第17話 ひなみとイクル - 5

 私はイクルから、この世界〈レティスリール〉のことを教えて貰った。



 それは、神様からもらった一般常識の本には書いていない、《呪》を持つ人の話し。

 神様の一般常識の本は、お金の計算方法や簡単な歴史。それから大陸のこと、それに類ずる国や村、どういった地形なのかが書かれていた。加えて、身近に現れる魔物のことなどが載っていた。けれど、女神レティスリール様のことは一言も載っていなかったのです。



 女神レティスリール様から大切な“宝石華ほうせきか”を盗んだ人。それと、その人達の子孫。

 その人達は胸に《呪》を刻まれ、ステータス減少、攻撃魔法のスキル使用不可、状態異常の症状が現れる。



 それを解除する方法は1つ。

 献身的な従事を5年間行うこと。



 5年間の従事を行うと決めた人の事を“呪奴隷”と呼び、呪奴隷商人が契約の斡旋を行うのです。

 そうして買った人と、買われた呪奴隷は“従事の契約”を行います。これは、私がイクルを買った時に行った契約のことです。

 それにより、5年間の契約が行われ、5年後に《呪》が消える…という仕組みです。



 《呪》を持つが、特に消す必要が無い。そういう人は奴隷にならず、一生を持ったままなのだそうです。

 その為、《呪》を持つ人が減らないのだそうです。《呪》を持ったまま子供を産むと、その子供にも《呪》が現れるからです。



 では、何故“奴隷”などと物騒な呼び方をしているのか。それは、“女神信仰”があるからだそうです。どこにでもある、宗教です。

 その人達にとって、《呪》がある者は女神レティスリール様にあだなしていると考えられています。その為、あまり良い待遇ではないことが多いのだそうです。

 けれど、《呪》が消えた人に対しては普通に接してくれるのだそうです。



 それが、この世界の奴隷システムと制度。

 女神様の《呪》を“呪奴隷システム”と呼び、呪奴隷商人の行う売買、契約関係を“呪奴隷制度”と呼ぶそうです。また、呪奴隷制度はギルドが管理を行っているそうです。

 イクルの住んでいた“呪奴隷村”は、所謂通称で、女神信仰をしている人達が呼び始めたそうです。「呪奴隷になる者が住む村」と。呪奴隷と呼ばれるのは、呪奴隷商と自分を売買してもらう契約をしてからだそうです。

 こんな悲しいシステム…無くなってしまえば良いのにと、思う私です。





「ひなみ様、焦げてるけど…」

「えっ!?」



 イクルに聞いたことを頭の中でまとめていたら、思ったより時間が経ってしまっていた。手元のフライパンを見れば、市場でせっかく買ってきたお肉が焦げていた。まさか、我が家初の肉料理が焦げてしまうなんて……大失敗。



「呪奴隷のことでも考えてたの?」

「……ばればれ?」

「ばればれ。というか、別にひなみ様が気にすることじゃないだろ?」

「まぁ、そう言われると…そうかもしれないけど」

「けど?」

「悲しい話しだなって。だって、女神様の大切な物を盗んで…なんて。女神様はもう…どこにもいないのかな」



 焦げてしまったお肉をまな板に乗せ、包丁で少しでもと…焦げた部分を落として行く。

 イクルは隣でスープを作りながら、くすくす笑っている。まぁ、私の考えは偽善かもしれないです。けど、けど……女神様を助けてあげたい。



 だって、まだ《呪》があるということは…女神様の悲しみが続いているということでしょう?



「本当、ひなみ様はお節介だね。まぁ、一応女神はこの世界のどこかに居るとされているよ。……薬術師としてこれほどの腕があるひなみ様なら、いつか会えるかもね」

「えっ!? 女神様、いるの…?」

「女神信仰の教会がそう言ってるだけだけどね。なんでも女神は自然が好きだから、自然と近しい薬術師は女神に好かれるんだってさ」



 なんと、女神様はまだいるかもしれないと…! それが本当であれば、是非会ってみたいです。いや、でも私みたいなのが会いに行っても迷惑かもしれない…です。

 でも、きっと悲しんでいるはずです。もし会えるなら会いたいな。女神様に幸せになってもらいたき。そして、こんな悲しい《呪》が無くなったら良いなと思うのです。



「さてと、スープとサラダが出来たよ。ひなみ様はお肉…大丈夫?」

「うっ…! いや、ばっちり大丈夫!」



 ぱっとお肉をお皿に乗せて、お鍋で炊いたご飯もお茶碗によそる。

 2年で私の食生活は、お肉以外は大分充実したのです。野菜の種や果物の種をポイント交換で得ると…なんとランダムで入っているのです。数回目で気付きました…! それから食器もたまにポイント交換で出現する雑貨で交換したのがそこそこあります。なのでこの家は、大分快適に暮らせるようになったのです。

 説明があまりないので、自分で考えないといけません。が、1人のお気楽生活だたのであまり深く考えずだらだらとして過ごしてしまった私です。

 けど、街に出たこれからは…しっかり私として生きて行きたいなと、思うのです。





「「いただきます!」」



 2人で席について、お腹を満たしますよ!

 というか、お腹が鳴るとか大分恥ずかしいです。きっと誰もが経験する道だとは思いますが…それでも恥ずかしい! 穴があったら入りたいです。

 メニューは、私が作ったお肉(焼いただけ)と、ご飯(炊いただけ)。イクルが作ったサラダに野菜スープ。あれ、イクルの方が女子力高くない…? いや、そんなことないです。絶対。



「はー… あったまる」

「イクルの作ったスープ美味しいね…!」

「そう? 俺、スープしか作れないんだよね」



 ふふ、やっぱり私のほうが女子力は高そうでなんだか安心しましたよ!



「なんでスープだけ?」

「そんな裕福な村じゃなかったからね、寝るだけの夜とかはスープだけで済ませたり。だからスープだけは上達したんだ」

「スープだけ…! 夜だけならダイエットに良さそう」

「ひなみ様は十分痩せてるんだから、必要ないよ」



 むむっ。…そうなのかな?

 見た目は普通である自信があるけど、いかんせん体重計がないので正確な数値が分からない今日この頃なのです。というか、イクルも十分痩せているのですが。あ、そうか、アイドルの人ですよね。線の細いイクルを見ると、でも、アイドルよりもモデルのほうがしっくりくるかもしれない。



「………」

「…別に、そんな焦げてないから大丈夫だよ。胡椒がきいてて美味しいし」

「良かった!」



 お肉を食べたイクルを見て、大丈夫だと思いつつ焦ってしまった私です。すぐに口に入れて、私もお肉の美味しさを噛みしめる。少し多めに買ってきたので、地下室へ保管しておく。地下室は時間が止まっているらしく、中の物が劣化しないのだ。



「あ、そうだ!」

「何さ」

「女神様の、宝石華って…何なの?」

「あぁ… 鉱物の宝石っていう説と、自然の好きな女神だから…花なんじゃないかっていう説の2パターンが濃厚かな」

「宝石や花… 確かに、女神様っぽいね」



 でも、何で盗んだんだろう? すごく価値のある物だった…ってことだよね。

 神様なら何か知っているのかな。後で交換日記に書いてみよう。



「なんか、誰かとご飯を食べるのって良いね」

「何さ、いきなり」

「んーん、そう思っただけ」



 料理を全て平らげて、食後にお茶を淹れる。まぁ、中身は体力回復薬ハイ・ポーションなんですけどね。やっぱり日本人ならお茶を飲んでこそ、ですよ。あ、イクルは日本人じゃないんだった。レティスリール人なんだろうか。

 この後は… ポイントで増築をしてイクルの部屋を作る。食器とかは以前交換した物があるから追加は特に必要なくて、後は何かあるかな、思いつかないや。まぁ、気付いたらその都度…でいいかな。



 というか、そうだよね。

 大変だった道中や、イクルの衝撃過ぎる女神様の話しで忘れていたけど、今日から一緒にこの家に住むんですよね。特に何もないのは分かるけど、それでも緊張はするのです。

 ……ちらっとイクルを見れば平然としています。とりあえず、このことを考えるのはやめましょう。極力冷静な私でいるのです…!



「そういえば、雪うさぎはどうするの?」

「どうって、新しい家族的な…?」

「というか、雪うさぎのことも知らないんでしょ?」

「……はい」



 一番見ているのは本当に、呆れた顔のイクルかもしれないです。



「雪うさぎはとても希少で、“魔物”であることは見つけたときに言ったよね?」

「うん」

「でもこの雪うさぎは、一定の条件を得ると“精霊”になるらしい。ただ、希少な為に実例や資料も少なく、その条件は未だに解明されていないんだよ」

「魔物が精霊になるんだ…」

「そう。見たことがある訳ではないけど、そんな資料が残ってる。もちろん、その資料が嘘で精霊になんてならない…ってことも十分ありえるけどね」



 家についてすぐ、庭を駆け回っていた雪うさぎを思い浮かべる。というか、あんなに可愛いのに魔物ってちょっとおかしいよね。精霊になるって言われたほうが十分納得出来てしまいます。だって、あんなに可愛いんだもん!

 ちなみに食後のお茶を淹れる前に、窓からそっと外を覗いたら雪うさぎは鶏と遊んでいました。はい、とても平和で大変良いです。



「一応、雪うさぎなだけに“雪”に関する力が強いみたい。まぁ、俺もこれくらいしか知らないんだけどね」

「十分だよ、ありがとう!」

「まぁ、もう外も暗いし…明日一緒に遊んであげたらいいんじゃない?」

「うん、そうする。…あ!」



 そうだ、もう暗くなってきてるんだ。

 イクル用の部屋を増築しないと。



「ごめん、私ちょっとイクルの部屋を準備してくる!」

「余分な部屋なんてあるの? 別に、ここでも地下でもどこでもいいけど」

「大丈夫、まかせて! ちゃんと用意するから」

「わかった。じゃぁ、食器とか片付けておくよ」

「ありがとう! すぐもどるね!」





 私は急いで自分の部屋へ行き、交換日記を取り出してポイント交換の一覧を見る。





【交換日記】 =3ポイント加算


【所持ポイント:31,193】


【鉢植え:小】 1

【鉢植え:中】 10

【鉢植え:大】 20

【野菜の種セット】 10

【果物の種セット】 10

【ハーブの種セット】 10

【小麦の種】 50

【稲の種】 100

【レンガ:1個】 5

【噴水】 1,500

【瓶:100個】 3

【部屋】 50

【お風呂 - 増築】 5,000

【部屋(ひなみ) - 増築】 2,000

【屋上 - 増築】 10,000

【地下室 - 増築】 30,000

【調合室 - 増築】 15,000

【箱庭の扉】 50,000





「あれ… 今ある部屋に私の名前が付いてる。神様が分かりやすくしてくれたのかな?とりあえずイクル用に… 部屋を1つ。それから、その部屋の増築も1段階お願いします!」





【部屋(イクル)】 =50ポイント使用

【部屋(イクル) - 増築】 =1,000ポイント使用


【合計:1,050ポイント使用】


【所持ポイント:30,143】





 あ、今度は部屋にイクルの名前が付いた。とても見やすい。

 現在、2階に私の部屋と調合室がある。その上は屋上。お風呂は1階で、その下に地下室。ちなみに、イクルの部屋を1段階増築したことで私と同じ増築状態の部屋になる。次の段階に増築するとどうなるか分からないけど、今の部屋は10畳程度の広さと、ベッドも置いてある部屋になっている。つまり、1段階増築することで部屋が少し広くなって勝手にベッドが付くのです。



 ガコン! と、少し大きめの音が響き家に新しい部屋が作られた。

 自分の部屋から廊下に出て、新しい部屋の確認をしま……あれ?



「私の部屋に鍵が付いてる…?」



 今までは特になかったんだけど、住人が増えたからプライベート空間として神様が配慮してくれたのかな? なんだか、こういったちょっとした気遣いがとても嬉しいです。



 さて、廊下に出てみると。私の部屋にはひなみと書いてあるプレートが掛けてある! これも神様の気遣いですね、ありがとうございます! なんだか自分の部屋、という感じがして落ち着きます。

 2階は、階段を上がってすぐ右側に調合室。その向かいに私の部屋。そしてその隣にイクルの部屋がありました。ちゃんとドアにイクルというプレートが掛かっている。



「イクルー! 部屋の準備が出来たから上がってきて」

「ん、わかった」



 丁度片付けを終えたイクルが上がってきて、初めて上がる2階に驚いている。



「本当、不思議な家だね… 切り株の家とは思えないよ」

「私の自慢の家ですっ!」



 作ってくれてるのは神様なんだけどね。

 イクルの部屋と書かれたプレートを見て、いつの間に? という顔をしている。まったく、私も驚いてます。

 そっとドアを開けて中に入ると、そこは私の部屋と同じ10畳程の空間だった。窓際に机があり、本棚、ベッドも置いてある。

 ただ、私の部屋とは明らかに雰囲気が違った。私の部屋は、可愛い女の子仕様。けれど、イクルの部屋は可愛いさなんて無い、割と落ち着いた雰囲気の部屋だった。男性仕様なのかな?



「すごい… こんな良い部屋使っていいの?」

「うん。自由に使って」

「…わかった。ありがとう、ひなみ様」

「どういたしまして」



 2人して自然と笑顔になる。

 なんだかこの平和な感じが、とても嬉しいのです。

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