第22話 箱庭の扉 - 2

 私とイクルはそれぞれ一仕事を終えた達成感からか、魔力マングローブの木陰に座って休んでいます。うん、風がとっても気持ち良いです。

 あ、そうだ…! 姫の実が気になっていることをすっかり忘れてた。私は低めの枝になっている姫の実を2つ程もいで匂いをかいでみる。これは…言い表せないけどなんだか甘そうな匂いです。なんというか、なんだろう…そう、デパ地下に売ってるお高く美味しいお菓子みたいな…?

 やばい、私…語彙がすくなすぎる。





「あぁ、姫の実は食べられるよ」

「本当!? 食べてみようよ!」



 魔力マングローブの水で姫の実を洗い、1つは自分用、もう1つはイクルへ渡す。飲み物として作った魔秘薬をお茶にする。

 きらきら輝く宝石の様な姫の実。あれ、これはこのまま食べるのかな、それとも皮があるんだろうか? ぱっと見た感じでは皮はないから、このままで良いのかな?



「ん、皮ごと食べれるよ」

「あ、やっぱり皮があるんだ?」

「うん。薄い膜みたいな皮だから特に問題ないよ」



 やっぱり、イクルには私が何を聞きたいのかお見通しの様です。

 というか、何でそんなに分かるのか。まさか心を読まれているのではと思ってしまう。

 と、それよりも。

 イクルの言う通りに姫の実をそのまま一口かじる。とたん、口の中に広がるのは豊かな甘み。



「ふぁ、甘い……!」



 これは、何だろう。

 愛されたお姫様の幸せが詰まったような、そんな幸せな甘さがした。蜂蜜や砂糖とは少し違う、きゅんとする、胸がときめく様な甘さ。でも、すごく甘いのにあまり後に引かないので、無制限に食べれてしまいそう。



「……甘いね。でもすぐに甘さが溶けてなくなるから食べやすい」

「うん。私なんて何個でも食べれそうだよ」

「まぁ、確かに…」



 イクルも気に入ったのか、残りの実を食べる。私も食べつつ、まろにも小さくした実を手渡しで食べさせてあげる。



『みぃ〜!!』

「えへへ、美味しいね」

『みっ! みっ!!』

「もっと? 仕方ないなぁ」



 まろも気に入ってくれたらしい。私が手のひらに乗せた姫の実を小さい口で一生懸命頬張る姿がとても愛らしい。

 たくさん食べて大きくなるんですよ。

 あ、そう言えば姫の加護薬はどんな味がするのだろうか。



「コク……ん?」



 これは、普通の味のしない炭酸水だ?

 失敗してしまったのだろうか? 今迄はすごく美味しい回復薬ポーションが出来ていただけに残念でならない。姫の加護薬はこういった仕様なのか、それとも私のスキルが悪いのか。



「この姫の加護薬、味がしないね」

「そうなんだよー… 失敗したのかな?」

「いや、効果はちゃんと出てるから失敗じゃないよ」

「え、効果って?」

「ステータス見てごらんよ」

「分かった、《ステータス》!」





 〈 楠木ひなみ 〉


 15歳

 Lv. 1


 HP 30/30

 MP 45/67 (45+22)


 ATK 10

 DEF 10

 AGI 13

 MAG 20

 LUK 50


 〈スキル〉

 神様の箱庭

 光の狂詩曲ライト・ラプソディア

 天使の歌声サンクチュアリ


 〈称号〉

 リグリス神の加護





「あ、MPが増えてる…!」

「そう。姫の加護薬はMPの最大値が5分の1から半分程度増えるんだよ」

「なるほど… あ、私のMPが半分増えてるってことは、良い姫の加護薬なのかな?」

「そうだね、街の道具屋に売ってるのは3分の1くらいしか増えないからね」



 なるほど。

 ということは、特に姫の加護薬作りに失敗したと言うわけではないみたい…? 普通に炭酸水ってことなのかな。まぁ、確かにこれで洗顔したりすると美容に良いってテレビで女優さんがやってた気がする。

 あれ、もしかして毎日姫の加護薬で洗顔したら美顔になれるのでは…?



「……」



 あれ、私何も言ってないのに何だかイクルの視線が微妙な気がするのは気のせいですか? うん、きっと気のせいです。



「どうせろくでもないこと考えてるんでしょ」

「…そんなことないもん。美容に良いもん…」

「…そう」



 やはりイクルの呆れ顔は健在です。



「…姫の加護薬に、姫の実を入れてみたら美味しいんじゃないの?」

「えっ!?」



 姫の加護薬と姫の実を…? そうか、確かに炭酸水はそのまま飲まないで果物に混ぜたりして楽しんだりするもんね。そう考えると、私の姫の加護薬は大成功なんじゃないだろうか…?

 というか、そんなことに気付いてしまうイクルは天才なんじゃないだろうか。いや、そうに違いない。物知りだし、強いし、イケメンだし…あれ、何で私なんかと契約してくれたんだろう。例え目が見えずとも引く手数多な気がします。



「でもどうやっていれよう。瓶の口はそんなに大きくないからなぁ… コップに移してみるとか?」

「そうだね…確かに、小さいから細かく切らないと実が入らないね」

『みっ!』

「ん? どうしたの、まろ」

『みみみみみ~!!』

「「!?」」



 突然まろが姫の実に飛びついて、『みー!』と叫び始めた。

 まってまってまって、どうしちゃったのまろ…! まさかまろにはこの実の成分的な物が毒だったとか…!? いや、でも苦しそうではない…から、どうなんだろうか。

 心配になりまろを撫でようと少し手を伸ばせば、触れていないのに冷たさで手を引っ込めてしまった。まろの纏う空気がとても冷えていて、氷のように冷たい。



「まさか…!」

『みっ! みぃ~!!』

「え、なになにっ!? イクルは何が起きてるか分かるの!?」



 パキンッ!



 瞬間、私の膝に乗せていた姫の実が光に包まれ砕け散った。



「えっ?」



 粉々になった姫の実を手に取れば、とても冷たく凍っていることが分かった。

 これは、まろがやったのだろうか…? まろをみればやってやったぜ! と言わんばかりに胸を張って誇らしげにしていた。



『みっ!』

「雪うさぎの使う“雪魔法”だね。雪魔法は凄い難しくて、使える人はあまりいないんだ」

「えぇ、そうなんだ。まろ、すごいね!」

『み〜っ!』

「これを姫の加護薬に入れろってことじゃないの?」

「あ、なるほど…!」



 粉々にされた姫の実は、確かに姫の加護薬の瓶の口より小さくなっていた。

 散らばった欠片を集めて姫の加護薬に入れれば、シュワシュワと音を立てて姫の実が姫の加護薬に溶け込んで行く。



 雪が溶けたら何になる? と、小学校の時に国語の授業でやったことを思い出した。まるで春になるように、姫の実が溶け込みきらきらと輝いている。これが本当の雪解けに見られる現象なのではないだろうか。



「飲んでみたら?」

「うん……!」



 こ、これは…!

 私は勢いよく姫の加護薬を飲み干して、喉を潤す。炭酸に加わった甘い果実が、なんとも言えないハーモニーを創り上げていた。

 シュワシュワしながら果実が喉を通り、甘い筈なのにさっぱりと飲み干すことが出来た。



「すごい美味しい!」

「確かに…予想以上だね」

『みぃ〜!』



 私とイクルがまろに絶賛を送り、ここぞとばかりにまろをたくさん撫でて甘やかす。いや、撫でれて嬉しいのは私なんですけどね。

 まろはふわ冷やで可愛いです。







 ◇ ◇ ◇



「とりあえず、ここなら安心かな?」



 屋上に、イクルが詰んできてくれた毒草を植えて一息つく。庭に植えて、まろや鶏、モーが食べてしまったら大変だ。なので、動物には手の届かない屋上に植えてハーブと一緒に管理を行うことにした。

 ちなみに毒薬製作に関しては、恐いのでまだ手をつけていない。間違って何か起こると恐いですからね…!



 しかし、今後のことについて考えるのであれば…やっぱり私のレベル上げだろうか。現在の私はレベル1と最弱。しかも、ステータス値に関しては平均を大分下回っている様子。

 イクルが考案してくれた“石に毒薬を塗って敵を倒す作戦”が一番良さそうな気がしてなりません。あれだよね、よくゲームである…所謂敵を毒状態にして少しずつ弱らせていくっていうやつ。なんだかせこい気もするけど、きっとそこは気にしたら負け…たぶん。



 ポイントを貯めて、箱庭の扉をゲット。

 街で家をゲット。

 私のレベル上げ。



 …とりあえず、恐いからレベル上げはもう少し後にしよう。ほら、装備とかきちんと整えれば怖さが半減するかもしれない? あれ、まって? 私…イクルに武器しか買ってない! 防具も必要だよね? 何も言われないから全然気付かなかった。けど、防具無しなのに普通だったなぁ…後でちゃんと確認しいと。



 となると、とりあえずポイントとお金が必要だ。回復薬ポーションは街の道具屋に…あ、でも確かアルフレッドさんが良い道具屋さんを紹介してくれるって言ってた。前は全部買い取って貰ったけど、今度は量も多いし紹介して貰うのが良いかもしれない。





「ふぅ…」



 大分日が落ちて、オレンジに染まる森を見渡す。

 鳥達が大きく羽ばたいて…巣に戻るのだろうか。それとも、今日1日に感謝を述べるためのダンスでも踊っているのだろうか。



「ひなみ様、ご飯出来たけど」

「イクル! ありがとー!」

「でもスープとご飯に、肉は焼いただけだからね」

「十分ご馳走だよ!」



 よっぽどスープ以外は駄目なのか、念を押されました。調味料が砂糖・塩・胡椒・オリーブオイルだけなので、なかなか味付けが難しいのだ。でも、塩があるだけで大分良いんだけどね。次に街へ行ったときは醤油とかがないか探してみよう。

 屋上まで呼びに来てくれたイクルと一緒に少しだけ夕日を眺めてからリビングへと下りる。あ、良い匂いがする! そういえば、おなかぺこぺこだったんだ。



 イクルと今日のことを話しながらご飯を食べる。

 なんだか平和だなぁと思ったけれど、話の内容があまり平和では無いのですよ。



「ハードウルフが何匹かいて、後はスライムとスネイクがいたよ。後は特にこれといってなかったかなぁ…」

「スライムは…なんとなくわかる。スネイクは…蛇?」

「そう。蛇の魔物だね。魔物が落としたアイテムは地下室に置いておいたよ。特にめぼしいものは無かったかな」

「そっか。でも無事で良かったよ…!」



 この森にはまだ違う種類の魔物がいたらしい。全然知らなかったよ…! というか、この3種類の魔物の中だとハードウルフが一番強そうな感じがするけどどうなんだろうか。そんなことを考えていれば、丁度イクルが「ハードウルフより弱い2種だから問題ないよ」と説明してくれた。

 やっぱり、スライムが弱いカテゴリなのはどこの世界も共通なのだろうか。



「まぁククリの木は明日ももう少し探してみるよ」

「うん。私はポイントを稼ぐね!」

「まぁ、無理しないようにね」



 大丈夫、まかせて! そんな意味を込めて笑顔になる。

 うんうん、なんだか良い感じだと思うのです。



「って、そうだ、忘れるところだった!」

「何さ」

「私、イクルの防具用意してなかった!」

「あぁ、そんなこと。俺はスピード重視だから重い防具は付けないよ。それに、この森は雑魚しかいないからこのままで問題ないよ」

「そうなの…?」

「もっと危険な場所に行くなら、軽い装備があると嬉しいかな。今はこのままで良いよ」



 なるほど…さすがイクルさんです。

 重い防具は付けないと…! ならばお金を貯めて、そしたら軽めの良いやつをプレゼントしよう。というか、ここの魔物には防具も要らないんだ…すごい。



「わかった! 今度飛び切り良いの買おうね!」

「別に普通ので良いよ…」

「まぁまぁ、防具は遠慮しちゃ駄目なやつだよ!」

「はいはい…」



 やはり呆れ顔でした。

 まったく、防具程大切な物はないですよ!





「そうそう、後は街で買う家ってどんなのか決めてるの?」

「普通の家じゃなくて?」

「場所と目的とかね。街に行く為だけなら裏路地の安い所で良いし、もし回復薬ポーションを売って行くならその販売形態に見合う場所が良いよ」



 なるほど!

 私よりイクルの方が考えてくれているんじゃないだろうか…! 私の方が中身は大人にのにおかしい……。



「あんまり考えてはなかったけど、お店が出来るならしてみたいよ!」



 あれです。“お店”って、女の子の憧れだと思う。小さい頃はお花屋さんになりたかったり、ケーキ屋さんになりたかったり。そんな小さい夢をよく見てた。

 だから、この世界で小さかった私の夢を叶えたいな。大きかった私の夢は、もちろん花が元気になること。これはもう叶ったから、大人の私はもう夢が無いのです。



「どんなのがいいの?」

「んー… 可愛くて、可愛いお店?」

「……」

「あ、いや…そうですね。可愛い品物が店内にあって、内装も可愛くて! それで、お客様と少し雑談してみたりして…」

「普通のお店がしたいってこと?」

「そう!」



 私の答えにイクルがなんだか悩み始め、思案している。あれ、私何か変なこと言ったかな? いや、そうか…そもそも普通にお店をしたいっていう発想がまず無理だよね。



「ひなみ様の回復薬ポーションは効果も良いから、わざわざ店舗にしなくても貴族や国を顧客に付けれると思うよ?」

「えっ…」

「店舗を作って販売しても良いし、コネを作って直接販売でも良いし。そこはひなみ様の好みだね」

「なるほど……」



 販売形態の話しだったとは…!

 さすがイクル先生は私の何歩も先を行ってらっしゃいます。

 でも、販売か。店舗か直接納品か…だよね? でも卸しポジションって、あんまり楽しくなさそう。私の思い込みかもしれないけど。どちらかと言えば、お客様と触れ合いたい派です。まったり落ち着いた空間ならなお良し。バイト先の喫茶店みたいな落ち着いた雰囲気きね。

 私はひとりうんうんと納得しながら頷いていたら、イクル先生から突っ込みが。



「ひなみ様、無言で顔がにやけてるけど…」

「う、うれし笑いだもん…!!」



 でも、そうだね。

 私はこの世界で色々な人と関わりたい! 楽しいハッピーライフにしたいのです。

 となれば、販売形態は1つしかない。人と触れ合う店舗型! それに小さい頃に夢だったお店屋さんだよ!



「お客様と触れ合える、お店を作ろう!」

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