第20話 ひなみとイクル - 8

 視点:イクル



 《呪》を持ち産まれた俺は、呪奴隷村でのんびりと暮らしていた。

 なんとなく本を読み、お金がなくなると魔物を狩り、薬草の採取をして稼ぐ。



 特に《呪》を解除するような不具合もなく、このままのんびり過ごせば良いと思っていた。けど、病気なのか…ある日突然俺の目は光を失った。

 目が見えなくても、風魔法の探索を使えるためあまり不便は無い。けど《呪》の制限により攻撃魔法が使えないのは不便極まりない。棍で戦うことは出来ても、目が見えないとそう上手く立ち回れないかもしれない。

 だから攻撃魔法を使えるようになる為に、俺は《呪》を解除する為に呪奴隷になった。



 一応戦闘も出来るし、本を読むのも好きだったから知識はある。

 まぁ、どんな主人になっても問題はないだろう。

 呪奴隷の種類は自分で選ぶことが出来る為、俺は戦闘をする“護衛呪奴隷”として呪奴隷商と斡旋の取引を交わした。





「でも、まさかあんな子が主人になるなんてね…」



 まぁ、主人なんてどんなのでも良いとは思ってたけど。…さすがに、あれには驚いた。小さい子だって知っている、この世界のことを知らないんだから。

 けど、そのくせお金の計算や世界の地理に関しては問題ない。知識に偏りがあるのか、なんなのか。この世界で生きていくうえでの常識は知っているけど、この世界の生い立ちや女神のことを知らない…と言った方がしっくりくる、か。



 ひなみ様に用意して貰った俺の部屋。ベッドに横になりながら俺は今日の出来事を思い返す。

 そう、ひなみ様は自分のことを「神様の玩具」と言った。けど、この世界に居るのは“女神”であって“神”ではない。ひなみ様は女神のことを知らなかった…つまり神と女神はイコールではない。そして〈レティスリール〉に神はいない。

 この世界にいない、神の玩具。遠くにいて会えない妹。不思議なこの家、ひなみ様の力。



 それは、つまり……。



「ひなみ様は、その“神”とやらに良いように遊ばれてる…ってことか。さすが玩具なだけあるね」





 呪奴隷の俺を普通に接してきたりして、部屋も良いところを与えてくれて。俺のする仕事は“護衛”だけ。しかもこの浅い迷いの森の…弱い魔物相手。あまりにも楽すぎるこの仕事は、俺が色々思考する時間を与えてくる。

 まっすぐ誠実に俺と接してくれるひなみ様は、年の割りにしっかりしていると思う。主奴隷に関しての知識が無いから色々あれだけど…目を見れば悪意がないことくらい普通に分かる。



 ひなみ様と神様の関係、ね。

 俺には関係がないけど…あまり良い気はしないね。

 けどまぁ、主人のあれこれに口を挟むのも良くない。さすがに神相手じゃ“護衛”も無理だし。



「さて… お風呂にでも入ろうかな」







 ◇ ◇ ◇



「あ、やっぱりひなみ様寝ちゃったのかな?」



 お風呂に入るときと同様に、光の無いリビング。

 昼間、いつも強気だったひなみ様が流した涙を思い出す。独りで頑張っていたひなみ様の世界に、俺という新しい風が吹いたから…混乱させてしまった。

 俺にその混乱や不安を癒す術はないけれど…まぁ、話くらいは聞けたら良いと思う。



 少し思案して、今後はどうするのだろうかと思う。初めて街に出て、その時に俺と契約をしたと言っていたから…森を抜けて街へ行き来するのだろうか。

 知識のない薬術師があれだけの回復薬ポーションを作れるとすれば、気をつけないといけない。もしかしたらこの護衛、思った以上に大変なのかもしれないね。





 地下室へ下りて、昼間作った深海の回復薬マリン・ポーションを見る。その先には大量の回復薬ポーションが袋に詰まっていた。

 昼にも思ったけど…いったい何個回復薬ポーションがあるんだ? 数千じゃ…たりないね。恐らく2万はあるんじゃないかな…



 どうせ近いうちに街へ回復薬ポーションを売りに行くのであれば、先にまとめておくのも良いかもしれないと地下室へ来たがあまりの惨状に言葉も出ない。

 袋に詰められた回復薬ポーションに埋め尽くされた地下室。何個かリュックへ詰めていつでも持ち出せるようにだけしておく。



「けど、これだけ良い回復薬ポーションを売るとなると…少し面倒だね」



 質の悪い回復薬ポーションを売る者も多いため、相場はあまり安定していない。特に市場では値段の差が激しい。その分、街中の道具屋に行けばそこそこの質のものが売っている為値段も安定している。

 市場で露店を開いても良いが…在庫もこの量となるとあまり良い計画とは言えないだろう。となると、街の道具屋へ売るか。これだけ数があって作るのもスキルで出来るのであれば店を出すのも良いかもしれない。

 まぁ、それには資金が必要なんだけどね。



 あぁ、でも、そういえば。

 呪奴隷商のおっさんとメルディーティ家と知り合いだという話をしていたっけ。それならどこかしらにコネを作ってもらうか…騎士団に買い取って貰うのも良いかもしれないね。ひなみ様がどの程度の関わりを持っているのかは知らないけど、そうだね…使える手は利用した方が良いね。楽だし。



「さて、こんなものかな……」



 少しだけ地下室内を整理して、後にする。

 特に汚かったりするわけではないので、次に街に出るときに売るであろう回復薬ポーションの準備と、地下室内を一周してどこに何がしまってあるかの把握をした。

 そして今日はもう寝てしまおうと、自分の部屋へもどることにした。







 ◇ ◇ ◇



「あれ… ひなみ様、早いね」

「あ、おはようイクル」

「おはよう……」



 朝になってリビングへ下りれば、ひなみ様が朝食の準備をしていた。昨日あんなに弱っていたのにこの変わりようはなんなのか。意外に図太いね。

 でもまぁ、表情は明るいし、きっと自分で何かしら考えて納得することが出来たのかもしれない。それなら良かったと思う。



「今日はね、朝ごはんにお米を炊いたよ。おかずは卵焼きと、サラダと、具沢山スープだよ」

「別に朝食ぐらい俺が作るのに」



 まったく、契約した俺がいるんだからちょっとしたことくらいまかせれば良いのに。まぁ、この性格がひなみ様なんだから仕方が無い。

 丁度準備が出来たようで、ひなみ様が料理を運んで机に置く。俺もそれを手伝い、並べ終えたところで2人一緒に席へ付く。



「「いただきます」」



 あ、美味しい。

 お米なんてめったに食べないからなんだか新鮮だ。いつもパンで済ませていたし、お米だと他に何を食べればよいのかいまいち分からないんだよね。

 っと、ひなみ様の顔に「言いたいことがあります」と書いてある。ポーカーフェイスという言葉を知らないのか何なのか、ひなみ様はすぐ顔に出る。まぁ、何考えてるのか分からないよりは全然良いんだけどね。でもここまであからさまだと苦労しそう。



「何?」

「えっ!」



 スープを飲み干して、ひなみ様に声を掛ければ驚かれる。俺に見透かされてるとでも思っているんだろうか…?



「何か話したいこと、あるんでしょ?」

「あ…うん。イクルは何でもお見通しだね」



 ゆっくりと促してやれば、肯定してひなみ様がひとつ頷いた。というか、お見通しも何もひなみ様の顔に全部出てるからね。見通せない人なんていないよ。

 この後のひなみ様の言葉に、俺は驚くことになる。



「女神様に、会いに行こうと思うんだ!」

「……寝言は寝て言いなよ」



 今度は何を言い出すかと思えば、女神に会うなんて…何を言ってるのか。

 けど…ひなみ様の顔は真剣だった。



「本気で言ってるの?」

「うん。そりゃぁ…今すぐに! って訳じゃないよ。私も弱いし…」

「どこにいるか知ってるの?」

「知らない。たぶん自然がたくさんある場所…ってことくらい」

「……そう」



 家に帰ってきたときにも思ったけど、ひなみ様は目的地の場所を調べるという行為をしないのだろうか。とりあえず北のほうにあると思うから行ってみよう! っていうのりだ。

 まぁ、そういうの嫌いじゃないからいいけどね。



「あとね、私のこと…イクルに話そうと思って。といっても、昨日ぽろっと言っちゃったんだけどね」

「あぁ…」

「とりあえず、私の《ステータス》教えておくよ」





 〈 楠木ひなみ 〉


 15歳

 Lv. 1


 HP 30/30

 MP 45/45


 ATK 10

 DEF 10

 AGI 13

 AMG 20

 LUK 50


 〈スキル〉

 神様の箱庭

 光の狂詩曲ライト・ラプソディア

 天使の歌声サンクチュアリ


 〈称号〉

 リグリス神の加護





「ちょっと、ステータスをほいほい人に教えるなんて…って、弱いね」

「だよね…」

「じゃぁ、俺のも教えておくよ。《ステータス》」





 〈 イクル - 呪 〉


 19歳

 Lv. 21


 HP 2,112/2,112

 MP 1,267/1,267


 ATK 387

 DEF 310

 AGI 465

 AMG 310

 LUK 20


 〈スキル〉

 風魔法 - 探索


 〈状態異常〉

 ステータス値減少

 攻撃魔法仕様不可

 猫舌





「イクル強い…って、猫舌!?」

「いたって平均値だよ」



 ひなみ様が強いねと言ったのは分かったのでそれに対しての返事だけをしておく。いちいち人のステータスに突っ込みをいれないでよね。

 というか、ひなみ様のステータス…が弱いのは良い。問題はスキルだけど…1つも聞いたことのないスキルだ。まぁ確かに…珍しいスキルを持っている人がいないわけではないけど、こんなに持ってるのは異常だね。

 それにこの加護… リグリスっていう神がひなみ様を玩具にしている張本人ってことだね。



「というか、ひなみ様のスキルは特殊なのしかないんだね」

「そうなの?」

「そうだよ。特殊スキルを持つ人はいるけど、稀だよ。あまりおおっぴらにはしない方が良いね」



 それこそ国の為に! って言って迎えが来そうだよ。事実、薬草の栽培が出来るだけでも大分違うからね。まだ幼い…って、15歳だったんだ。見えない…10ちょいかと思ってた。

 とりあえずひなみ様も自分のスキルが特殊だと自覚しているのか、頷いてくれた。



「それで、私は神様に色々助けてもらってるの。特にこの家ね」

「うん」

「私がポイントを貯めると、そのポイントに応じて家の設備と交換してくれたり、増築をしてくれたりするんだ。ポイントを貯めるには回復薬ポーションを作るのが私流かな?」



 家の仕組みも…まぁ予想したとおり神の仕業らしいことが分かる。でもポイント制ね…詳しいポイント内容もひなみ様から教えて貰う。

 魔王は置いておいて、魔物を倒すと回復薬ポーションよりもポイントを多く取得できるらしい。けど…スキルの効果とひなみ様のステータスを見れば回復薬ポーションを作ったほうが良いことは一目瞭然だ。

 あとは《呪》の解除か。あぁ、だから女神に会いに行くのか。まったくひなみ様は良い玩具ポジションに納まってるね。きっと無自覚なんだろうけど。



 それからポイントで交換出来る物も教えてくれた。



「というか、俺にこんな詳細に教えていいの?」

「ん。イクルなら信頼出来ると思って。私の勘は当たるんだよ」



 あー…やっぱりひなみ様はひなみ様だ。

 まぁ、それくらいの方が気楽でいいけどね。





【鉢植え:小】 1

【鉢植え:中】 10

【鉢植え:大】 20

【野菜の種セット】 10

【果物の種セット】 10

【ハーブの種セット】 10

【小麦の種】 50

【稲の種】 100

【レンガ:1個】 5

【噴水】 1,500

【テラス席セット】 3,000

【瓶:100個】 3

【部屋】 50

【お風呂 - 増築】 5,000

【部屋(ひなみ) - 増築】 2,000

【部屋(イクル) - 増築】 2,000

【屋上 - 増築】 10,000

【地下室 - 増築】 30,000

【調合室 - 増築】 15,000

【箱庭の扉】 50,000





「この箱庭の扉っていうのは?」



 一覧に目を通しながら聞いてみれば、とんでもない答えが返ってきた。



「あ、それは今一番欲しいやつなんだよ。街に家を買って、その箱庭の扉をこの家に使うと街に買った家とつなげてくれるんだよ!」

「え……」



 個人的にテラスがあれば良いななんて思っていたら…どうやらとんでもない機能の様だ。

 つまり、街に家を買って箱庭の扉を使えばいつでも一瞬で街に行けるということだ。空間魔法か時間魔法か…特殊な仕様になっているのか。まぁ、神がすることだから人間の考える次元じゃないのかもしれない。



「ということは、お金を貯めて街で家を買って、ポイントを貯めて箱庭の扉と交換をする…ってことで良いの?」

「うん!」

「後何ポイントいるのさ?」

「今は…22,046ポイントあるよ。深海の回復薬マリン・ポーション1つ作ると2ポイントもらえるんだ。」



 つまり後27,954ポイント必要ってことか。

 深海の回復薬マリン・ポーションを13,977個作る計算か。確か昨日の昼間に作ったのが800個程度だったはずだから…割とすぐにポイントは溜まりそうだね。



 契約期間の5年間…退屈はしなくてすみそうだね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る