ミニチュアガーデン

第27話 街への1歩 - 1

 夕日が茜色に染める街道をイクルと2人で歩きながら、私は前方に街を見つける。

 綺麗な色の空に、街がまるでラッピングでもされている様に見える。頑張ってきた私へのご褒美みたいに。森にこもりっきりだった私が、自分の足で街に来るなんて…なんだかすごく不思議、です。



 神様のくれた装備一式に身を包み、少し長い私の茶色がかった髪は夕日で少しオレンジに染まる。頭につけた髪飾りリボンは私には少し派手で恥ずかしいけれど…装備一式を着てしまえばそれすらも霞んでしまう。日本人的に言えば、今の私はそう…コスプレ状態です。たぶん。

 バイトの忙しさ以外は、割と落ち着いた服装や生活だった私にこの世界は激しく刺激的。



 でも、まぁ。

 きっとこれからは楽しい生活がまっている…! のです。

 そうして私は街まで全力で走った!



 が、2分で力尽き歩きました。

 もちろん、背後のイクルは呆れ顔です。







 ◇ ◇ ◇



 さて、お待ちかねです!

 疲れなんてなんのその…街へやってきました。



 しかし、日はすっかりと落ちてしまい、あたりは暗く家に帰る人々が忙しない。夕焼けを見ながら、初めて自分の足で踏み入れたこの街…〈ラリール王国〉はなんだかとても新鮮な気がした。ついこの間、色々なことがあった場所だというのに、今の私にとってのここは、スタートなのだ。



「ちょっと、ひなみ様! 早く宿を探すよ」

「あ、うん!」



 改めて街を見渡していれば、そんな暇はないという様にイクルから急かされる。

 確かに、この時間に宿を見つけるのは難しいかもしれない。もう日も落ちているし、シアちゃんへ連絡を取るのは明日にした方が良いだろうな。

 取り敢えず今は、このどきどきとわくわくを糧に宿を探しますよっ!



「よし、いくよイクルっ!」

「……何なのさ、急に」

「嬉しいの! ここから、やっとスタートだね!」

「…そうだね」



 さて。

 現在の所持金は379,100リル。これが私の全財産。

 前に街で泊まった宿は確か1人2,000リルだったはず。綺麗で可愛いところだったなぁ。お風呂が無いのは残念だったけど、この世界ではあまり普及している様ではないみたいだし。あるに越したことはないのだけれど、お湯で身体を拭くのが一般的の様だ。



「宿は… この前と同じところ? それとも別のところにする?」

「うーん… とりあえず、この間のところに行ってみようか」

「わかった」



 前回泊まったのは“木漏れ日の宿”という、大通りに面した宿屋。新しい宿を探してみたい気持ちもあるが、時間的に少し厳しいので今日は諦める。探してたら時間がなくなって宿が埋まりました! なんてことになったら笑えないのですよ。しばらく大通りにを進めば以前見た看板が目に入る。





「いらっしゃい!」

「こんにちは」



 宿のドアを開ければ、おばちゃんが前回同様豪快に迎え入れてくれた。



「おや…この前泊まってくれたお嬢ちゃんだね」

「えっ! 覚えててくれたんですか?」

「当たり前さ。それにお嬢ちゃん、不慣れな感じで危なさそうだったからねぇ…」



 にこっと笑い、「少し心配だったんだよ」とおばちゃんが声を掛けてくれた。

 私も良い大人なのに、なんだか恥ずかしくなってしまう。「ありがとうございます」とお礼を言い、前回と同じように部屋を頼む。おばちゃんも覚えていてくれたのは本当のようで、今回は何も言っていないのに部屋の鍵を2つ渡してくれた。



「ありがとうございます」

「はいよ。そういえばお嬢ちゃんは…観光か何かでこの街に来てるのかい? それとも、冒険者かい?」

「え?」

「お嬢ちゃんくらいの女の子が呪奴隷と2人、なんて。ちょっと不思議な組み合わせだと思ったんだよ。冒険者であればそれも普通だが、お嬢ちゃんは冒険者っぽくなかったからね。気を悪くさせたらすまないね」

「あぁ… 私は薬術師なんです。お店を開こうと思ってこの街に来たんです」

「そうだったのかい。そんな小さいのに苦労人だねぇ…」



 頬に手をあてて「大変だったんだねぇ」と頷きながら私を見る。まぁ、大変だったのは事実なのであえて訂正はしないですが。でも、それ以上に今は幸せですよ。花も無事だし、この世界もなんだかんだで今は楽しく生活できているし…ね。



「まぁ、何か困ったことがあれば相談においで。お嬢ちゃんはうちのお得意様だからね」

「おばさん…! ありがとうございます」



 まだ2回目だけど、お得意様認定されていいのだろうか?

 でも、ここはおばさんの優しさに甘えてしまう。



「私も… 回復薬ポーションくらいしか役に立てないですけど何かあれば言って下さいね」

「あぁ、ありがとうよ」



 再度お礼を伝えて、私はイクルと共に2階の部屋へと行く。

 そして私の部屋へ集合して、今後について少し話してから休むことになった。





「イクルって、あんまり会話に入らないよね。呪奴隷はあんまりしゃべっちゃ駄目だったりするの?」



 以前から少し疑問に感じていたことをイクルに問いかける。シアちゃんの呪奴隷であるお付のキルト君も、基本的に会話に入ってこない。しかしせっかくならば、私は皆と話がしたいと思うのですよ。



「ん?」

「イクルもキルト君も、あんまり話に入ってこないから」

「あぁ… そういう面倒なのはひなみ様にまかせるよ」

「えっ?」



 イクルの顔を見れば「何言ってるの?」と。そう言われている気がした。



「俺は別に…必要最低限会話すれば十分だと思うけど。キルトは…しゃべれないっていうか、あの雰囲気に気圧されているんじゃないの?」

「むむむ… つまりイクルがしゃべらないのは面倒だから?」

「そうだけど? 親しい人ならまだしも、しらない人とかどうでもいいよ」

「…そしてキルト君がしゃべらないのは雰囲気?」

「女の子の会話に、男は入りづらいんじゃないの?」



 むむむ。

 確かにそう言われて思い返せば、シアちゃんがお風呂に入って私と2人の時とかも普通だった…かな? 最初の時もしゃべっていたし。

 盛り上がった話の時とか、真剣な話? とかだとやはりしゃべりにくい雰囲気だ。うん、確かにそうかもしれない。

 今度あったときは気をつけよう。そうしよう。

 しかし、となると問題はイクルなのでは…と思う。でもまぁ、きっとこれがイクルの性格なんだろうな。何せ呆れ顔がデフォルトなのでは? と思うくらいだし。



「イクルの理由にちょっと悩むけど…わかった。ありがとう」

「はいはい。とりあえず、明日のことを決めて休もう。疲れたでしょ?」

「そうだね」



 休憩を入れたといっても、結局1日歩きっぱなしだった訳です。私の足はもうくたくた、棒になっていますよ。



「どうせ疲れて起きれないだろうし、昼頃にメルディーティ家のシンシア様に連絡を取れば良いんじゃないの?」

「あー…そうだね。確かに、朝早く起きれる気がしないや」



 本当は起きれたら良いのだけれど、おそらく絶対無理だ。

 今も実は眠たくて仕方が無いのに。イクルは「じゃぁそれで決まりだね」と言い、そのままドアへと向かって行く。



「おやすみ、ひなみ様」

「うん、おやすみ」





 パタンとドアの閉まる音が聞こえ、部屋の中に静寂が訪れた。

 座っていたベッドにそのまま倒れこめば、このまま眠ってしまいそうだ。しかし、さすがに装備…と言えばよいのだろうか? のまま寝てしまうのはよろしくない。荷物をあさって薄手の夜着として使っている服を取り出す。少しフリルのある、比較的ラフなネグリジェです。

 最後にリボンを外そうと手を掛けたところで、頭に声が響いた。



『ひな!』

「えっ!? 神様…!!」



 思わずびっくりして固まってしまった。リボンに手を掛けたところで静止している私を見ているのか見ていないのか、神様がくすくす笑っている。



『せっかく僕があげたリボンなんだから、それは外さないで付けてて欲しいな』

「あ… でも、髪の毛がぐちゃぐちゃになっちゃいますよ?」

『そうだね。じゃぁ、これでどう?』

「えっ?」



 神様の声と共に、リボンが私の伸ばしていた右手に巻きついてきた。

 びっくりして手を離すが時既に遅し。リボンは完全に私の右手を包み込んだ。



「えっ!? えっ!? 何々なんですかっ!?」

『大丈夫。ほら、見てごらん』



 そっと右手を見ればリボンでがんじがらめ…ではなく、あれ、リボンないよ?

 あ、違う。私の右手の小指に、指輪がはまっていた。



「ピンキーリング…?」

『そう。なかなか可愛いでしょ?』

「はい…! すごいです!!」



 リボンだったなんて、言われても信じられないその指輪。ピンクゴールドのリングに、同じ色で小さく花のモチーフがあしらわれていた。確かにこれなら寝るときも外さなくてすみます。



『うん、似合ってるね』

「ありがとうございます…!」



 というか、割ととんとんと話してしまっているのですが…神様と話しが出来るのはこのリボン、もとい指輪のおかげなのだろうか。このリボンの効果は…あ、効果が変わっている。



 《加護の花リボン》

 リグリス神の加護がついたリボン。

 攻撃を受けそうな時に、「助けてリグリス」と叫ぶとリボンが防御形態へ変形する。

 たまにリグリスと話が出来る。


 だった物が、


 《加護の花リング》

 リグリス神の加護がついた指輪。

 月の時間帯のみ、リグリスと話が出来る。

 リボン状態、指輪状態の切り替えは自動で行われる。


 と、なっていた。



「神様…これ…」

『ふふ、良いでしょ?』

「…はいっ! すごく、嬉しいです」



 これで神様とたくさん話しが出来るようになるのだろうか。説明には“月の時間帯”とあるから…たぶん夜、月の出ている間は会話が可能ということなんだろう。

 右手の小指を見て、ちょっと頬が緩んだ。



「…ふぁ」

『あぁ… ごめんね、もう眠いよね』

「あっ! すみません…大丈夫…と言いたいですが結構疲れてしまって」

『うん。1日歩けばそうなるよ。今日はこのままゆっくり寝てしまえば良いよ』

「神様… ありがとうございます」

『うん。おやすみ、ひな』

「はい、おやすみなさい」



 優しい神様の声が響いて、私はそっと目を閉じる。

 疲れが限界だった為か、私は自然と欠伸が出てしまった。けれど、神様はそれを不快に思うわけでもなく…優しく寝るように促してくれる。なんでこんなにも、私に優しくしてくれるのだろうか。

 神様なのだから、きっと力的な物も強いのだろうし、色々なことが出来るし、容姿だってとても綺麗にととのっている。

 考えれば考えるほどに、神様が私にここまでしてくれる理由が分からない。ポイントをたくさん貯めて、この世界のことを知れば、私も神様のことを少しでも知ることが出来るのだろうか。ベッドに寝転んだまま指輪を見つめて、もうずっと見ていない神様を思い浮かべる。不思議なことに、1度しか会ったことはないのにその顔ははっきりと脳裏に浮かぶ。あまり親しくなかった人の顔は徐々に薄れていったというのに。人間の記憶力は、しっかりしているのか…それとも儚いものなのか。何はともあれ、割と自分に都合の良い様になっているんだなということだけは分かる。



 この世界に来て、シアちゃんをはじめ人に出会って、イクルという仲間も出来て。

 私はなんだかとても良い人に囲まれているなと思う。少しずつだけど、イクルのことも知れてきたと、思う。シアちゃんとも会えばとてもたくさん話しをする。所謂女友達ポジション。だと、私は勝手に思っているのですけどね。



 でも、私神様のことをあまり知らないんじゃないかなぁ…?

 日記に書かれていた好きなドレッシングの味とか、色とか、お菓子とか。そういった好みは知ることが出来たけど…“神様”と言うものが何かはまったく分からないまま。



「神様… 私、神様のこと…もっと知りたいです。私が強くなれば…もう少し神様と色々なことを話すことが出来るかな…?」



 布団にもぐりこんで、そっと指輪をつけている右手を左手で包み込む。

 無機質なはずのそれは、なんだかとても暖かく思えてくすぐったい。





『何、ひなは僕のこと知りたいの?』

「ふええぅあぁい!?」

『驚きすぎだよ、ひな。可愛いね』



 神様の声がして、思わずよく分からない声を上げてしまった。くすくす笑いながら神様がなだめてくれるのですが…とりあえず恥ずかしいので逃げ出したいです。というか、そうか…月が出てる今は神様と話しが出来るんだ。やばい、私すごい…あぁぁ。



「すみません、その、なんというか、その、あれです、独り言です…」

『うん、知ってる』

「うっ…」

『でも、嬉しかったから声掛けちゃった』

「神様…」

『まぁ、それはおいおいとして。今日はもう寝ないとね』



 完全な不意打ちで来た神様の言葉はストレートで、なんだか頬が熱を持った気がした。私は少し深呼吸をして、もう一度目を閉じる。



『うん。おやすみ、ひな』

「はい。おやすみなさい…神様」



 これからはうっかり夜に独り言をしないように気をつけないといけない…そう思いながら私は意識をそっと手放した。

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