第19話 ひなみとイクル - 7
「イクル、名前…何が良いかなぁ?」
雪うさぎをだっこして、雪のような身体を撫でる。
ふわふわの毛は冷たいけど、なんだか手になじむ心地よさ。
「別に、好きなのをつけてあげれば良いんじゃないの?」
「うーん… 悩みます」
イクルが畑の野菜を見ている横で、私は雪うさぎを撫でながら名前を考える。しかしまったく良い案が浮かばず…困った。
雪ちゃん、ゆーちゃん、ふわちゃん、もふちゃん…自分のネーミングセンスに少し泣けてきた。あぁでも、そいえば花とペットに猫を飼いたいねっていう話を昔したなぁ。その時も花に「お姉ちゃんはネーミングセンスなさすぎる!」と言われた記憶がある。
「あの時の名前は何だったかなぁ…」
「あの時?」
「うん。昔ね、妹と一緒にペットを飼おうとして名前を考えたんだ。まぁ、結局飼えなかったんだけどね」
「ふぅん…」
何だったかなぁ…名前。確か、その時の猫も白かったんだよね。
「あぁ、思い出した。名前、“ましゅまろ”だ」
「……じゃぁ、まろだね」
「えっ…!」
イクルによって略された! まろ…まろか。うん、結構可愛い! まろ眉って可愛いもん。
「よろしくね、まろ!」
『みっ!』
「気に入ったみたいだね」
よしよしと雪うさぎ…もといまろを撫でる。とっても希少なこの雪うさぎが我が家に来てくれるなんて驚きです。なんだか、色々幸せなことが多すぎて、恐いくらい。
今後は街にも行ってみたいし。あ、でもその為には家を手に入れないといけないんだよね。でも家は高そうだなぁ…
「それにしても、色々な野菜があるね。米や麦もあるし…」
「頑張って育てましたとも。……スキルで」
「便利で良いね、それ。俺も欲しいくらい」
スキルについては、イクルとお昼ご飯の準備をしている時に少し話をした。
物知りなイクルも、スキル《
そして私は、まろを撫でながらイクルにどう自分のことを話そうかと思案する。
《
となると、後はこの家のことか。説明が難しい…不思議な力で出来ています! ではやっぱり駄目…ですよね。んー…困りますね。
あ、そうか。私の薬術師の腕前により進化していく家! っていうのはどうだろうか。異世界だし、それくらいのインパクトがあっても大丈夫なんじゃないだろうか。あとは、迷いの森の副作用とか…? って、これじゃぁ私…唯の嘘吐きだよ。
「何難しい顔してるのさ」
「あ、イクル… 野菜はもう良いの?」
「うん。庭も一通り見たからね。どれもすごい良いものだね」
「えへへ。そういってもらえるとなんだか嬉しいね」
優しい風が吹いて、そっとイクルの髪を撫でていく。ふいに上がった前髪から、いつも隠れて見えないイクルの左目がのぞいた。
あぁ、そうだ。あまりにもイクルが普通に過ごすから、左目が見えていないことを忘れてしまう。その虚ろな目は、もう何も映してはいないのだろうか。まだ見えるという右目は綺麗な深緑色で、まるで宝石のよう。
私の視線に気付いたのか、イクルの視線が「何?」と私に問いかけてくる。
「私… 1人で恐かったの」
「…うん」
「呪奴隷のお店でイクルを見つけたときに、「緑だ」って、思ったの」
「緑…髪の色?」
「うん。それに、目の色も緑で、花のことを…思い出したの」
抱いていたまろを地面に下ろして、私はそのまま座る。
柔らかい草木の生えた庭の地面は、自然のクッションが置いてあるみたいにふかふかで、私を優しく受け止めてくれた。その横にイクルも腰を下ろして、その柔らかさに驚いていた。
「花って、植物の?」
「違う。…妹の、名前」
「……」
「最後に会ったのは、2年前。花ね、緑色が好きだったの」
「だから、俺を選んでくれたの?」
「…わかんない。けど、なんだか虚ろだったイクルを見てほっとけないって、思ったの」
病気だった妹は、愚痴はいくらでも言うけど、弱音だけは決して吐かなかった。「私の病気は絶対治る。そうしたらお姉ちゃんと富士山だって登るんだから!」なんて、笑いながら言ってたっけ。
なんとなく、病気の花と目の見えないイクルがだぶっていた気はする。
「花は病気でね…もう助からないって言われてた」
「うん」
「けど、私はお願いをしたの。そうしたら、花の病気を治してくれたの」
「……誰が?」
「神様」
「………」
あれ、私…どうして突然こんな話をイクルにしてるんだろう。
「私はお姉ちゃんだから、花の為ならなんでもするの。だから、ここで1人で暮らしてるの」
「会いに行かないの…?」
「会えないほど、遠くにいるの。でも、花が元気でいてくれてるから…良いの」
「………」
「なんだろう、なんでこんなにいっぱいしゃべっちゃうんだろう」
不意に、イクルの手が私の頬へとふれる。
驚いてイクルを見れば、イクルが私の涙を拭っていたことに気付く。あぁ…私、泣いていた?優しいイクルは何も言わずに横に座ってくれていた。
「………」
「………」
少し沈黙が流れて、次第に風が冷たくなり、夜の訪れを教えてくれる。
ぎゅっと膝を抱えて、空を見上げる。ここは東京の空とは違って、星がとても良く見える。
「……神様は、何と引き換えに助けてくれたの?」
「私が…神様の
「そう。ずっと独りで…不安だったんだね」
優しいイクルの声が、私に届く。
あぁ、そうだ。私、独りだったから恐かった。
強気に毎日過ごしてきたけど、泣いて過ごした夜もあったんだ。
そんな日の翌日は、神様から交換日記に優しいメッセージがあって、なんだか申し訳なく思ってしまったのを覚えてる。それでも、私は段々と独りでいることになれて2年経った。
とても強くなったんだよ、この2年で。
けどきっと、人に会ったから、なんだか花を思い出して、懐かしくなって。
それで不安になっちゃったんだ。
「うん。そう、私……久しぶりに人に会って、何でか分からないけど不安になった」
「少しずつで良いんだよ。少しずつ、なれて行けば良いんだよ」
「……うん。そうだね…私が泣いてたら、花に笑われちゃうね」
服の袖で涙を拭って、私は立ち上がる。
そしてそのまま大きく息を吸って、深呼吸をする。
「ごめんねイクル。いきなり話し出して」
「別に…大丈夫だけど。というか、そんな重要なこと俺に話してよかったの?」
「……はっ! そういえば!」
「……」
「なんて。イクルだったら、話しても大丈夫って思った。根拠はないんだけどね」
ひとつ笑って、私は家に向かう。すぐ後をイクルも付いて来て、一緒に暖かい家の中へ入る。日が落ちてくると、若干肌寒くなってくる。今の季節は、初夏…いや、もう少しで初夏と言ったところだろうか。
「ねぇイクル」
「何?」
「……ありがとう」
「…別に」
◇ ◇ ◇
その日、私は懐かしい夢を見た。
あれはこの世界に来て少しした頃…神様と交換日記をして花の様子を教えて貰ったとき。
私は神様から花の手術後の様子を教えて貰って、元気にしていることに喜んでたっけ。
医者が何故こんなことが!? って驚いてて大変だったそうだ。
両親は泣いて喜んで、私ももちろん泣いて喜んで。独りだったけどね。
そして後遺症なども何もなく、今はとても元気に過ごしているそうです。
とっても嬉しい。もう、それしか言い表せない。他の言葉が見つからない。
そして神様は時折、花の写真を私にくれたのです。とは言っても、私が様子を聞いた時にそっと添えてくれる。
「あれ…?」
ベッドからむくりと身体を起こして窓の外を見る。
真っ暗だ。
「あぁ… そうだ、昨日疲れてすぐに横になっちゃったんだ」
重たくなった瞼を擦り、枕もとの明かりをつける。
そしてサイドテーブルに置いてある交換日記を見つけ、書いていなかったことを思い出した。
いけない…今まで書かずに寝てしまったことはなかったのに。それに、神様と毎日書く約束をしていたのに。
急いで書かないとと思い交換日記を開くと、私の頭に声が響いた。
『ひな?』
「わ! 神様!?」
『うん。驚いた?』
くすくす笑いながら、けれどいつもの優しいトーンでしゃべる神様。直接私の脳に響くように聞こえる声は限りなく穏やかだ。
『ほらほら、疲れてるんだからベッドに横になって? 今日は交換日記はお休みして、このままひなが眠るまで何か話でもしよう?』
「お話…はい。神様の声を聞くの…久しぶりです」
神様の言うとおりにベッドに横になり瞳をそっと閉じる。そうだ、最後に神様の声を聞いたのは…ハードウルフから助けて貰った時だっただろうか。
ということは、約1年半ぶりの神様の声だ。毎日交換日記をしているとはいえ、直接声を聞けることなんてめったに無い。なんだかとても安心する。
「神様… 私、これで良かったんですか?」
『ひなは良くなかったと思うの?』
「そうですね…日本と、違うことが多くてとても混乱します。バイトに明け暮れた大学生でしたし、あまり勉強が得意だったわけではないですし。もっと勉強をしてて、私に知識があればまた違ったのかも…しれません」
『内容は違うとはいえ、名前は“奴隷”だからね』
「……はい。私、神様の玩具だから…色々なことをしたほうが神様も喜ぶかなって、思ったんです。安易すぎますよね…」
今は明かりを灯さない照明器具の魔道具を見上げながら、街に行ったときのことを思い返す。
『ひなはさ、全部僕の為にしてくれてるんだよね。嬉しくない訳、ないでしょ?』
「……」
『ひなにね、強くなってもらいたいって思ったんだけど…少し急かしすぎちゃったね。ごめんね』
「あ、いえっ! 私は、大丈夫です…!」
『まぁ、無理しないのも時には大切だよ』
「えと…善処します」
私の言葉に『善処かぁ』と微妙な返事をいただきつつ、それでも優しい神様の声は続く。
『そうそう、レティの《呪》がポイント交換に乗ったでしょ』
「あ、そうです…! 神様の知ってる方なんですか?」
『うん。レティは僕と似たような存在、と思ってくれれば良いよ。ひながいる〈レティスリール〉にいるんだ。イクルが話してくれた内容は真実だよ。大切な
なんと…! 女神様はちゃんと今も実在していると…!
でも似たような存在ってなんだろうか。女神様だし…神様みたいな力があるっていることなのかな? うん、あまり良くわかりません。
「この世界のどこかで、未だに悲しんでらっしゃるってこと…ですよね?」
『うん。悲しんでいるせいで人から《呪》がなくならない。だから少し、この世界がピリピリしてるんだよね。女神レティスリールを崇めている〈女神信仰〉がこの世界の宗教なんだけど、《呪》が消えないからレティがまだ怒ってると思っているんだよ』
「なるほど。女神様の怒りを買っている《呪》を持っている人を…その宗教を信仰している人達は許せないんですね」
『そう…だから呪奴隷の扱いも呪奴隷商の〈女神信仰〉度合いにより少し扱いも違う。信仰が篤い人は呪奴隷を檻に入れたりしてるしね』
「はい… 私は宗教とか、あまり興味はなかったんですが…あまり良い印象は無いですね」
どこの国も、宗教が絡むとなんだか大変です。
つまり、この世界〈レティスリール〉は〈女神信仰〉が崇められている。
しかし、《呪》はその女神様の怒りの現れ。だから女神様が怒っている状態…《呪》がこの世界にあるのを人々は嫌うのだ。
〈女神信仰〉としては、《呪》がなくなれば女神様が許してくれたと解釈をする。
「…ということは、女神様が悲しむのを止めれば《呪》は無くなるんですか?」
『うん。そうだよ』
いとも簡単に神様から答えを貰って、なるほどと思う。
私が女神様に会いに言って、元気付けてあげれば良いということです…!
「わかりました! 私、女神様に会いに行きます!」
『ひなならそう言ってくれると思った。ありがと』
「いえいえ。でも、どこにいるのか…神様はご存知ですか?」
『あぁ… ごめんね、僕も場所は知らないんだよ』
「そうなんですね… なら、頑張って捜してみますね」
『うん。よろしくね、ひな』
「はい!」
とんとんと話が進み、私は女神様を助ける約束を神様と行う。
『でも恐らく… 深い森とか山。自然の多い場所にひっそりと居ると思うから』
「自然が好きな女神様、なんですよね」
『そう。だから、行くときはしっかりと準備をしていくんだよ? 知識、回復薬、パーティもイクルと2人だけじゃ難しいと思うよ』
「えっ! そんなに大変なんですか!?」
もっと簡単なのかと思っていました…!
ハイキングとか登山のイメージ…では駄目ということ。これは準備にかなり掛かりそう…?
『ゆっくりで大丈夫。準備に数年くらい掛かっても問題ないし、慌てずにね』
「数年…! でも、早くできるように頑張りますね!」
『うん。ありがとうね、ひな』
【
【会話】 =300ポイント加算
【所持ポイント:22,046】
【鉢植え:小】 1
【鉢植え:中】 10
【鉢植え:大】 20
【野菜の種セット】 10
【果物の種セット】 10
【ハーブの種セット】 10
【小麦の種】 50
【稲の種】 100
【レンガ:1個】 5
【噴水】 1,500
New!【テラス席セット】 3,000
【瓶:100個】 3
【部屋】 50
【お風呂 - 増築】 5,000
【部屋(ひなみ) - 増築】 2,000
【部屋(イクル) - 増築】 2,000
【屋上 - 増築】 10,000
【地下室 - 増築】 30,000
【調合室 - 増築】 15,000
【箱庭の扉】 50,000
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