第9話 ラリール王国

「はぁ……」



 私はぐったりと、力なくうな垂れていた。

 そう、ここは…空の上だ。



「ひなみさんっ! 大丈夫ですか…?」

「うん…」



 アルフレッドさん、シアちゃん、私、キルト君の順番でドラゴンへと乗っている。小さいドラゴンのため、シアちゃんはアルフレッドさんの膝に。後ろの私は問題ないけれど、キルト君は若干尻尾の部分に乗っている感がある。落ちないで。そして…正直に言いましょう、とても恐いです…!!

 気にかけてくれるシアちゃんに元気良く返事をしたいところだが、あいにくとそこまで気力は残っていなかった。私の背後に居るキルト君が、せめてもとずっと背中をさすってくれている。すみません、大分助かります…。

 ドラゴンは最初、私を歓迎するかのように空を舞い、アクロバティックな動きを披露してくれた。もちろん、私も最初は喜んだ。が、すぐに気持ち悪くなってダウンしてしまったのだ。



「屋敷までは1時間程度で着く…もう少し耐えてくれ」

「はい…」



 こうなれば、目を閉じて耐えるしかない… そうだ、お金が出てくるからそれに関して復習をして気を紛らわせてしまおう。うん、それしかない…!

 この〈レティスリール〉では、3大陸とも同じ通貨が使われている。それは、下から鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨、黒金貨となっている。そして神様に貰った一般常識本によると…通貨は“リル”と呼ばれる。きっと世界の名前からつけたんだろうというのが簡単に思い浮かぶ。

 実はこれ、日本のお金と数え方が似ているのだ。1円玉と、5円、50円、500円、5千円が無いと思ってもらえれば良い。都合の良いことに鉄貨1枚=10リルだ。大変覚えやすいです。


 鉄貨(10円)

 銅貨(100円)

 銀貨(1,000円)

 金貨(10,000円)

 白金貨(1,000,000円)

 黒金貨(100,000,000円)


 そして、平民身分の人は月収が大体金貨5枚…50,000リルだと言う。つまり日本円にすると、だいたい5万円。ざっくり見積もって、日本の相場の4分の1になる。いや、初任給が20万と考えればそれ以上に安いのではないだろうか。とりあえず、買い物時は4分の1を相場の目安にすれば…きっと何とかなるといいな。まぁ、回復薬ポーションの相場は日本にないんですけどね。





「もう着くぞ!」

「さすがお兄様…!早いです!」



 お金に関して考えていれば、どうやらもう街に入ったらしかった。そっとドラゴンから身を乗り出して下を見れば、ヨーロッパの様な町並みが眼下に広がっていた。

 もう日は沈み始めて、オレンジがかった街は世話しなく動いていた。食材を買い求めるおばさんに、狩りの帰りだろうか…防具を身に着けた冒険者達。猫やうさぎの耳をした人もいる…!きっと神様の言っていた“獣人”なのだろう。日本では見ることが出来なかった風景に、私はとてもわくわくしていた。



 そしてこの場所は〈ラリール王国〉。この世界〈レティスリール〉にある3大陸の1つである〈サリトン〉にある国です。2番目に大きい国で、お城もあるのです。



 そしてアルフレッドさんのドラゴン捌き…? によって、大きなお屋敷の中庭へと降り立った。というか、ここがシアちゃんのお家ってこと…? 空から見ていた感じだと、そうだなぁ…お城っぽいのを除いて街で2、3番目くらいには大きく見えたんだけど。どうしよう、実はかなりすごい人だった。

 私こんなひょこひょこついて来て大丈夫だったのかなぁ。



「おかえりなさいませ、アルフレッド様、シンシア様」

「おかえりなさいませ」



 リアル執事にメイドさん…!!!

 さすがすごいお屋敷だ。私はもうどきどきしっぱなしで右手と右足が同時に出そうですよ…?アルフレッドさんが羽織っていたコートを執事に渡し、部屋の中へと入っていく。それに私もシアちゃんと一緒についていく。キルト君は…メイドと何か話しているようだった。



「すぐに支度を整えますので、こちらでお待ちください。私は執事のセバスと申します。何かありましたら、何なりとお申し付け下さい、ひなみ様」

「あっ! ありがとうございますっ!」



 セバスさんという執事さんに、広くて綺麗な応接室へと案内をされた。執事といったらやっぱりその名前なんだろうか…?チャンがついていたら完璧だったのに。しかし、セバスという名前だからお年よりを連想するが、なんとこの執事さんはイケメンだった…! 肩より少し長いくらいの透明感のある水色の髪を後ろへ長し、ビシッと執事服を着こなしている。うん、オタクではないと思っていたけど、オタクじゃなくても執事にはときめくのだと知りました。

 ゆっくりとソファに腰を掛けて、セバスさんの入れてくれた紅茶を飲む。シアちゃんとアルフレッドさんは支度をするといって今は席を外している。



「まさかドラゴンに乗るなんて…人生何があるかわからないね」



 いまだに思い出すと心臓の鼓動が急速に動き出す。

 もしかして、自分はすごい人物とかかわってしまったのではないかなぁ、と思案する。“迷いの森”はとても大変だという。しかし、アルフレッドさんは私の予想以上に早く来た。ドラゴンの力かもしれないが、実は同い年くらいに見えてすごい才能の持ち主…所謂天才! って奴なのではないだろうか。だって、熟練冒険者じゃないとなかなかに足を踏み入れないと言う話。



 でも…

 この世界で始めて出会ったのがシアちゃん達で良かった。







 ◇ ◇ ◇



「私は2人の父親、クレフ・メルディーティだ。本当に… シアを助けていただき感謝する。どのように感謝を表現したら良いか…」

「いえ… 私は何もしていないようなものですからっ」



 広い部屋に通され、目の前には豪華な食事が用意された。

 そして、上座にはシアちゃんのお父さんであるクレフさんが座っていた。先ほどからずっとお礼を言われ続け、逆にこっちが申し訳なくなってしまう。それに私は回復薬ポーションをあげたくらいしかしていないし。



「そういえば、ひなみ殿は薬術師だとか?」

「あ、はい…」

「先ほどシアから聞いてな。すごく美味しいと、はしゃぎながら教えてくれた」

「お、お父様…!」



 慌ててシアが「はしゃいでなどいません!」と横槍を入れる。そうか、はしゃぐほど嬉しかったんだ。それなら私も嬉しいなぁ…

 ちなみに、先ほどアルフレッドさんが薬草を栽培出来るということは言わないほうが良いと…助言をしてくれた。なので、クレフさん達には伝えていない。知っているのはシアちゃん、アルフレッドさん、キルト君の3人だ。



「薬術師は魔法を使えなくてもなれるから、割とその職に就くものは多い。だが、その分質の良くない回復薬ポーションが多くてな。丁寧な仕事を行う薬術師の回復薬ポーションは効果も良いし、味も死ぬほど不味くはない。しかし、美味いという回復薬ポーションは今まで飲んだことがなくてな」

「そうなんですか…?」

「これでも騎士だからな。回復薬ポーションは人一倍飲んでいるよ」



 騎士…!!!

 なんだろう、騎士っていいね。お姫様を護る騎士は憧れます。

 でも、そうか。本当に味のある回復薬ポーションは珍しいんだ。それなら、予想以上に豪華だった美味しい食事のお礼もかねてプレゼントしよう! その名もコーラ! 私はリュックに入れていた真紅の回復薬ガーネット・ポーションを取り出してクレフさんへと渡す。



「私の作った回復薬ポーションです。良かったら飲んでみて下さい。炭酸でとっても美味しいですよ!」

「炭酸…? では、遠慮なく飲ませていただこう」

「はい。お口に会うと良いです…」



 私が差し出した真紅の回復薬ガーネット・ポーションは、味はコーラです。いつでも炭酸が効いててとても美味しい。何故炭酸が抜けないのかは考えないようにしています。

 瓶には大小2個のハートの紋様がかたどってある。相変わらず、《天使の歌声サンクチュアリ》で回復薬ポーションを作ると瓶が可愛くなる。



「ふむ…む!?」

「父様!?」



 突然クレフさんがむせ、アルフレッドさんが慌てて駆け寄る。もちろん、私とシアちゃんも駆け寄った。どうしよう…炭酸が苦手だったんだろうか。



「いや、大丈夫だ。突然の初めての味に驚いてしまっただけだ」

「初めての味…?」



 アルフレッドさんが半分ほど残った真紅の回復薬ガーネット・ポーションをゆっくりと口に含み、喉を鳴らす。そしてしかめていた眉が戻り、目を大きく見開き私を見た。



「ひなみ…! なんだこれは!!」

「ええぇっ」

「初めて飲んだ…シュワシュワしていて、とても美味いな…!」

「…気に入ってくれたなら良かったよ」



 どうやらとても気に入ってくれたようで、一安心だ。

 クレフさんも気に入ってくれたらしく、アルフレッドさんの横で首を立てに振っていた。それを見たシアちゃんが「ずるい!」と抗議をしたが、アルフレッドさんに「お前はマナを飲んだんだろ」と言われ玉砕していた。

 ちなみに、回復薬ポーションは略式で呼ばれているらしいことを知った。まぁ確かにいちいち長ったらしい名前を呼ぶのはだるいね。

 基本的に回復薬ポーションという物は“ポーション”と呼ばれて体力回復薬ハイ・ポーションのことを指すらしい。回復薬ポーション自体が高価な物なので、一般的に体力回復薬ハイ・ポーションを使うことが多い…というのが理由らしい。その他の回復薬ポーションに関してはそれぞれ略語で呼ぶことで区別をつけているそうだ。


 体力回復薬ハイ・ポーション …ポーション

 真紅の回復薬ガーネット・ポーション …ガーネット

 魔力回復薬マナ・ポーション …マナ

 深海の回復薬マリン・ポーション …マリン


 と、呼ばれている。



「そうだ、ひなみ! 道具屋に回復薬ポーションを売らずにこちらで買い取らせて貰えないか?」

「おぉ、それは良い。是非お願いしたい」

「え? はい、いいですけど」



 コーラ味に感動したらしいクレフさんとアルフレッドのテンションが急激に上がってきた…!シアちゃんはいつものことなのか、特に動じた様子も無く食後のお茶を飲んでいる。

 値段は、相場を知らないからお任せしよう。きっと、悪いようにはされないだろう…うん。



「おぉ!ありがとうございます。いくつほどありますか?」

「んーと… ポーションが20個、ガーネットとマナが30個ずつありますね」

「おぉ、全て買い取っても?」

「お願いします」



 回復薬ポーションの瓶は手のひらより少し小さめで、つめられるだけリュックに詰めてきた。あ、でもシアちゃんが持っていた魔力回復薬マナ・ポーションはもう少し大きかったなぁ。まぁ瓶によって量も違うし、そんなものか。



「小さくて持ち運びに良いな。質も良いものなんだろう? ひなみ殿」

「質は…悪くはないかなぁと思うんですが」

「質は、最高級です! いつも私が持っているマナよりも」

「シア! そうなのか?」

「はい。魔法を使って魔力がほぼ無かった私の魔力が、ひなみさんのマナを飲んだら全快しました」



 クレフさんに質のことを聞かれて少し焦ると、シアちゃんが助け舟を出してくれた。いや、悪くはないかな?とは思っていたけど、最上級と言われると恥ずかしいよ…! クレフさんもシアちゃんの言葉に驚いたようで、マナを手に取りまじまじと眺めている。



「ちなみにお父様?いつも私が飲んでるマナを同じ状況で飲むと…私の魔力は半分も回復しません」

「何…!それはすごいな…」



 魔力って…ステータスのMPのことだろうか? たぶん間違っていないはず。となると、私のマナだと普通に売っているマナより倍近く回復するっていうことかな? 確かにそれなら大分すごい気がする…!



「いやぁ。まだ若いのにすごい才能だ…ひなみ殿はシアと同い年くらいかな?」

「えっと… 15です」

「「えっ!!!」」



 クレフさんが褒めるように何気なく振った私の年齢。素直に15歳と伝えれば、皆が驚きの声を上げた。なんだろう…やっぱり日本人だから若く見られていたんだろうか? 微妙な顔つきになってきたのか、3人ともが謝罪をしてきた。ちなみに、シアちゃんは11歳だった。そしてアルフレッドさんは1つ上だった。今度は私が驚けば、「すぐに成長する!」と怒られた。



「いやいや、すまないね」

「…いえ」

「とりあえず、回復薬ポーションの値段を決めようか。相場価格の最高値として…ポーションが1つ700リル、ガーネットが1,100リル、マナは1,800リルでどうだろうか?」

「んと…はい、大丈夫です。というか、高くないですか?」

「いや? ひなみ殿の回復薬ポーションの性能を考えれば安いくらいで申し訳ないよ。本当に良いのか?」

「はい、問題ないです…」



 予想以上に高くて内心びくびくしてますが。



 体力回復薬ハイ・ポーション 20個×700 =14,000リル

 真紅の回復薬ガーネット・ポーション 30個×1,100 =33,000リル

 魔力回復薬マナ・ポーション 30個×1,800 =54,000リル


 合計 101,000リル



 あれ、これって2か月分の稼ぎの金貨10枚じゃない…!?

 というか、やっぱりゲームと同じでMP回復系は高いんだなぁ…すごい、値段が2倍以上だよ。

 すぐに執事のセバスさんが金貨10枚と銀貨1枚を乗せたトレーを持って現れた。私はそれをしっかりと受け取り、リュックの内ポケットへとしまう。



 その後、買い取って貰ったお礼を伝えると是非泊まっていってくれといわれ、行く当てが無いのでその心遣いが嬉しかった。

 お茶を飲みながら雑談に花を咲かせて、楽しいひと時を過ごした。そして、クレフさんは私の身の上などそういったことは一切何も聞いてこなかった。もしかしたら、アルフレッドさんが気を使ってくれたのかもしれない。





 そして案内された部屋は、きらびやか過ぎない、綺麗な調度品が飾られた落ち着いた部屋だった。まるで貴族の部屋の様な…あ、貴族だったんだ。

 雑談時に教えてもらったのだが、メルディーティ家は伯爵だそうだ。本当にすごい人だった…!



 まだ夢を見ている様な感じがしてならないが、今日の交換日記はいつもの3倍の長さになった。

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