第24話 箱庭の扉 - 4

「本当、ごめんなさい!」

「もう、気にしないで?」



 凄い勢いで私に謝るシアちゃん。どうやらこの間泊まった際に私をきちんともてなせなかった為…らしい。私が自分の判断で帰ったのだし、それにシアちゃんはまだ幼いのだからそんなに気にしなくても良いのに。

 私が10歳くらいのことを思い出すと、礼儀のなってなさにぞっとしてしまう。だって10歳。この世界の貴族が異常ですよ、絶対。



「あいかわらず、ひなみの家は凄いな」

「そうですか? 私はアルフレッドさんのドラゴンに驚きますけど」

「まぁ。使役している者は多くないからな」



 ひとまとめにした綺麗な赤い髪を指で遊びながら、アルフレッドさんがゆっくりと紅茶マナを飲む。

 横でキルト君も頷きながらそわそわしている様だった。



「でもまさか、また来てくれるなんて思ってなかったから…すごい嬉しいよ」

「だって友達ですもの!」



 私の問いかけにシアちゃんが笑顔で答えてくれてとても嬉しくなった。友達って、良いものです。

 あ、そうだ……!

 私は急いでお風呂場に続く廊下へ行き、そこにあるタンスを開けて、ローブを取り出す。

 シアちゃんのローブ、干しっぱなしで街に出てしまった為返していなかったのだ。勿論、もう一度洗い直してあります。



「あ! 私のローブ…! ごめんなさい、すっかり忘れてしまっていて」

「私こそごめんね。2人して忘れちゃったね」

「ありがとうございます!」

「どういたしまして」



 ローブをシアちゃんに渡して、これでもう大丈夫。いや、家に帰って屋上に出た時は焦ったよね。だってシアちゃんのローブが干しっぱなしだったのだから。



「そういえば、ひなみはこれからどうするんだ? 街へ出たいと言ってたな」

「街に家を買うんですか?」

回復薬ポーションを売るのか?」

「確かにひなみさんの作る物は凄いですからね」



 アルフレッドさんとシアちゃんが、矢継ぎ早に私の今後を聞いてくる。

 まぁ、2人には街に行ったら伝えないとと思っていたし、ここで伝えておこう。



「街へ出て、お店を開こうかなと」

「お店! 素敵です!」

「確かに、ひなみの回復薬ポーションならば買いたい者も多いだろうし良いな」

「そ、そうかな?」



 どうやら2人共賛成してくれるようで、なんだか少しホッとした。キルト君も賛成なのか、うんうんと頷いてくれていた。

 やっぱり契約主がいるところではあまりしゃべらないのだろうか。



「今は準備中なんだよ」

「私、買いに行きますね!」

「わ、ありがとう!」



 あ、そうか。

 シアちゃんも冒険者…なんだよね? 確か最初に会った時に狩りもしていたし。うぅん、こんなに小さいのに凄いなぁ。

 キルト君がいるし、なんだか姫と騎士みたい。って、シアちゃんには婚約者がいるんだった。



「ひなみが店を開くなら、商人ギルドへは俺から紹介しよう。それとも、もう登録をしたのか?」

「あ、まだして無いですね。店を持つには登録が必要なんですか?」

「あぁ。露店に関しては必要ないが、店を構える時は商人ギルドへの登録が必要だ」

「そうだったんだ…知らなかった。じゃあ、お願いしても良いですか?」

「もちろんだ。その際に物件も紹介してもらえるだろう」

「ありがとうございます!」



 なんとトントン拍子に紹介してもらえることになりました…!

 これで夢のお店に一歩前進っと。

 にしても、商人ギルドなんて物があるんだ。アルフレッドさんが教えてくれなかったら知らないままだったよ。危ない危ない。

 冒険者ギルドの商人版みたいな感じかな? 後でイクルにも教えてあげようっと。



「まだ準備が終わらないので、今度街に行った時に訪ねても良いですか?」

「あぁ。昼間はいないこともあるが、セバスには伝えておくからいつでも来い」

「えぇ! 私もいますから、いつでもきて下さい」

「えへへ、ありがとう」



 なんだか良い感じに話がまとまって来たところで、玄関の扉が開く。誰かの訪問を告げる小さな鈴の音がして、私はイクルが帰ってきたことを知る。



「イクル、おかえり」

「ん、ただいま。そちらは…お客様?」

「そう。友達のシアちゃん、そのお兄さんのアルフレッドさんに、護衛のキルト君だよ」



 イクルは軽く会釈をし、持っていたリュックを床に下ろす。そしてそのままシアちゃん達の方を見て再度お辞儀をした。



「ひなみ様の呪奴隷、イクルと申します」

「俺はアルフレッド・メルディーティだ」

「私は妹の、シンシア・メルディーティと申します。ひなみさんの友達です!」

「僕は、シンシアお嬢様の呪奴隷、キルトと申します」



 イクルが丁寧に挨拶をし、他の皆も合わせて名乗る。

 丁度今、お店のことを話し商人ギルドに紹介をしてもらえることになったことをイクルに伝える。「それなら安心だね」と、イクルも喜んでくれた。



「ひなみさんも呪奴隷と契約をしたのですね」

「うん。森に1人も不安だし、私は弱いからね」

「確かに森に1人は不安ですね。護衛の方がいれば私も安心です。ひなみさん森に1人だから、大丈夫と分かってても少し心配だったんです」



 シアちゃんが笑顔で「良かったです」と言ってくれて、なんだか申し訳なく思ってしまう。まさかシアちゃんに心配を掛けていたなんて思っていなかった。

 でもでも、私だってなんだか無茶をしそうなシアちゃんが心配ですよ。だって出会いからしてピンチだったからね……。



「イクルと言ったな。呪奴隷ということは魔法ではなく武器か。しかし護衛であれば…前衛か?」

「はい。棍を使います」

「棍! 珍しい武器を使うな」



 あれ、棍って珍しいの? アルフレッドさんの言葉を考えれば、確かに武器としてなら剣の方が良さそうな気もする。あ、そういえば確かに武器屋へ行った時も棍はかなり数が少なかった気がする。



「ひなみはシアの友人だからな、俺からもよろしく頼む」

「はい、もちろんです」



 なんだかアルフレッドさんが私の保護者の様になっている気が…?

 確かにアルフレッドさんの方が1歳年上だけど、中身の方は私の方が高いのに。これが一般人と貴族のしっかり具合の差なんだろうか。あれ、私ダメな子認定されてない? ん、気のせいかな。



「そうだひなみ、もし回復薬ポーションがあれば帰る時に売って欲しいんだ」

「あぁ、良いですよ。今は深海の回復薬マリン・ポーションと姫の加護薬もありますよ」

「本当か…!? それは助かる。俺は魔術師だから、魔力関係は必需品なんだ」



 あ、そうか。アルフレッドさんもシアちゃんも魔術師だったんだ。

 それを聞いてシアちゃんが、「お兄様は他の方と違って回復薬ポーション使いが荒いから」と笑っている。

 何だろう、やっぱりお金持ちだと回復薬ポーションも湯水のように使うのだろうか。私が首を傾げているとアルフレッドさんが理由を教えてくれた。



「俺は危険な場所への任務ばかりだからな、ゆとりをもって狩場を選ぶ他の冒険者と違う。油断をすれば大怪我をするし、最悪…死ぬような場所だ」

「えっ! そんな場所へ行ってるんですか?」

「あぁ。でもまぁ、俺のパーティは強い者しかいないから問題ない」



 自信満々にアルフレッドさんが答える。パーティメンバーのことをすごく信頼しているんだなぁ。と、まって。アルフレッドさん…確かシアちゃんが勇者のパーティに所属してるって言っていたんだった!

 それは危険な場所へ行くし、この自信も納得です。



「だから、今日欲しい回復薬ポーションは俺が個人で使う物と、パーティメンバー用の物だ」

「わかりました」

「そうだ、店を始めるのであれば値段は決めてあるのか? その金額で買い取ろう」

「あ、まだ決めてないんですよ」



 うーん。値段か。

 街へ行った時に相場を見てから考えようと思っていたので、まったく考えていないのです。困った。



「とりあえず、そうですね…アルフレッドさんには商人ギルドも紹介してもらいますし、相場より安めくらいでどうですか?」

「ひなみは自分の回復薬ポーションの価値が分かっているのか?」

「えっ…」

「帰るまでに俺が考えておく」

「あ、はい……」



 有無を言わさないアルフレッドさんのお言葉。というか、シアちゃんのお兄さんだし、今日と来てくれたし、本当ならあげても良いくらいなのに。



「ふふ、ひなみさんはもっと自信を持つべきです。あ、でもお兄様ほど持つと持ちすぎですけどね」

「……シア、聞こえてるぞ」

「あら…」



 笑ながら、シアちゃんが「すみません」とアルフレッドさんに伝える。アルフレッドさんは恐らく私以上のシスコンであると睨んでいる。きっとシアちゃんの我儘は何でも聞いてしまうに違いない。



「そうそう、ひなみさんにお土産があるんです」

「え?」



 そう言い、シアちゃんが持っていた鞄を開けて中から袋を取り出した。そしてそのまま私へ渡してきたので反射的にそれを受け取った。重さは…軽くもなく重くもなく?



「開けて良いの?」

「はい!」



 リボンで縛られてる袋を開くと、中から手鏡の様な物が出てくる。二つ折りになっていたそれを開いてみれば、やはり手鏡だった。

 手にすっぽり収まるサイズの手鏡はとても可愛くて、リボンをモチーフにしたデザインがなされていた。



「ひなみさん、ほら」

「あ、お揃いだ!」



 シアちゃんがもう1つ鞄から同じ物を取り出して私に見せてくれた。どうやらこれは、お揃いの鏡のようです。



「ここ、押して見て下さい」



 私の手鏡についているリボン部分を指さされ、私は何だろうと思いつつリボン部分を押してみる。すると、どういった仕掛けなのか…シアちゃんが持っている方の手鏡からリンリン! と、音が鳴り始めた。



「はい、こちらシアです」

「えっ! 私の鏡にシアちゃんが映ってる!」

「これ、ちょっとした魔道具なんです。と言っても、そんなに性能の良いものでは無いので、通信できる範囲は狭いんですけどね…」

「うぅん、すごいよ! でもこんなすごい物、貰っちゃって良いの?」

「はい。頂いた回復薬ポーションのお礼も兼ねつつ…ですが。通信の距離は…そうですね、互いが街の中にいれば繋がるくらいの距離ですね」

「わかった、ありがとう」



 これは、現代で言うところのテレビ電話的なやつですね。なんだか嬉しい。シアちゃんが言うには、貴族同士では親しい人と持ちあったりするらしい。通信範囲も狭い為、値段も贈り物に丁度良いらしい。

 と、そうか。森と街はさすがに遠いから使えないんだ。街へ行ったら1番に試そうと思う。

 でもさすがファンタジー世界。日本に居た頃には考えられないような物が普通に存在している。



「いつでも連絡して下さいね!」

「うん! シアちゃんもいつでも連絡してね。私も街へ行ったらすぐ連絡するよ」

「はい! 楽しみです」



 2人で笑い合って、これからの楽しみに胸が躍る。街でも楽しく過ごせそう。




 それから私、イクル、シアちゃん、アルフレッドさん、キルト君で雑談をしながら過ごした。ちなみにアルフレッドさんには定期的に回復薬ポーションを買い取ってもらえることにもなった。ありがとうございます!

 やっぱり女の子がいると話が長くなりますね!街で流行っている雑貨や、可愛い洋服の話などで盛り上がる。

 まぁ、男性陣は聞いているだけだったかもしれないけれど……。



「っと、すっかり夕方になってしまったな。そろそろ帰ろうか」

「あら、もうそんな時間なんですね」



 アルフレッドさんが窓の外を覗いて、もう帰る時間だと告げる。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。



「あ、回復薬ポーションですね」

「お持ちします、何が必要ですか?」

「本数があるのであれば、そうだな。真紅の回復薬ガーネット・ポーションを80個、深海の回復薬マリン・ポーションを60個、姫の加護薬を50個欲しい」

「わかりました、今お持ちしますね」



 イクルが地下室へ行き、すぐにアルフレッドが指定した回復薬ポーションを持ってくる。え、早くない? イクルは私よりも地下室を把握しているような気がするよ?



「ありがとう。このままだとさすがに持てないから、こっちの鞄へ」

「はい。って、それに入るんですか?」



 アルフレッドさんの鞄は、明らかに回復薬ポーションを入れている袋よりも小さかった。



「あぁ、これは空間魔法がかかっているから見た目以上に収納が出来るんだ」

「えっ! 何それすごいですね…!」



 小さい鞄にどんどん回復薬ポーションをしまっていくアルフレッドさん。こんな便利な鞄があるなんて知らなかった…街へ行ったら買いたいな。

 全部入れ終わったアルフレッドさんが、私に袋を渡してきたので受け取れば、ずしりと重い。その袋を開ければ金貨がキラキラと輝いていた。いったいいくらあるのか…ぱっと見ではわからないほどたくさん入っている。



「こんなにいただけないですよ」

「いい。店を出す資金にでも回せば良い」

「いやいや、だからって」

「シア、キルト、夜の空は危険だからな…帰るぞ!」

「「はいっ」」



 私の申し出をことごとくスルーし、アルフレッドさんが玄関から庭へと行ってしまう。さすがにこんな大金は受け取れないのでアルフレッドさんを追うが、さっとドラゴンに乗り…私の言葉なんて相手にしてくれない。

 うぅん、どうしようか。



「ひなみ、その金はひなみの回復薬ポーションならば妥当な金額だ。素直に受け取れ!」

「そうですよ、ひなみさんっ!」

「えぇぇ…」

「ひなみは自分の価値をしっかり知れ。また、次も頼むからな」

「うぅん、わかりました。アルフレッドさん、ありがとうございます。また、3人で遊びに来て下さいね!」



 ドラゴンが羽ばたき、少し地上から浮く。



「ひなみさん、連絡まってますねー!」

「うん! シアちゃんも元気でね!」



 言葉を交わせば、ドラゴンはあっという間に空高く飛び立ち小さくなってしまう。

 夕焼けのオレンジに向かって飛び立つ姿が、とても幻想的だった。



「ひなみ様は、すごい人と友達だね」

「うん…そうかもね」



 イクルの言葉を聞いて、改めてすごいなと感じる。そういえば、イクルは帰って来て庭にドラゴンが居たことに驚かなかったのだろうか?

 いや、イクルのことだからきっと「別に」とか言いそうです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る