第14話 ひなみとイクル - 2
あ、すごい! 虹色の蝶々だ!
あっちにはうさぎが見える!
ああああ! なんだあれはっ! 鹿? 鹿なのかー!!?
「ひなみ様、そろそろ落ち着いて下さい…」
「あっ! ごめんごめん…」
乗り合いの馬車に揺られておよそ30分…くらいかな? 私は街の外の景色が綺麗で、動物もたくさんいて、声には出さなかったけれど体が大分動いてしまっていた。うぅ、恥ずかしいです。
2頭の馬が引くこの馬車は、木で出来た3列程度の簡単な座るスペースがつけられている。けれど、椅子などはないので乗り心地はあまり良くない。モーは馬車に引かれ、同じ速度で走っている。以外にすばやい動きで驚いたよ…!牛はゆっくり歩くと思ってたけど、モーはとても早く走る様です。
一番後ろに座る私とイクルの前には、3人組の冒険者パーティが乗っている。強そうな大柄の男性は剣士なのだろうか? 背中に大きな剣を背負っている。短髪で、日に焼けた肌は戦っている男! という感じです。私には重くて着れそうにない防具も、それを増長させているんだろう。しかし寝ています。それから、ローブを着ている男性。魔法使いなのかなぁ…? 武器は見当たらず、本を一冊腰に下げていた。綺麗なハニーブロンドの髪に細長い睫毛。スタイルも良くて、まるで外国人モデルのよう。けど、やっぱり寝ています。最後の1人は弓を持っている女性だった。ボブカットにした桃色の髪が可愛い、猫耳がついた獣人さん。揺れる尻尾と、たまに動く耳がとても柔らかそうで手が伸びそうになってしまいます。あ、この方は起きてますね!
「すごい良い景色だったから、テンション上がっちゃったよ!」
「…そうですか、それは良かったです」
「うん。綺麗な景色は、心が癒されますなぁー」
私は大きく深呼吸をして、小さくなった街を見る。
またすぐに来るからね、まっててね!!
「元気でいいねぇっ!」
「えっ…?」
不意に掛けられた言葉に、私は振り向く。
ちょうど街を見るために後ろを向いていた私に声を掛けてきたのは、猫耳のお姉さんだった。にこりと笑って、「晴れてよかったね」と話し掛けてくれた。
「あ、はい!晴れているので遠くまで見えて…すごいです」
「うんうん。雨だと憂鬱になっちゃうもんね」
お姉さんの言葉に同意し、私は頷く。
「冒険者さん…ですか?」
「ん? そうだよ。冒険者志望さんかな?」
「あ、一応冒険者です」
私がそう伝えれば、お姉さんよりイクルが驚いていた気がする。そういえば、私のこともあまり伝えていなかった…! 家に着いたらしっかり自己紹介をしなければなりません。
「そうだったんだ。全然気付かなかったよ、ごめんね」
「いいえ。なんというか、身分証が欲しかったのが1番の理由ですし」
「あーなるほどね。そういった点は便利だし、ギルドに所属すれば情報も手に入りやすいからね。登録だけしている人も多いしー」
「えっ! そうなんですか??」
私のように、身分証を目当て…? で登録をする人もいるようだ。ギルドのことをあまり詳しく知らない私としては、同じ目的の人がいてなんだか安心した。
それにしても…やっぱり情報はギルドが集まりやすいのだろうか。私はまだこの世界に疎いし、街に行った際はギルドを覗いてみるのも良いかもしれない。
「あ、あのっ! 冒険者って、具体的にはどんなことをしているんですか?」
「あぁ…あんまり詳しくは知らないのね。じゃぁ教えてあげる!」
「わ! ありがとうございますっ」
「うん。ギルドはね、私の様な冒険者の拠点となる場所よ。冒険者になりたい人がギルドで冒険者登録をして冒険者になるの。そうすると、ギルドから支援や情報をられるようになるの。ギルドはこの〈レティスリール〉のどの国にもあって、それでいてどの国にも属さない中立の立場なの」
「中立…?」
「そうよ。だからギルドに登録している冒険者は、他の大陸に行くのに必要な面倒な手続きも不要なの。ギルドカードを国境で提示すれば、ギルドが処理してくれるからね」
おぉぉ…それは、便利です。
私は教えて貰ったことを忘れないように頭で整理しながら、お姉さんに色々と教えてもらった。この世界でギルドというものは、私が考えていたよりも大きいものだったようだ。
ギルドは、この世界〈レティスリール〉全土に広がっている組織である。
どこかの国に属することは無く、その立ち居地は常に“中立”である。
ギルドに冒険者として所属するには2つの条件がある。
1つ、年齢が10歳を満たしていること。
2つ、犯罪歴がないこと。
冒険者としてギルドに所属をすると、ギルドの設備を利用することが出来る。
依頼…受けることも、発行することも可能。依頼には、ギルドからの依頼の他に一般からの依頼や時には国からの依頼もあるそうだ。ギルドからの依頼は、常時必要なアイテムの収集。それと魔物の討伐。一般からの依頼は、護衛であったり、収集であったり、何かの手伝いがあったりと様々なようだ。
売買…魔物が落とした素材などのアイテムをすぐに買い取ってくれる。相場は地域により異なるが、他の買取の店とは違い、買取不可素材が無いという利点がある。
勉強会…座学と技術の2つがある。所属する冒険者に限り、ギルドが定期的に開催する勉強会に参加が出来る。座学は一般的な冒険者知識、薬草の種類や、貴重なアイテム。魔物の生態を教えて貰える。技術は冒険者が戦闘の仕方を教授するもので、駆け出しの冒険者がよく受ける。
情報…ギルドには様々な情報が集まる。ギルド内の掲示板に張り紙で知らされている情報や、職員からも色々話を聞くことが可能。特に、魔物の動きに関しては安全面のこともあり詳細に把握をしている。
なるほど…。頭の中で反芻し、忘れないようにしなければ。
でも、勉強会を開いてくれているのは嬉しいかも… 今度参加してみようかな…? 薬草の話とかも聞けそうだし! うん、そうしよう。
「これは最低限の設備だから、これ以外にも、ギルドによって様々なことをやっているから、新しいギルドを見つけたら顔を出してみるといいよん」
「はい!」
「あとは、冒険者についてだね! これは割りと自由だからなぁ…」
「自由?」
「うん。冒険者は、基本的に何かをしなければいけないっていう、義務はないからね。私達のパーティみたいに、魔物と戦う冒険者もいれば…魔術が好きで研究方面に進んで戦わない冒険者だっているんだよ。あと…多いのは薬術師ね」
「!」
やっぱり多い薬術師!私みたいな人がいっぱいいるんだなぁ。私が“薬術師”という言葉に反応したのに気付いたのか、お姉さんが「薬術師さん?」と私に聞いてきた。
「あ、一応…」
「そっかそっか。薬術師は誰にでもなれるし、
「回復術師?」
「そう。癒しの魔法を使って、怪我を治す職業だね。割と珍しい魔法で、使える人は少ないんだよね。だから、うちのパーティにも回復術師はいないんだ」
なるほど…珍しい職業なんですね。回復術師か…薬術師より格好良いです。魔法で治せるなら
「っと、そろそろ分かれ道ね。私達はこののまま次の街へいくけど、あなたは?」
「あ、私達はここで下りるんです~」
「そっか。じゃぁお別れだね…! 頑張ってね、駆け出し冒険者さん」
「はい! 色々教えていただいてありがとうございます!」
止まったのを確認し、私とイクルは馬車を降りる。バランスを崩さないようにしっかりと地面に足をつけて、確実に。いや、別に、私…何も無いところで転んだりする様な人ではないですよ?
私達とは反対方面へ行く馬車へ手を振り、「ありがとう」とお姉さんへ叫ぶ。そういえば、他の2人とは話せなかったや…まぁ、寝てた? みたいだから仕方が無い。なんだか、会う人会う人良い人ばかりで嬉しくなってしまいます。
「さ、行きましょうかひなみ様」
「うん。頑張って家を目指そう!」
森までの道を歩きながら、私は辺りをきょろきょろ見渡す。現在歩いているところは、草原。心地よい風が吹いていて、私の頬をそっと撫でていく。
「そうだっ! 何か珍しい薬草とか、お花とか、途中にあったら摘んで行くから何かあったら教えて?」
「はい、わかりました」
「…むぅ」
「?」
ぐぬぬ。この、イクルのしゃべり方は普段から敬語なの?それとも私だから敬語で話してくれてるの? いや、きっと私だから敬語だよね? 出来れば素で話して欲しいんだけど…イクルは線が細くてイケメンだから、普段からこの喋り方でもあまり違和感はないのだけれど…どうだろう。
「ねぇ、イクルのしゃべり方って素なの? それとも私に敬語でしゃべってるの?」
「え……」
「あ! 目をそらした! やっぱり敬語でしゃべってたんですね!」
私の視線から逃れるように背けられた顔が、正解を教えてくれた。これはまた、勝負をしなければっ! もちろん、私とイクルのガンコ勝負ですよ。
じぃっと睨んで、イクルが敬語をやめるまで睨み続ける大技です。イクルが目をそらせば私の勝ち。私が目をそらせばイクルの勝ち。ちなみに実はこれ、カウンター技があります。その名もスキル《
昔妹と譲れない戦いが勃発して、睨み合いをしていたときに私が掛けられた技です。見事にそれを食らった私は妹にテレビのチャンネルを譲ったのです…。
「……」
「……えと」
「……じいぃぃ」
「……わかった、敬語は止めるよ」
「よし、勝った…!」
3分間で私の勝利が確定した。イクルは睨み合いに慣れていないみたい。いや、普通はそんなことに慣れたりはしないのか…。
とにもかくにも、これでなんとなくいい方向に行ったのではないかな、と思う私は安易でしょうか。でもまぁ、2日目だし上出来! ということにしよう。
それからはイクルとたわいも無い雑談をしながら歩いていった。というか、イクルに「何で家に帰れないんだ…」と呆れられた感のほうが大きい。あれ、私迷子だと思われてる? よく女は地図を読むのが苦手といいますけどね、私は……はい、苦手でした。
それから10分少し歩けば森の入り口が見た。家まであと少しです。
「そういえば、家は迷いの森にあるんだっけ。道は分かるの?」
「えっ…?」
「え…?」
えっ…?
思わずぱちぱちと瞬きをしてしまう。そうかそうか、家の位置か…! とりあえず森に入れば良いんだと思っていました。なんということでしょう。馬鹿なのか私は…!!
「いや、大丈夫。迷いの森まで行けば、私の家は近いよ!」
「……まぁ、ひなみ様がそう言うならいいよ。魔道具がなくてもこの森ならなんとかなるし、このまま進もう」
「うん。大丈夫だから、まかせて!」
私にはきちんと私なりの勝算があるんですよ。
シアちゃんが、普通の森から私の家までハード・ウルフに追われてきた。つまり、距離的にそんなに遠くないという計算です! だって戦いながらそんな遠い距離を逃げれるわけ無いもん。結構近いと思うのです。
私達は森へ足を踏み入れ、イクル・モー・私の順番で進んで行く。初心者が鍛錬するのに丁度良い森だからか、比較的に歩きやすい道なき道。それに加え、イクルが歩きやすいように木の枝を避けておいてくれたり、地面をならしながら進んでくれていた。イクルには手間になって申し訳ないが、とっても助かります。
「ひなみ様、前方…もう少し進んだところにうさぎと鶏がいるから。特に襲ってこないからそのまま横を通るよ」
「おぉ…うさぎ! 鶏は家で飼ってるんだよ」
「そうなんだ? この森には多いからね」
でもでも…私の視界にはうさぎも鶏もいないんだけどな…? イクルは視力が悪いのではなかっただろうか…? 何故見えるのだ…。
と、30メートル程進んだら私にも見えた。小さく、うさぎと鶏が。
「…ねぇイクル、なんであんな遠くのうさぎが見えるの?」
「あぁ…探索魔法だよ。俺は風魔法が使えるんだ」
「えええぇぇ!? そうだったの!?」
「別に、そうんなに驚くことじゃないだろ…?」
「いやいやいや。知らなかったもん、ビックリだよ!」
そうか、魔法が使えたんだイクル。というか、魔法はこの世界でどうなんだろう? 皆使えるんだろうか…? 実はほとんどの人が使えて、使えない人が珍しいとか…?
「魔法って、珍しくないの…?」
「まぁ、殆どの人が使えるんじゃない? けど、きちんと有効的に使えるひとはそこまで多くないけどね」
「へぇ…練習しないと上達しないってこと?」
「そうだよ」
「ってことは、イクルはすごい部類!?」
「まさか。せいぜい探索が出来るくらいだよ。まぁ、便利だからいいけどね」
なんだ、攻撃魔法とかそういう派手なのは無いんだ。いや、別に残念というわけではなく、ちょっと見たかったなーとか、使えたらカッコイイのになーとか、そんな感じ。
でもあれだよね、シアちゃんもそうだけど、魔法は詠唱がいるんだよね。私が使うスキルはいらないから良いけど、あれはちょっと恥ずかしい。
そんなことを考えていたら、うさぎと鶏のところまで歩いてきて、そのまま通り過ぎる。家に迎えてあげたいけど、今はモーもいるからつれて帰れないのっ! また今度きっと会いにくるからまっててね…!と、うさぎと鶏を見送る。うさぎ飼いたいです。だってもふもふ可愛いです。
「あ、ハード・ウルフが1匹向かってくる」
「ええぅぇっ!?」
「ちょ、どっから出したのその声…」
イクルが告げた通り、前からこちらに向かって走ってくるのはハード・ウルフ。やばいやばい、やばいよ!
「イクル、逃げなきゃ…!」
「え? 大丈夫だよ、俺が倒すから」
「はっ…! そうだ、イクルは戦えるんだ…! でもでも、強そうだよ!?」
確かに護衛としてイクルと契約をした訳ですが、本当に戦闘となるとやっぱり恐いし、倒しちゃって! なんて言えるわけも無い訳でー!!!
と、私がおろおろしていたらイクルも向かってくるハード・ウルフへと1歩足を踏み出した。そのまま右手に持った棍をくるりと1回転させて、下からハード・ウルフを突き上げた。その流れるような綺麗な動作に感嘆の声を上げてしまう。
後ろに飛ばされたハード・ウルフは木に激突をして、そのまま消滅し…牙と毛皮が落ちた。
「え…一撃!?」
「だって、雑魚だよ?」
「ぽかーん」
思わず口でぽかーんって言っちゃったよ! イクルこんなに強かったの?というか、あの狼雑魚なの? なんなの? もうわからないよ…! でもでも、無事で良かったよ。
私はイクルへと駆け寄ろうと、モーの前に出たところでイクルから声が掛かる。
「止まって…! アイツがいる…」
「えっ…?」
イクルは私を制止するように右手を出して、静かにする様促した。
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