくれた。
「とりあえず、私はタクトを追うのです。ひなみさん、なんだかありがとうなのですっ!」
「うぅん、こっちこそいきなりごめんね」
「とんでもないです。まだしばらくこの宿にいるので、よろしくなのです」
「うん。よろしくね」
慌しく、ミルルさんは「せめてギルド講習を受けさせますです」とお店を出て行った。
うん、元気だなぁ。あの2人は…同じ村みたいだったなか。また会えるといいなぁ。
「まったく、勝手に厄介事に巻き込まれようとしないでよね」
「イクル… って、なんでミルルさんが冒険者だって分かったの?」
「ポケットからギルドカードが見えてたから」
「え…そうだったんだ」
全然気付かなかった。
私はてっきりイクルの隠された秘密の力が! みたいなファンタジー展開を想像してしまいましたよ。まさかこんな探偵のような洞察力によるものだったなんて…!
「それより、彼女の言ってた“初心者講習”ひなみ様も受けておいたほうが良いんじゃない?」
「あ、そうだね!」
「予約がいるかもしれないし、俺達もこのままギルドに寄れば良いよ」
「うん。シアちゃんの家に行く前に寄っていこう」
そうと決まれば、とりあえずシアちゃんに連絡をしよう。
今は朝が早いわけでも夜が遅いわけでもないので連絡をするのに丁度良い時間だ。いつでも連絡を出来るようにと、ポケットに入れておいた手鏡を取り出してシアちゃんに連絡を入れる。というか、1人で使ったことが無いんだけど上手く使えるだろうか…? いや、手鏡についているボタンを押せば良いだけだもん、簡単ですよ。
「どきどきするね…!」
「そう?」
可愛いリボンが付いている手鏡を開いて、シアちゃんが応答するのを待つ。前回と同じくリンリンと可愛い音が聞こえる。相手ではなくて、自分の手鏡からも音が鳴るんだと思っていれば、5回程度音が鳴ったところでシアちゃんからの応答があった。
『ひなみさんっ!』
「あ、シアちゃん!」
『街に来たのですね…! おめでとうございます』
「ありがとう~!」
手鏡の向こうには、変わらず可愛いシアちゃんが映し出されていた。
綺麗な赤い髪を、今日はポニーテールにしている様だった。耳にイヤリングを付けているから、それが見えるように髪を束ねているのかもしれない。
『実は今、冒険者ギルドにいるんです』
「え、そうなの?」
『はい。ひなみさんはどこにいますか?』
「今ご飯を食べたところで、冒険者ギルドに寄ってシアちゃんの所に行こうとしてたんだよ」
『そうだったんですね。では、私はこのまま待ってた方が良いですね』
「すぐ向かうね!」
『はい! お待ちしてますね』
言葉を交わして通信を切れば、なんだかこの魔法で通信! という感じにどきどきしてしまう。いや、テレビ電話と同じじゃんと言われてしまえばそれまでなのだけれど、それは言わないお約束ですよ。
「でも、シアちゃんが冒険者だってすっかり忘れてたよ。可愛い貴族のお嬢様だから、なんだか戦うイメージがあんまりないんだよね」
「まぁ、普通はそうだろうね。お嬢様は野蛮なことは好まないだろうし…」
席から立ち上がりつつ、「紅茶でも飲んでれば良いのに」と。
そうだね、そうすれば安全だし、恐いこともないし… 何がシアちゃんを…皆を冒険に駆り立てるのだろうか。私には良さが良くわからない…です。でもきっと、それがファンタジー!
「っと、このまま行けばミルルさんに会いそうだね」
「…そうだね。まぁ、エルフだし仲良くしておくのは良いんじゃない?」
「うん?」
「エルフは、あまり外に出るのを好まない傾向があるみたいだよ。もちろん、例外はあるよ。冒険者になりたい彼や、他の冒険者や商人のエルフだっているしね。でも、半分以上のエルフはアグディスから出てこない」
「そうなんだ…」
「けど、彼女は“お使い”でこの大陸に来たと言った。他と関わるのをあまり好まないエルフが…わざわざ海を渡ってまでこの大陸に使いを出した。どんなお使いであれ、あまり関わりたくないね」
そう言って、イクルは「早く行くよ、待たせているんだし」と歩くスピードを若干上げる。私も少し早めて、イクルの横を歩いていく。
と言うか、エルフってそういう種族なんだ。シアちゃんもイクルも人間だしね…。あまり他の種族に関しては分からないや。というか、お使いが意味深すぎて気になっちゃう。だってイクルがあんなに警戒した風に言うんだもん。
「悪い子には見えなかったけど…」
「まぁ、普通に嘘を吐く奴もいるってことは覚えておいたほうが良いよ。ひなみ様は特に騙されやすいんだから。というか、疑ったことあるの?」
「むっ! 私だってちゃんと考えてるよ。まぁ、あまり疑ったりはしないけどね。だって、信じていたいしね」
イクルに「駄目かな?」と目線で問えば、意外にも「それで良いよ」と返事が返ってきた。てっきり、「もっと注意してよ」とか、そういう答えが返ってくるとばかり思っていたのに。
「何呆けてるのさ。別に、ひなみ様が騙されても……俺が護るから良いよ」
「……えっ!」
ちょっと予想していなかった返事をまたしてもいただいた。
でも、そうか。イクルは私の護衛だから、そう言われればそうなんだと思う訳で。ボディーガードのスペシャリスト的な感じですね…! ちょっとびっくりしてしまいました。
「…何さ」
「んーん… よろしくね?」
「はいはい、ご主人様」
私がそっとイクルの前に回って笑えば、冗談めいたようにイクルが言葉を返してくれる。どこか投げやりに聞こえるその言葉だけど、すごく優しいことを私はちゃんと知っているのです。
「よーしっ! 冒険者ギルドまで競争だよ!」
「ちょ、何言ってるのさ」
「よーいドンッ!」
「ひなみ様!?」
私はイクルに背を向けて大通りを走り出した。
目指すは小さく視界に入ってきた冒険者ギルド! それにそこで待ってくれているシアちゃん!
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