第7話 初めての来訪者

 あっという間に、2年の月日が流れた。

 そして私は、15歳になった。

 今日もやはり、小鳥のさえずりで目を覚ます。



 あの日、森で狼に襲われてからは自分の家…《神様の箱庭》から1歩も外へ出ていない。

 そしてその日以降、私は神様の声を聞けていない。

 神様の声を聞くには、スキル《神託》が必要らしい。しかし、これはとても珍しいスキルで…取得している者は現在この世界で3人しかいないそうだ。また、使いこなすのも難しく、基本は神様の声を聞くだけで会話を出来るようになる者はほとんど居ない。



 いつかスキルを取得して、神様と会話が出来たらな…。

 きっときっと、今すぐは無理かもしれないけど取得しますね!



 私はベッドから体を起こし、日課となっている交換日記の確認を行う。





【交換日記】 =3ポイント加算


【所持ポイント:31,190】


【鉢植え:小】 1

【鉢植え:中】 10

【鉢植え:大】 20

【野菜の種セット】 10

【果物の種セット】 10

【ハーブの種セット】 10

【小麦の種】 50

【稲の種】 100

【レンガ:1個】 5

【噴水】 1,500

【瓶:100個】 3

【部屋】 50

【お風呂 - 増築】 5,000

【部屋 - 増築】 2,000

【屋上 - 増築】 10,000

【地下室 - 増築】 30,000

【調合室 - 増築】 15,000





 特に新しく交換出来る物は増えていない。私が何か新しい行動をしたり、日記に希望を書いたりすると神様が新しく追加をしてくれる。

 ちなみに、交換日記の神様の返事は…最近はまっているサラダのドレッシングについてだった…。平和で大変良いですね。





「さて… 今日はパンを焼いて、その上にサラダと目玉焼きを乗せて食べようっと」



 いつもの様に庭へ出て、3羽の鶏から卵を貰う。

 そう、あの日我が家に来た鶏は卵を産んで、そして3羽になった。



『クエ~』



 その鳴き声が「いいよ!」と言っている様で。私は「ありがとう」と鶏に告げて、少しの野菜を収穫してキッチンへと向かう。

 この異世界〈レティスリール〉に来てからは毎日回復薬ポーションを作り必死にポイントを溜めて生活をしてきた。その甲斐あってか、家は大分充実してきた。

 ちなみにこの回復薬ポーション、実はすごいことが判明したのだ。森で怪我をして飲んだため体力回復薬ハイ・ポーションがお茶だった為他のも試したのだ。結果、魔力回復薬マナ・ポーションは紅茶、真紅の回復薬ガーネット・ポーションはコーラの味に仕上がっていたのだ。これには驚きを隠せない。しかし、回復薬ポーションみたいに急いで飲むものの味が炭酸で良いのだろうか…?



 まず、キッチンには釜が追加された。

 ピザを焼くような、レンガ造りの釜。冬は寒くなるので、この釜は大分重宝している。逆に夏は暑いのかと思いきや、上手く熱を逃がしてくれているようで家の中は快適だった。そして調理具や食器もポイントで交換して充実している。お客様様の可愛いティーポットもあるのだが、残念ながらお客は来ない。



 倉庫として使っている地下室には、収穫した食料や野菜を保管している。

 しかも、ポイント交換で増築を実施している。1回目の広くなる増築のその後“広くならなかった増築”はなんと、地下室内においてある物は時間による劣化を受けないのだ。交換ポイントは20,000と多かったが、大分重宝している。なので、収穫した野菜や卵はいつでも新鮮な状態だ。







 ◇ ◇ ◇



「きゃああぁぁぁぁぁ!!!」



 朝食を作り、ちょうど準備が終わったところで外から大きな悲鳴が聞こえた。朝の空を突き抜けるような悲鳴は、幼い女の子の声で…恐怖が入り混じった声だった。私は慌てて家の外へ出て、悲鳴がした方へ走る。

 でも…この森に人? 2年間の間にそんなことは一度も無かったのに。



「うわあああぁっ!」

「キルト…!!」



 庭に出れば、《神様の箱庭》である柵に囲われている庭の少し先に…女の子と男の子の姿が見えた。女の子の方はきらきら光る綺麗な赤い巻き髪、服はローブ姿で杖をその手に持っていた。男の子は髪の短い爽やか系で、剣士…なんだろうか。剣と防具、それからマントを身にまとっていた。



 女の子の方に向かっていたのは、私が以前見た“狼”の魔物だった。ちなみに、あの後調べたところあの狼は“ハードウルフ”と言う名前だそうだ。討伐ランクで例えるならCランクだ。1匹自体はそんなに強いものではないが、倒すのに時間が掛かると仲間を呼ぶという習性があるらしい、危険な魔物だ。なので、クエストを受けるときは初心者冒険者が何人かでパーティを組むことが多いとか、多くないとか。

 今いるハードウルフは全部で3匹。女の子の前に男の子が立ち、剣でその攻撃を防ぎ、反撃をしている。女の子は白いローブがところどころ汚れていて、ちょうど太ももの辺りだろうか…赤く染まっている。どうやら怪我をしているようだ…。



「お嬢様…! 今ですっ!!」

「キルト…! 輝く炎よ、我の力を糧としその光を顕現させよ…《灼熱の嵐ファイア・ストーム》!!」



 女の子が何かを唱え、持っていた杖を前に突き出すとそこから炎が現れてハードウルフへと襲い掛かった。きらきらと光るその炎の赤がハードウルフを飲み込み、消滅させた。そして消えたハードウルフが居た場所には、牙が3つ落ちていた。

 本によると、この世界の“魔物”は倒されると跡形もなく消滅するのだとか。そして、ドロップアイテムのように戦利品としてその魔物の素材などが残るのだと言う。



「はぁ… はっ…」

「キルト、よく持ちこたえたわ」

「いえ、お嬢様の魔法のおかげです」



 魔法使いと、剣士のパーティ…なのかな?

 ハードウルフを3匹倒して安心したのか、2人はその場に座り込んでしまった。若干家から出ないと二人のところまで行けないが、今ならきっと大丈夫だろう。それに、すぐそこなので魔物が出たら全力ダッシュをすれば良い。今は女の子の怪我が気になる。



「あの、怪我… 大丈夫ですか?」

「「えっ……!?」」

「あっ! ごめんなさい、怪しい者じゃないですよ…?」



 声を掛けたらあまりにも驚かれ、逆に私が焦ってしまう。

 年は…私より少ししたくらいだろうか。ちなみに精神年齢ではなく15歳の肉体年齢の私と比べて…です。



「いつの間に…」

「いや、だって私の家…すぐそこですし」

「「家?」」

「はい、あそこ……」



 疑問符を頭に浮かべる2人に、家のある方を指差す。すると、2人の顔がさらに驚きへと変わる。というか、庭の面積もあり少し開けているし気付いていたと思ったんだけどな…。ハードウルフに必死でそこまで気付かなかったとか…? うん、十分にありうるね!!



「嘘… この森に家があるなん、痛っ!!」

「お嬢様…!! くそ、もう手持ち回復薬ポーションが無い…」

「私は…大丈夫よ」

「あ、回復薬ポーションなら家にあるよ! 来てっ」





 女の子が気丈にしていた為に忘れていた。ローブが血塗られていることを。

 回復薬が尽きたと言う2人を家に招き、手当てをする。地下室にしまってある体力回復薬ハイ・ポーションを渡して、すぐ2人の体へとかける。女の子が「ありがとう」とお礼を言い、男の子もそれにつづいた。



「この家に人が来るのは初めてなんだよ… 緊張しちゃう」



 自分の空間に誰かを入れることに、少し照れてしまう。

 増築したリビングの空間は、5、6人が掛けれる丸いテーブルが中央にあり、大分落ち着いた空間に仕上がっている。2人に魔力回復薬マナ・ポーションをお茶として出し、砂糖を使ってオリーブオイルで揚げたドーナツもどきをお茶請けとして出す。ちなみに、魔力回復薬マナ・ポーションをお茶として出したのには理由がある。なんと、飲むと味が紅茶だから…!!中身だけをヤカンに移し温めて砂糖を添える。もちろん、いつか使いたいと思っていたおもてなし用のティーカップに注いで。



「助けていただきありがとうございます。私はシンシア・メルディーティ。こちらは護衛のキルトです」

回復薬ポーションも分けていただき、ありがとうございます」

「そんな、気にしないで下さい… あ、私はひなみといいます」



 自分より年下の子供とは思えない言葉に、内心驚きつつも貴族の子供だと予想を立てる。むしろ、護衛をつれている時点でそれは間違いなくビンゴだろう。



「…これ、魔力回復薬マナ・ポーション!? でも、味が…!」

「あ、そうです。魔力回復薬マナ・ポーションって美味しいですよね」



 ティーカップに口をつけて、シンシアさん…うん。大人っぽいからさん付けが良いよね? そう、シンシアさんが驚きの声を上げる。やはり飲めばすぐにそれが何か分かるのだろうか。魔法を使っていたみたいだったから、回復をした…とかだろうか。ちなみに、私は飲んでも普通の紅茶にしか感じません。おかしいね…!



「何いってるんですか、お嬢様…こ、これはっ!!!」

「ほら、美味しいでしょう!?」



 なんだろう、紅茶…もとい魔力回復薬マナ・ポーションが美味しいと何か問題があるのだろうか…。若干不安になってくる。

 私の困った焦った顔に気付いたのか、シンシアさんが「驚かせてごめんなさい」と声を掛けてくれ、驚いた理由について話してくれた。



「普通、魔力回復薬マナ・ポーションはすごい不味いんです…」

「え、そうなんですか?」

「…物は試しですね。これ、飲んでみて下さい。街の道具屋などに売っている普通の魔力回復薬マナ・ポーションです」

「あ、はい…」



 渡された小瓶は、私が作る魔力回復薬マナ・ポーションと同じ薄いオレンジ色をした液体だった。ただ、瓶は私が作ったものと違い、模様も無い質素な物だった。

 ちなみに、私が魔力回復薬マナ・ポーションを作ると瓶には勝手に星マークの紋様がついてとっても可愛いです。

 2人の視線が私に集まる中、小瓶の蓋を開け中身を見る。うん、やっぱり私が作るのと同じ魔力回復薬マナ・ポーションっぽいなぁ…? まぁ、とりあえず飲んでみましょう。



「…ん。 …………まずっ!!!」



 口に少し含み、味わうように舌で転がす…予定だった。あまりの不味さにすぐに飲み込み、むせてしまった。なんだ、これは…麦茶と青汁に牛乳を混ぜたような味だ? いや、飲んだことは無いんだけどね…



「そうです。魔力回復薬マナ・ポーションは、高い、不味い、必要量が多いと、魔術師に絶対かかせない物なのに性能は最悪なんです…」

「けほっ…げほっ! ……そ、そうなんですね」

「そうです。普通、こんな希少な物はお茶として出さないですよ…」

「しかもこの魔力回復薬マナ・ポーション、味が良いのよりその効果… 私が持っていた物より断然魔力の回復量がおおいです…! どこでこんなすごいものを手にいれたのですか?」



 あまりの不味さに咳き込む。なんたる失態だろうか…。

 そしてシンシアさんが言うに、私の作る魔力回復薬マナ・ポーションは相当すごい物の様だ… まさかスキルを使ってちょちょいっと作ってるなんて…申し訳なくて言えない。だってすごい美味しそうに飲んでくれてるんだよ…!



「えっと… 方法は教えられませんが、回復薬ポーションは私が作りました」

「「えっ…!!!」」

「でも貴女… 私と同じくらいですよね?」



 2人の驚きの声。そしてシンシアさんの自分とさほど変わらないであろう年齢の私が作ったという事実が信じられないのか、目を見開いていた。



「薬術師の方…なんですね」

「あ、はい…一応……」



 “薬術師”、それは一種の職業だ。

 薬草などを使い、回復薬ポーションを作る人を指す。それに加え、薬草などの知識がとても豊富。私は知識がそんなに豊富ではないので、薬術師を名乗ってよいのか分からないが。しかも回復薬ポーションをスキルでぱっと作るというせこい感じなので、尚更だ。「そんな感じです、あはは」としか言いようがない



「…あの、ひなみ様」

「はい?」

「もしよろしければ、いくつか回復薬ポーションをお譲りいただけませんか? 手持ちが尽きてしまった為、このままでは街まで無事に帰れるか…」

「あぁ…! もちろん、いいですよ」

「あ、ありがとうございます…!」





 若干気まずい空気を、キルトさんの言葉で和らいだ気がした。

 私は「すぐに持ってくるね」と、地下室へ下りて体力回復薬ハイ・ポーション真紅の回復薬ガーネット・ポーション魔力回復薬マナ・ポーションを袋に詰めた。何個あれば足りるのか分からなかった為、各10個ずつ袋に詰めた。ぱんぱんだ。



「これ、持って行って」

「ひなみ様…! こんなにっ!?」

「いっぱいあるから、大丈夫だよ」



 袋にぎっしり詰まった回復薬ポーションを見てキルトさんが驚きの声を上げる。そしてキルトが受け取ると、すぐにシンシアさんがお礼を述べた。私より小さいのに、本当しっかりとしていらっしゃる。しかし、すぐに2人が困った顔をした。私は分からずに頭に疑問符を浮かべるが、その説明をシンシアさんがしてくれた。



「ありがとうございます…! ですが今は手持ちがあまりなく…体力回復薬ハイ・ポーションを5つと、魔力回薬マナ・ポーションを1つでもよろしいですか?」

「え…?」

「そうですね… 本当に少し狩りに出るだけの予定でしたから…迷いの森は恐ろしいですね」



 えーっと。

 迷いの森…? じゃなくて、今は回復薬ポーションか!というか、こんな小さい子がお金のことを気にするなんて…!甘えてれば良いのに。いや、もしかしたらこの世界では日本と違ってあまり甘えることも出来ないんだろうか…。



「いや、お金はいらないですよ」

「そういうわけにはいきません…!」

「ええぇ…困ったな。本当、気にしなくて良いです。それに、全部渡さないでもしお2人に何かあったら嫌です。ね?」

「あ…ぅ…」



 もう一押し、「ね?」と微笑んでみれば、シンシアさんが「分かりました」と素直に受け取ってくれた。うんうん、良かった。



「ですが、必ずお礼に伺いますから…!」

「えっ… うん、じゃぁそうして」



 えへへと笑いながら、正直に私は大分嬉しい。だってこれでまた人に会えるのだから…!

 そんな私に釣られてしまったのか、シンシアさんとキルトさんも笑顔がこぼれる。うん、小さい子…10歳くらいかな? は、笑顔が一番だね。



「ほら、ドーナツも食べて、落ち着いて」

「あ…ありがとうございます」

「すみません、初対面なのにこんなにしていただいて…」

「いいのいいの!」



 そして2人がドーナツを食べてその美味しさに声を上げるのを、私はまだ知らない。

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