第16話 ひなみとイクル - 4

 シアちゃんとキルト君に出会ってから、私の日常は新しいことで溢れています。

 ずっと独りだったこの家を飛び出して、街へ行くことも出来た。それに、シアちゃんとは友達にもなれました。私にとって、この世界を初めて少し知ることが出来たと思います。



「ひなみ様、お茶だよ。っていうか、なんで魔力回復薬マナ・ポーションがお茶代わりなのさ…もったいない」

「だってそれ、美味しいよ? 味は紅茶なんだ」



 私が果物を用意している間に、イクルがお茶という名の魔力回復薬マナ・ポーションを用意してくれた。瓶から取り出して、火にかけて温める。これで美味しい紅茶の出来上がり。

 イクルは「美味しい訳ないだろ」と言っているけど、一口飲めばきっと驚きます。



「ほらほら、飲んでっ!」

「……わかったよ。……!?」

「ね? 美味しいでしょ」

「……うん。驚いた」



 ほらほら、やっぱり驚いた。



「というか…ひなみ様って、何者なの?」

「え?」

「だって、迷いの森に住んでいるだけでも信じられないのに…薬術は薬草の栽培が出来るほどの腕前。けど、それにしては薬術師の知識もないみたいだし」



 確かに、そうか… 今の私は、所謂“不思議ちゃん”ポジションなのではないだろうか。

 この世界に私が来たのは2年前。ずっと森に居て、人と関わったのは一昨日が初めて。まさに今の私は非常識?



「この家も… 魔道具の技術力が凄まじく良いし…不思議だよ」

「やっぱり不思議ちゃん!?」

「え?」

「あ、何でもない…」



 そうですね、取り敢えずイクルには説明しないとですよね。しかし、なんと説明をすれば良いものか…悩みます。

 神様に連れて来られて、ポイントで生活してます!では駄目…だよね。イクルをチラリと見れば、珍しいのかきょろきょろと家の中を見渡している。





「んと、私はイクルが言うように…この世界をあまり知らないというか、なんというか」

「うん?」

「2年前からここに住んでて、それで…」



 駄目だ! 上手く説明が出来ないよ…!

 そもそもどこから説明をすれば良いんだろう。神様のこと、話してもいいのかな?勝手に話すのも良くない…よね?



「落ち着きなよ…」

「!」

「まぁ、何か事情があるのは分かるからさ」

「ありがとう…」



 紅茶を一口飲んで、私は気持ちを落ち着かせる。自分のことがきちんと話せないなんて、情けないです。



「それに俺は呪奴隷だし、無理して教えなくてもいいよ?」

「……そうじゃなくて」

「うん?」

「いや、ごめんなさい。えっと… 私が住んでいた所には“呪奴隷”っていう制度が無かったの。だから…その、なんというか……上手く、説明が出来ないんだけど、私はイクルを、呪奴隷の様に扱ったり出来ないよ」

「呪奴隷制度の無い…所?」

「……うん」



 少しずつ言葉を選び、イクルになんとか“呪奴隷”というものがよく分からない、苦手であるということを伝える。…いや、今の言葉だけでは伝わっていないかもしれない。



「なるほどね。つまりひなみ様は俺を呪奴隷ではなく、普通の人として扱ってたと。そういうことか」

「だ、だめ…だったかな?」

「いや? 別に駄目じゃないよ。まぁ確かに変だとは思ったけど…ひなみ様に悪意がないことくらい見れば分かる」



 イクルは紅茶を飲み、何か考えるように頬杖をつく。そしてそのまま私を見て、首を振った。



「ひなみ様って、特殊だね。まるでこの世界の人間じゃないみたいだ」

「!?」

「何さ、図星みたいな顔して」

「いや…何でもない」



 まさかイクルがピンポイントで当ててくるとは思わなかった! 誤魔化すように用意したりんごを食べて、なんとなく笑ってみた。

 あ、りんご美味しいです。



「まぁ、俺はこれ以上ひなみ様を詮索したりしないからさ、落ち着きなよ」

「あ、うん… でも、自分でちゃんと話せるようにまとめたら話すね!」

「まとめるって… まぁ、ひなみ様がそうしたいならそれでいいよ」

「ありがとう!」



 なんだかイクルの優しさに甘えてしまう感バリバリですが、こればかりは仕方が無い。交換日記で、神様のことを話してもいいかどうかも確認しないとです。

 はっ! でも私はイクルのことを知りたい。私だけ聞くのはありなのかな? でもやっぱり私のことを話す時に聞くのがマナーですか?

 もやもやしながらりんごを食べ、イクルを見れば「何?」と言われる。



「……どうせ俺のこと、聞きたいんでしょ?」

「えっ! 何で分かったの!?」

「顔に大きく書いてあるから」

「う……」



 そんなに顔に出ていたのだろうか。私、ポーカーフェイスは得意な筈なんだけどな…。

 やれやれといった感じに、イクルが「どうぞ」と言ってくれる。これは色々聞いていいよ! ということなんですね!



「といっても、俺は別段特殊でも無いよ? 住んでた呪奴隷村も普通の所だったし」



 特に何も面白い話はないよ? といった感じにイクルが首を少し傾げる。いやいや、まって下さい。仮にイクルの生活が普通で、呪奴隷である以外は普通の人とか、いや、そうではなくてですね?



「呪奴隷村?」

「えっ そこから知らないの?」

「えっ?」

「ちょっと待って… ひなみ様があまり一般常識を知らないのは聞いてたけど、呪奴隷村を知らないなんてそれ以前の問題だよ?」

「……まったく知らない子供に教える説明だと嬉しく思います」



 イクルの呆れた顔を見るのは何度目だろうか。



「じゃあ…そうだね。本当に初めから…〈レティスリール〉のことを説明しようか」

「うん! ありがとう!」



 イクルが私にも分かるよう、丁寧にゆっくりと〈レティスリール〉について説明をしてくれた。





 この世界が……まだ人間も、動物も、木々さえもないまっさらな大地だった時。


 最初に、“雨”が降りました。

 次に、“太陽”が大地を照らしました。

 最後に、“月”が優しく包み込みました。


 雨が潤した大地を、太陽と月が温めてこの世界に小さな木々が生まれました。後にそれは豊かな自然となり、女神レティスリールが誕生しました。


 この世界から生まれたレティスリールは、綺麗な自然をとても嬉しく思いました。

 しかし、同時に自分が独りであることに気付きました。


 独りで寂しかったレティスリールは、動物と、人間と、獣人と精霊を作り出しました。

 皆はすぐに仲良くなり、幸せに暮らしました。そして、この世界を女神様の名前…〈レティスリール〉と名付けたのです。





「……というのが、この世界の始まりだよ」

「女神様の名前だったんだ…!」

「そう。とは言っても、これは小さい子供に聞かせる絵本の内容だけどね」

「私は知らなかったから、すごい助かるよ!」

「そ? まぁ、ここまでが小さい子向け。もう少し大きくなった子は、呪奴隷システムの…《しゅ》について親から教わるんだ」



 奴隷システムの…《呪》。言葉は聞いたけど、具体的な内容は知らない。

 私が首をかしげていると、おもむろにイクルが上着を脱ぎ始めた。



「えっ! 何してるのイクル!」

「見た方が早いからね」



 なななに! あっと言う間に上半身裸となり、イクルがこっちを見てくる。イクルより私が恥ずかしいなんて可笑しいよ…!!

 思わず顔をそらして、イクルの裸を見ないように気をつけているとイクルから声が掛かる。



「これが《呪》だよ」

「…えっ?」



 思わずイクルを見れば、イクルの心臓部分に…花を模った、刺青の様な痣がくっきりと浮かび上がっていた。

 見た瞬間、恥ずかしいなんて気持ちが吹き飛んで、その異様さに寒気がした。



「何、それ……?」

「……話の続きをしようか」

「……うん」





 女神レティスリールは、皆とこの世界で幸せに暮らしていました。


 しかし、いつしかこの世界に住む者達は増え…レティスリールの元を離れる者も現れたのです。離れてしまうことを皆が悲しみましたが、一箇所の食べ物を大勢で採取し続けるのは良くないと考えての行動でした。

 暫くの間は、時折レティスリールの元を訪れてたわいもない話を楽しみました。皆が笑顔で語らうその時がずっと続くと誰もが疑いませんでした。


 そんな幸せでしたが、レティスリールと他の者には大きな隔たりがあったのです。


 そう、寿命という大きな差異。


 女神として生まれたレティスリールは、死というものがなかったのです。

 時が流れ、仲の良いものは先に死に行き…また新しい命が生まれ巡る。そして次第に、遠く離れていった者達はレティスリールのことを忘れていったのです。


 それから数百年の後…悲劇は起こりました。

 レティスリールが大切にしていた“宝石華ほうせきか”が盗まれてしまったのです。盗んだ者は…人間か、獣人か…もしくはその両方か。突然のことにレティスリールはとても驚き、そして大変悲しみました。涙が溢れ出れ止らず、世界はその涙により1度流されてしまいました。


 そして気付いたときには…レティスリールは姿を消し、“宝石華”を盗んだ者たちの胸には一輪の花が刻まれていました。

 それが、《呪》であり、レティスリールの残した悲しみの印だったのです。その《呪》は刻まれた者に3つの作用がありました。



 《呪》

 効果

 1つ、ステータス値の減少。

 2つ、攻撃魔法のスキル使用不可。

 3つ、何かしらの状態異常。


 解除方法

 献身的な従事を5年間続けること。



 当初、《呪》を刻まれた者達は意味が分からず、放置してきました。しかし、この《呪》は子供に受け継がれたのです。そして、それから何百年か経過したときに、ステータスの意味や、状態異常に関する知識を皆が付け…これではいけないと、世界に住む者達全てが協力し動き始めました。


 そして、この《呪》は奴隷システムと呼ばれ、《呪》を解除する為に従事することを呪奴隷制度と定めたのです。

 また、呪奴隷を管理する為にギルドが立ち上げられました。これは後に、冒険者の支援も行う中立機関とし〈レティスリール〉になくてはならないものへと成長したのです。

 大本をギルドが管理し、中間に呪奴隷商が入り、契約を行うシステムが作られた。




「これが、この世界〈レティスリール〉の始まりと…呪奴隷制度の話」

「……」

「まぁ、信じがたいのも分かる。女神なんて存在自体が馬鹿馬鹿しいからね」



 まるで女神なんて信じていないと、自嘲した様に言うイクルは…なんだか悲しそうな顔をしている気がした。



「じゃあ…この呪奴隷制度は、厳密には“奴隷”ではない?」

「名称? まぁ、確かにこれはギルドが考えたことだけど…《呪》を持たない、特に女神レティスリールへの信仰が篤い人には許せない事件だったそうだからね。ようは俺みたいな《呪》持ちは女神様から宝物を盗んだ犯罪者の子孫ってことだね」

「でもでも、5年で消えるんでしょ?」

「そうだね。信仰している人も《呪》が消えるとレティスリールから許されたとして普通に接してくれるよ」



 なるほど…

 じゃあこの呪奴隷制度って、私が考えていたものとは大分違うものだったのですね。

 これは、女神様の悲しみの証なんだろうか。大切なものを盗まれて…許せなくて…でも、だからといってずっと苦しみを与えることも出来ない…そんな優しさ。

 子供にまで《呪》が出るのは可哀想かなとも思うけど、正確な出来事を知らない私には女神様を責めることもしたくない。



「ということは…イクルも《呪》によって制限と状態異常があるってこと?」

「そうだね。でも実際にステータスがどの程度減少しているかは人によるみたいだから、《呪》が解除されるまで分からない。魔法スキルは探索しか使えないから、まぁそうなんだろうね。状態異常に関しては生活に支障もないし問題ないよ」

「そうなんだ… でも、支障がないなら良かったよ!」



 状態異常だとたぶん体のことだろうし、あまり突っ込んで聞くのも良くないし、支障がないなら私からは触れない様にしよう。

 けど、困ってそうだったら全力でサポートせねば!



 あれ、でも……?



「5年で《呪》は消えるんでしょ? それにしては、呪奴隷の人…多くない?」

「所詮は盗賊の子孫、ってことかな。女神様から盗みを働くような奴が献身的な従事を5年もすると思う?」

「あ、そうか… 生きて行くのに支障がなければそのままでも良いってこと、だよね?」

「そうだね。呪奴隷になって《呪》を解除する人は… 純粋に《呪》が胸に刻まれているのが嫌な人。ステータスや攻撃魔法の制限が嫌な人…これは冒険者だったり、騎士だったり、あとは魔物が多い地域の人とかね。そして最後に状態異常を解除したい人。だから、人に従事してまで解除しない人もそんなに珍しくはないんだ。だから呪奴隷も減らず。まぁ、ギルドは問題が解決しないから困ってるみたいだけどね」



 おおぉぉ……

 説明してもらったことを絶賛頭の中で整理中です。でもでも、つまりは《呪》をほっとく人が多いから呪奴隷が減らないってことかな?

 まって、そうそう…!



「そうだ! あと、呪奴隷村って?」

「あぁ。俺達みたいな《呪》持ちが住んでいる村だよ。基本的に、《呪》がある人はギルドで管理されてる。まぁ、普通に街で暮らしても良いんだけど…女神信仰をしてる人にバレたら面倒だしね。だから、《呪》持ちが自然と集まって村を作った。それが所謂呪奴隷村だね」

「なるほど… 呪奴隷村なんて言うから、すごい恐い所だと思ったよ」

「まぁ、見た目は至って普通の村だね」



 女神様と《呪》。

 今はもう、女神様はいないのかな?

 それとも、この世界の何処かには…いるのかな?



 ぐぅ。



 イクルに女神様のことをもっと聞きたくて、教えて貰おうとした瞬間。

 しかしそれは私のお腹の音に遮られた…!



「取り敢えず…ご飯にしようか」

「…………はい」

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