第11話 呪奴隷市場 - 1

 私は市場の少し奥まった通りを歩いていた。ここは“呪奴隷との従事契約斡旋所”…通称〈呪奴隷市場〉と呼ばれる、呪奴隷を専門に扱う業者の多い通りだ。売り方はさまざまで、牢屋みたいな檻に入れられている人もいれば、普通に店主と一緒に座っている人もいる。

 また…呪奴隷は、この通り以外でも販売をしているという情報を耳に挟んだ。この通りを歩いてるときに、人がしゃべっていたのをたまたま耳で拾ったのだ。何でも、ここよりグレードの良い呪奴隷がそろっている“呪奴隷商館”という場所があるらしい。主に、貴族が買い付けるそうだ。



「けど…呪奴隷、多いんだなぁ」



 そこそこ長かった通りを歩ききり、私は来た道を振り返る。

 相場を見ようと思っていたが…思ったよりかなり、安く売られていた。安い呪奴隷は怪我などをしていて金貨7枚。それ以降は上限が無いため分からないが、平均すれば金貨で20枚程度だろうか? たった給料4か月分… それで、人が買えるのだ。いや、正確には5年間の契約。

 日本では、たとえ5年と言えど人の命はこんな風にやりとりはされない。呪奴隷とはいえ、奴隷と名の付く人を買う…契約するには、やはり抵抗がある。



 どうしようか。



 一応、金貨で10枚の資金はある。契約しようと思えば…安い呪奴隷ならば契約することが出来る。しかし呪奴隷をと契約する。私がその人を契約という名で縛るのか。

 私の…日本人としての、楠木ひなみとしてのアイデンティティとは何だったか。花を助けること? 両親に楽をさせてあげること? お金を稼ぐこと? 死なないこと? 生きること…?



 いいえ。

 私は、“笑顔でいること”を大事にしてきた。



 では、その為には何が必要なのか…?



 保障された生活。

 仲の良い友達。

 美味しいご飯。

 病気にならない健康な身体。

 趣味に没頭できる時間。



 いいえ。



 私が笑顔になれるのは、花が…家族が無事に生きてくれていること…

 神様に助けていただいたその命を、花が大切に生きてくれること。



 その為に、“助けてくれた神様へ恩返しをする”のが…今の私のアイデンティティだ。







 ◇ ◇ ◇



「ひなみ!」

「ひなみ殿!」



 まずは深呼吸。これから私は“呪奴隷と契約を行う”。

 私が自分の決意を胸に秘め…呪奴隷市場へ再度足を踏み入れようとしたところ、背後から声が聞こえた。透き通ったソプラノボイスと、低い重圧のある声。

 今ので若干決意が揺らいでしまった気がしなくも無いが、聞いたことのあるその声に少し嬉しくなり、不安が胸から少し消えた。



「アルフレッドさん、クレフさん…!」



 何故こんなところに? と思いつつ、2人の格好を見て仕事だということに気付く。2人ともしっかりとした作りの騎士服に身を包んでいた。見回りだろうか…? いや、見回りなら先ほど私に声を掛けてくれた兵士さんの様な人がやるのではないだろうか。



「なんで呪奴隷市場に? シアはどうしたんだ?」

「えと、急用が出来たそうです」

「ひなみがいるのに急用? ……そうか、あいつか」

「…?」



 何か思い当たることがあったのか、アルフレッドさんがため息を吐く。その後ろでクレフさんもやれやれと困った顔をしていた。いったい何なんだろうか。あいつ…? 疑問符を浮かべていた私に気付いたのか、アルフレッドさんが「婚約者だ」と教えてくれた。

 なんと、シアちゃんには婚約者がいると…! いや、まぁ…貴族ならそんなものなんだろうか。日本で彼氏もおらず働いてたばかりの私には無縁だ…。ということは、シアちゃんは婚約者に会いに行ったのかな? うん、それじゃぁ急用もしかたないね。



「すまないな、ひなみ。婚約者は公爵でな…シアは強く断れないんだ」

「えっ! 嬉しくて行ったんじゃなくて?」

「さぁな。俺は…あいつは嫌いだ」



 あれ、これは極度のシスコンってやつかな? やきもちだよね? アルフレッドさん、もしかしたら私より重症なのかもしれないです。

 それよりも心配なのはシアちゃんだ。婚約者がどんな人かは知らないけど…相思相愛ではなくて公爵である地位を利用してシアちゃんを呼び出したりしていたら嫌だな。…今度それとなく聞いてみよう。だって、友達だから…!



「もしかして、ひなみ殿は1人で帰るつもりだったか? 私もシアが一緒だと思い帰りの手配をしておらず…すまないな」

「あ、いえいえ…! そんな気にしないで下さい!」

「子供が遠慮をするものではないよ。それとも、ひなみ殿は森に1人で住んでいるんだったな。帰るのなど訳もない…か?」

「いえいえいえ、まったく帰れないです! あっ…」



 思わず本音が出た。恥ずかしい…。クレフさんがにやりと笑いながら、「うちの子が無理やりつれてきてすまない」と謝ってくれた。そしてまじまじと私を観察するように見て、私がここにいる理由も察してくれたようだ。帰れないから、護衛に奴隷を買おうとしていること。

 なんだか私はいけないことをしている気になり、恥ずかしく視線を下に落とし顔を背けた。なんだか親に見られてはいけないところを見られてしまった子供のようだ。

 クレフさんが私を撫でてくれて、「大丈夫」と言ってくれた。



「確かに、護衛に呪奴隷と契約をする人は多い。むしろ、当たり前だ。シアにつけているキルトも、護衛の呪奴隷だ」

「えっ… そうなんですか?」

「ああ。まぁ、一般階級の者は値段が高いこともありほとんど契約しないが、貴族や冒険者は契約する者も多い」



 なんとなく、ギルドで聞いたときは信じられなかったがクレフさんに言われると納得してしまう。これが騎士の貫禄というやつなんだろうか…?

 というか、キルト君呪奴隷だったんだ。全然しらなかったよ… 確かに、シアちゃんに付きっ切りで、私とシアちゃんの話にも口を挟んだりはしなかった。従順な付き人…的な人だと思っていました。



「私は騎士だからな。ひなみ殿が戦闘に向いていないことくらい、一目で分かるよ」

「あ…そうですよね」

「今後、森に住み続けて街と行き来をしたいのであれば護衛はいた方が良い。それか、街で暮らすのも良いと思うが。ひなみ殿はまだ子供だ…森よりは危険も少ないだろう」



 ちょっと自分の筋肉が無い腕を見つつ、騎士でなくてもすぐに分かりそうだなと思ったのは内緒です。

 取り敢えず…私の生活環境がキーポイントだ。しかし、あの家は捨てられないのだ。だって、神様のくれた私の家。それに、2年住んだ愛着だってあるんです。加えて快適、可愛い。あとは食材があれば文句なしですね。



「えっと… 街にも家は欲しいんですけど…今住んでいる家は大切なので手放せないです」

「そうか。ならば、護衛として呪奴隷と契約をしておいた方が安全だろう。森を1人で抜けるのは、大変だ」

「そうですね。アドバイスありがとうございます」



 クレフさんの優しい言葉に、なんだか呪奴隷と契約をしようとしていた罪悪感の様なものが少なくなった気がした。お父さんみたいに、なんだかあったかくて気恥ずかしい。



「ひなみ…お前、戦えないのか? 迷いの森に1人で住んでるからすごい奴だと思ってた…」

「アルフレッドさん…私を何だと思ってるんですか。確かに、森には住んでいますけど…普通の女の子ですよ」

「あー…そういえば、シュトラインのことも恐がっていたな」

「しゅとらいん…?」

「俺のドラゴンだ」



 聞いたことの無いお洒落な名前…と、思いきや。どうやら私がここに来るまでに乗ったドラゴンだった様だ。シュトラインって言う名前なんだ…。なんだかドラゴンに名前負けをした気がするよ? うん、気のせい。



「ひなみは家までシュトラインで俺が送って行く」

「えっ…!」



 アルフレッドの嬉しいはずの申し出に、ぎくりとする。嬉しいのか困ったのか微妙な表情の私を見てアルフレッドさんがにやりと笑った。



「あぁ、シュトラインが恐いから乗れない…か」

「うぅ…」



 困ったようにうな垂れ、まったくその通りなので反論が…出来ない。いや、乗せてもらってさっと帰りたい…!そして森のお家に帰りたい。それで落ち着いてポイントがたまったらまた街に来て回復薬ポーションを売って家を買うんだ…!



 ん?



 あれ。

 送ってもらって家に帰ったとします。



 次に街にはどうやってくれば良いんだ…?



「こら、アル。女性には優しくしなさい?」

「分かってるよ… 冗談だ、ひなみ。すまないな」



 思案しつつ困っている私に、クレフさんがアルフレッドさんを叱りフォローを入れてくれた。アルフレッドさんもそれに素直に頷き、私に謝罪をしてくれた。さすが貴族です…普通この年の男の子ならこんなに礼儀正しくないよね…!



「よく考えたら、私…送ってもらって帰ってもどっちみち1人で街に来れないです…」

「「あ…!」」



 どうやら2人ともどこまで考えてはいなかったようで、間の抜けた声が重なった。さすがは親子、ぴったりのハモリです。アルフレッドが困った顔で悩みつつ、私へ目配せをしてくる。



「今日送るのは出来るが、さすがに迎えにはいけないぞ?」

「いやいやいや、そんなのわかってますよ…!」

「でもシアがひなみを気に入っているから、もう会えないのも可哀想だ」



 なんだかアルフレッドさんが本気で悩みだしてしまったような気がする。

 けど…ということは、私はちゃんとシアちゃんの友達として認識して貰えているんだと嬉しくなる。でもそうなると…街へ行くためには奴隷が必要…ということになる。私はちらりと奴隷市場へ視線だけ向ける。2人に会ったから、若干気持ちが落ち着かない。

 あぁ…どうしよう。本当に、奴隷を…買う?



「そうだ、ひなみ。帰りはどうする?」

「あ… いえ、呪奴隷と…契約をして、護衛をしてもらいます。正直、ドラゴンがちょっと恐いです」

「そうか。ひなみ殿にはそれが良いだろう」



 アルフレッドさんの非常に有難い申し出を断り、私は呪奴隷と契約する決意をする。クレフさんが賛同してくれたことも、理由の1つにはなる。呪奴隷を買ったら、蔑んだ目で見られるのではないかとか、人間としてどうなのかとか…そういった不安をぬぐってくれたように思います。しかし実際は“買う”ではなく“契約”なので、日本的にはバイトのような…いや、違うか。



 大丈夫、私は呪奴隷を奴隷のような…捨て駒のように扱う人間にはならない。人をモノの様に使う人には…ならない。

 うん、大丈夫。この世界の呪奴隷は、地球にいた奴隷とは違うのだから。



「と、そろそろ戻らねば。ひなみ殿、たいしたもてなしも出来ずにすまないな。また来ることがあれば是非訪ねて来てくれ」

「はい。ありがとうございます、クレフさん」

「何か困ったことがあれば俺に言え。ひなみはシアの恩人で友人だからな、助けてやる」

「アルフレッドさん…ありがとうございます」



 2人と挨拶を交わし、市場を後にする後姿を見送る。

 優しい、私がこの世界で始めてあったシアちゃんの家族。

 でも本当、初めて会った人が優しい人で良かったよ…! でも、うん。貴族とかそういうのは慣れないから緊張してしまうね。あとは何だろう…そう、しゃべり方だ。なんだか逆らえない感じ…?気おされてしまうというか、なんというか。まぁ、日本人はわりと強く出れない性格だしね。仕方が無い…! たぶん。



 さてと…。

 勇気を再度出して、呪奴隷市場へと足を踏み入れます、です。







 ◇ ◇ ◇



「あの…呪奴隷と契約がしたいのですが」

「ん? 嬢ちゃんが、か?」

「はい……」



 私は通りをもう1週して、1人の呪奴隷商に声を掛けた。呪奴隷は皆檻に入れられており、決して待遇の良い呪奴隷商だとは思えなかった。しかし、私の手持ちは金貨10枚。家に帰り回復薬ポーションを売ればお金は出来るだろうか、その家に帰る手段なのだから致し方ない。他のもう少し待遇の良さそうな呪奴隷商では、正直金貨10枚では無理だ。

 私が選んだここの呪奴隷商は、下は金貨5枚…上は金貨で23枚の契約価格になっている。他の呪奴隷商と比べると少し安い。その分…怪我をしていたり呪奴隷に覇気がまったくない。



「何用の呪奴隷だい? 嬢ちゃんは…10ちょいかな? それだと性呪奴隷はまだ早いか! ハハ!」

「……私15歳です」

「えっ! まじか。すまんすまん、じゃぁお詫びもかねて飛び切りの性呪奴隷を…」

「違います! 欲しいのは護衛です!」



 どれだけひっぱるんだこの親父は…!

 体格の良い呪奴隷商のおじさんが、にかっと笑顔を向けてくる。呪奴隷商でもポジティブな人はいるものですね…。

 そして、すすめてきた性呪奴隷… うぅ、やっぱり呪奴隷をそういう・・・・目的で買う人もいるってことだよね。経験の無い私にはちょっとハードルが高いです。聞かなかったことにしておきます。



「冗談だ! そう怒るなよ、嬢ちゃん! 護衛なら、そこそこ腕っ節がないと駄目だな。こいつと、こいつと…それからこいつなんてどうだ?」

「むむ…」



 そう言っておじさんが檻に入った3人の呪奴隷を指差した。



 1人目は…10代後半くらいに見える男性。青色の髪は肩のしたまで伸ばされてぼさぼさになっている。顔は整っていて、恐らくそこそこイケメンというやつではないだろうか。若干こちらを睨んでいる…ような気がする。お値段は金貨20枚。



 2人目は…獣人? 猫耳のついた男の子だ。おそらく私と同い年かそれより少し下…に見える。短めにそろえられた髪から生えている耳は、茶色でとてもさわり心地が良さそうだ。まだ少年なので、可愛いというほうがしっくりくるかもしれない。ただ…左腕が無い。その為か、お値段は金貨5枚。



 3人目は…これまたイケメンの男性。1人めは格好良い系だったけど、こちらはジャニーズみたいな線の細い格好良い系。無造作に伸ばされた色素の薄い黄緑色の髪は、右に分け目があり長い前髪が左目を完全に隠していた。気力がないのか、その目はどこを見ているのか分からない。お値段は…金貨9枚?



 あれ… 3人目の人安くない?

 ちゃんと腕もあるし…怪我は見受けられない。それに見た目も悪いわけではない。いや、むしろ良い部類に入るのではないだろうか…?



 さて…どうしよう。

 私の前には、檻に入った3人の呪奴隷。緊張から高鳴る胸が耳鳴りのように、私を支配して行く。私が選んで、人と契約をするなんて。今までの生活からは想像できないですね。



 でも、この世界で生きていくと決めたのだ。

 私はしっかりと、3人の呪奴隷に目を向けた。

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