第13話 ひなみとイクル - 1

 朝、私はノックの音で目を覚ました。

 控えめに鳴るその音は心地よくて、私は再度目を閉じ、夢へ身を投げる…ところだった。その、イクルの声を聞くまでは。



「ひなみ様、そろそろ朝食に行かないと出発の時間が遅くなってしまいますよ」

「うー… わかった、すぐ起きる! 部屋で待ってて」

「あ、はい」



 そうだった。すっかり1人気分が板についていて、昨日からイクルが一緒だったことを忘れてた…! もう1人じゃないんだ。なんだか緊張するね。

 そして昨日、お風呂に入ろうと思ったら…無かった! なるほど、シアちゃんが家のお風呂に驚いていたのも頷けます。ちなみにフロントのおばちゃんにお湯を貰って体を拭きました。



 私はイクルに準備をする旨を伝え、硬くなった体を背伸でほぐしていく。そして枕元に置いておいた交換日記を開く。

 昨日、【《呪》の消滅】 1,000,000,000 というとんでもない項目が追加されていたのだ。何だろう、私は《呪》を無くさなければいけないんだろうか。出来ることならばもちろんしたいが、正直私のような小娘が出来ることではないわけで。それとなーく…神様に日記で聞いてみたのだ。「《呪》の消滅は、私にも出来るようなことなんですか?」と。





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 ひな、後でお仕置きだからね?


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 えっ…!?

 とりあえず《呪》と呪奴隷に関しての返事を確認する。いや、何も無い…! というか、お仕置きって…? なんだろう…私、神様を怒らせちゃったのかな…?

 どうしよう、恐い。お仕置きが恐いんじゃなくて、神様を怒らせることをしてしまったことが、恐い。でも、理由が分からない。…呪奴隷と契約をしたから、かな…?やっぱり、私が知っている奴隷とは違うとは言え、契約なんてするんじゃなかった…!!



 どうしよう…どうしたらいい…?



「神様… わたし、私……」



 神様に嫌われたら、嫌だよ…!

 ぎゅっと交換日記を抱きしめながら、ベッドの上で丸くなった。恐くて震えて、目じりに涙がたまる。



「そうだ…! とりあえず、返事を…っ!」



 神様に、何か…伝えないと…! 何を書けば良いか分からないけど、伝えないと!

 私は日記を開いて、文字を書こうとペンを手に取り…瞬間、大粒の涙がこぼれた。





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 ひな、後でお仕置きだからね?


 なんてね! びっくりしちゃった? ごめんね。

 ひなが男の呪奴隷と契約なんてするから、ちょっと意地悪しちゃった。

 僕だって男だからね、嫉妬しちゃうよ。

 まぁ、呪奴隷だから仕方ないけどさ…僕以外の男に靡いちゃ駄目だから、気をつけてね。


 そうそう、あと呪奴隷について聞きたいんだったよね。

 それと新しく増えた【《呪》の消滅】だね。これは、《呪》を持つ全てのものから《呪》が消えて始めて達成されたとみなされる…とても難しいミッションだね! 

 つまり、呪奴隷と呪持ちの人が1人もいなくなれば達成だね。すぐには無理でも、ひなならきっと達成できるよ。《呪》がどのように全員から消えたかは特に問わないから、ひななりに頑張ってごらん。

 本当はもっとヒントをあげたいんだけど…あまり甘やかしてばっかりも、ね?


 - - - - - - -





「あ…っ、うぅ…びっくりした… 神様…!」



 嫌われたわけではなかったんだ…良かったあぁ…!

 安心したら涙がでちゃったよ…!!自分の目をごしごし擦って、涙を拭う。安心したからか、力が抜けてぐったりとベッドに倒れこむ。



「はうぁー…」



 大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。そしてイクルを待たせていたことを思い出した。いけない…すぐに準備をしないと。慌ててリュックから着替えを出して、ブラウスに手を通す。膝丈の柔らかい生地のスカートはお気に入りだ。…森に入るのは分かっているけど、可愛い服しかないので仕方が無い。さっと着替えて、部屋のドアを開けると、そこにはイクルがいた。



「わっ! 何でここに! まぁいいか、おはようイクル」

「出てくる気配がしたので。……おはようございます、ひなみ様」

「じゃぁ、ご飯食べに行こう! お腹すいたね」

「はい」



 なんだか若干、イクルの視線が痛いような。もしかして、目が赤いのかな…? それだとちょっと恥ずかしい。2人で仲良く階段を下りて食堂へと向かう。そしてその途中で、はたと気付く。

 イクルの着替えとか、そういうの無い…! そうです、すっかり忘れていました。イクルが昨日と同じ服じゃなかったら阿呆な私では気付かなかったかもしれない。家に帰る前にイクルの生活雑貨とか…他にも少し買い物をしよう。

 1階の奥にある食堂に着き、私とイクルはそれぞれ朝食に手をつける。少しずつ食べながら、私はイクルの様子を伺う。

 うすい黄緑色の髪はさらさらとしていて、思わず手を伸ばしたくなってしまうほど。女の子としては、大変羨ましく思います。…でも、お手入れはどうしていたんだろうか? 一応呪奴隷という売り物だから手入れをしてくれる…? うぅん、微妙です。それともイクルはそういう体質なんだろうか? シャンプーとかそんなに必要じゃない…みたいな? そうであれば羨ましいどころではないです。それから目は…濃い緑。そうそう、最初この目に見惚れちゃったよ。これが眼福っていうやつなんですかね。



「…どうしました?」

「あ…ごめんね、ガン見しちゃったね」

「いえ」

「イクルの服とか買って帰らないとと思って」



 瞬間、イクルがきょとんとする。

 まさか、まさか…?



「ねぇイクル。私ずっと1人で森に住んでたから呪奴隷を一般的にどう扱うか知らないんだけど…実際はどうなの?」

「そうですね… 呪奴隷は、ご主人様の命令には従います。基本的に、食事を一緒にすることもないですし、宿も呪奴隷部屋という呪奴隷のみの部屋があります。服であれば…たまに買い与えますが、その他何か買い与えるということはあまりありません」

「皆そうなの?」

「いえ…ひなみ様の様な方もいるそうです」

「あ、そうなんだ!」



 どうやら酷い扱いをするような主人ばかりではないと聞き、少しだけ安心した。でもきっと、珍しい部類には入る割合なんだろうな。



「ただ、呪奴隷の使用用途にもよります。労働力として使われる呪奴隷は最低限が基本です。しかし、主人と共に街を歩く呪奴隷などは身なりだけは良い…というのは良く聞きます。それから…性呪奴隷は主人の趣味によって多種多様ですね。基本的に着飾られることが多いようですが」

「なるほどねー」



 しかし、身なりだけ・・良いっていうのは嫌な感じだね。

 こういう話を色々聞いてしまうと、ずっと森で平和に暮らしていたかったとさえ思ってしまう。いや、それでも独りは寂しいか。

 私は最後の一切れになったパンを口に入れ、ミルクを全て飲み干す。



「《呪》の消滅…したいなぁ」

「え?」



 思わず、私の口から消滅の一言がもれ、聞き返すイクルに慌てて首を振る。

 最終的に出来たら良いが、今の私には不可能です。でも、でも…きっと強くなって《呪》なんてなくしてやる! と、私は意気込むのです。







 ◇ ◇ ◇



「わー! 何この子! 可愛い!!!」

「あぁ…“モー”ですね」

「もー…?」



 私とイクルは、市場へと来ていた。

 イクルの服も買ったのだが、どうせ森の中を通って汚れるからと、今は最初から来ていたぼろい服をまだ着ている。ちなみに鞄も1つ買い、そこに市場で買ったものを入れて持って変える予定だ。私だけでは重いものは無理だが、イクルならなんでもいける気がするよ…!



「モーは、ミルクを出す動物です。1メートルから、大きくても2メートル程度までしか成長しません」

「へぇー…」



 牛? ねぇ、牛のことなの? もーって牛の鳴き声だよね? というか見た目も牛だよね。

 いや、何も言うまい。分かりやすくて良いではないですか、うん。

 でも家で牛乳が飲めたらいいよねー飼いたいな。でもさすがに牛のお世話なんて難しいだろうなぁ…って、この牛…もといモーは売り物なのか!

 てっきりミルクを売っているのかと思ったら、値札はモーにつけられていた。私が見ているのは1メートルほどの小さいモー。そこには5,000リルと書かれていた。



「え、安い…?」



 思わず口に出してしまった。安いのか良く分からないが、イクルがモーの相場通りですと教えてくれた。でも5,000リルなら欲しくなってしまうね…うーん。



「モーが気になりますか?」

「あっ! …はい」

「ふふ。モーは、美味しいミルクが出ますし、解体してお肉にすることも出来ますよ。それに、草食なので大人しいです。草であれば、餌はなんでも大丈夫なので育てやすいですよ」



 商人のお姉さんが私に話しかけて説明をしてくれた。

 そうか、ミルクの他にお肉にもなるんだ。でもまぁ…解体なんて可哀想で出来ないよ…! とりあえずミルクの為に欲しいところだけど…つれて帰るのは無理だなぁ。



「買うんですか?」

「ん、欲しいけど…さすがにこれは家に持って帰れないよ。大きいもん」

「モーなら自分で歩けますし、今から行く森なら強い魔物もいないのでつれて帰ることも可能ですよ」

「えっ! そうなの!? じゃぁ買う!!」



 イクルの言葉を聞き、私は即決で購入を決めた。

 お姉さんに代金を払い、私はるんるん気分でモーを連れ歩く。大変大人しく、手綱を引く私の横をしっかりと歩いてくれている。さらにその後ろをイクルがついて歩く。




「ねぇ、イクル! 買うものはこれくらいでいいかなぁ?」

「そうですね、良いんじゃないですか?」



 ふむぅ。

 私が市場で購入した物…。モーがいるので、他はあまり買っていない。



 イクルの服など 2,000リル

 モー 5,000リル

 食器類 200リル

 食用のお肉 300リル

 魔力石 15,000リル


 合計 22,900リル



 ちなみにこの魔力石、深海の回復薬マリン・ポーションの材料になる。見たときもしや!?と思い、商人に聞いたところ材料になる石だと教えてくれた。イクルも知識としては知っていたようで、間違いないと言ってくれたので購入をした。

 使い方はいまいち分からないが、これで一歩前進です。





「ひなみ様、森への行き方ですが…途中まで乗り合い馬車が出ているのでそれに乗るか、歩くかの2択です」

「乗ります!」

「分かりました。あ、そういえば…ポーションは持ってますか? 俺はあの程度の森であれば問題はないですが、もしひなみ様が怪我をされるといけないので、1つはお持ちになったほうが良いですよ」

「あー…」



 全部売ってしまったよ。

 でも、自分の回復薬ポーションしかしらないから、他の人が作ったポーションを買うのもいいかもしれないね! ポジティブは大事だよ!

 私はイクルに「分かった」と伝え、近くで回復薬ポーションを売っている商人へ声を掛けた。布を地面に敷き、その上にはポーションが無造作に置かれていた。私のものとは違い、いびつな瓶に入っている緑の液体。やっぱり、私みたいな瓶は特殊なんですね。



「へいらっしゃい! お手製の、効果抜群ポーションだ!」

「えっと…2つ下さい」

「まいど!1つ500リルだから…1,000リルね」



 私がクレフさんに買い取って貰った値段より200リルも安い…!

 受け取ったポーションを見れば、若干にごった緑色。シアちゃんの回復薬ポーションは不味いという言葉が私の中をめぐっていく。そしてあの不味かった魔力回復薬マナ・ポーションの味を思い出して吐き気を感じる。いや、飲む前からあきらめてはいけません! …これは美味しいかもしれないしね!



 そのまま乗り合い馬車へと向かう途中、市場で売っている回復薬ポーションをちらほら見る。やっぱりどれもいびつな瓶に入れられている。中には、大きな器に液体を入れられている物もあった。どうやら購入者が瓶を持参し、それに入れる方式の様だ。



「わ、イクル! あのポーション300リルだって!安い…!」

「あぁ… きっと効果が薄いんですね。回復薬ポーションは薬術師の腕によって大きく左右されますからね」

「そうみたいだね。でも、実は詳しく知らなくて…」

回復薬ポーションの効果は、見た目に見える傷と、ステータス画面上のHPとMPを癒すことが出来ます。一般的に、ポーションは傷を癒しHPを10~1,000回復。ガーネットはさらに大きい傷をも癒しHPを1,500~3,000回復。マナはMPを10~500、マリンはMPを1,000~2,000回復するとされていますね」

「ばらつき激しいね…」



 でも、そうか。薬術師の腕前でそんなに差が出るとは思っていなかったよ。

 私のHPは30、MPは45…ということは、あれ? 私ってこの世界の人の平均値より全然低い…のかな? だってポーションでHPが1,000も回復するのに、私30って…むむん。

 そういえば、イクルのステータスってどうなんだろうか…? でも、こういったのを人に聞くのは良くないね! ギルドの人も言ってたし。我慢です。



「どうしました?」

「あ、ううん。私も一応薬術師なのに、HPとかMPのことも含め何も知らないなぁって」

「HPは生命力ですよ。多いと死ににくくなります。MPは魔力のことで、魔法を使うと減っていきます。というか、ひなみ様は薬術師だったんですか?」

「そうだよー」



 少し驚いたイクルだったが、すぐに表情は普通にもどった。「常識無いって言ったでしょ?」とイクルに笑いながら、進んで行く。

 そしてさらっとイクルの説明してくれたHPとMP。魔力はやっぱり魔法を使うのに必要なんだね…まぁ魔法スキルないですけどね!HPは生命力なのか。まぁ、きっと多いにこしたことはないんだろう。と、思うのです。



「まぁ、確かに知識のない残念な薬術師の人もいますけど… ひなみ様は何故薬術師に?」

「ん? 適性があったからなんとなくかなぁ…あはは」

「適性が…? 珍しいですね」



 ん? 珍しい??



「薬術師はいっぱいいるって聞いたけど」

「ええ、薬術師はたくさんいますよ。ただ、適性がある人はあまりいない職業なんです。薬術師は、適性が無くてもなれますからね。ただ…適性も無く、いい加減な方がおおいので一般における薬術師はあまり良い印象ではないんです」



 なんという新事実でしょうか。

 そうかそうか…薬術師の世間様の認識は厳しいんですね…? でも、その割りに回復薬ポーションを売っている人は市場にそこそこ居たんだけどな。あ、そうか…基本的に買うのは冒険者だから、一般の人はあまり縁がないのかもしれない。

 シアちゃんからチラッと聞いたが、冒険者は腕を上げればそれなりに良い稼ぎになるらしいし。そうでもないと、こんな値段の高い回復薬ポーションなんて使えないもんね。



「……ねぇ、家に着いたら色々教えてもらってもいいかな…?」

「もちろんです」

「ありがと!」



 イクルの返事に満足しつつ、前を見れば城門と、その横に馬車の乗り合い所が見えた。

 どうやらこの馬車は、森に行く道の途中まで行くようで、馬車に2時間乗り、そこから森まで徒歩で30分程度だそうだ。ちなみに料金は一人200リル。



 さぁ、我が家に向けて出発だよ!!

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