第6話 生活基盤 - 3
この異世界〈レティスリール〉に来て、半年が経とうとしていた。
私、
「はぁ…」
家の机に座り、サラダを食べながら一つ息を吐く。
これはため息なのか、それともただ単に私が疲れているだけなのか。
「お肉食べてないなぁ… というか、野菜と果物だけ…」
野菜と果物の種は手に入るので、庭の畑で耕している。その為ベジタリアンな生活だがなんとか生きていけている。
そして調味料は、塩・砂糖・胡椒・オリーブオイルでやりくりをしている。これが今の私の食生活事情。もう立派なベジタリアンです。
ちなみに、神様に交換日記で聞いてみたところ、お肉は森で動物を捕ると手に入るよとのお言葉をいただいた。しかしまだ見ぬ魔物が恐くて、庭より先…森には一歩も足を踏み入れていない。
あ、そうそう。今日の朝、ポイントで交換出来る物に小麦の種が加わっていた。なので、早速後で畑に植える予定。パンを作れたとしても、焼く施設がないとかは今は考えない様にした。
そして半年経った現在、家の設備と庭が少しずつ良い物になってきた。
まず、家の中。部屋と屋上をつけて、寝室とリビングを分けた。屋上では調味料用のハーブを育てて、開いているスペースで洗濯物を干している。
ハーブに関してはポイントで交換出来る鉢に植えて綺麗に並べてある。《
今育てているのはコショー、サツゥールト、オーリの3種類。ちなみに、オーリの実からオリーブオイルが作れるようになる。
また、庭に関しては薬草ごとにスペースを作り、花壇を作った。今生えている薬草は、“体力草”と“赤色草”の2種類のみ。頑張って庭を探したが、薬草に関してはこの2種類のみだった。
なので、私がポイントを稼げるのは
また、ポイントで交換出来る種。これは6種類の種がランダムで入っていることに気付いた。交換したときにニンジン、カボチャ、ジャガイモ、キュウリ、ブロッコリー、トマトだったとする。しかしランダムなので次に交換した時にも同じ種が入っているとは限らないのだ。
「うん。今日こそ頑張ろう…!」
私は地下室の宝箱から、防具を着て剣を持つ。
さすがに少しは家の周りを調べないとまずいのでは? と思い始めてきた私。1ヶ月前から頑張ろうと思いやはり止めて…を繰り返してきていた。だが、今日こそ森へ一歩を踏み出すのだ。とは言っても、庭に居ても魔物の姿どころかそれらしき声を聞いたこともないので、近くに魔物は居ないのかもしれないが…。
ちなみに、この家が建っている森。神様がくれた地図を確認したところ、近くの町へ行くには歩いて半日弱…かな?くらいの距離があるらしい。街は気になるが、さすがに半日も森を歩く勇気は持ち合わせていない。
ちなみに、人にも会っていない。半日程度の森であれば、人が来ても良さそうなものだけど…。
庭に出て、深呼吸を繰り返す。
今日は初の、森探索だ。
「よし、自作の
そして私は、《神様の箱庭》として守られている自分の家から、1歩森の中へと足を踏み入れた。うん、とりあえず大丈夫そうだ。
実はスキルで守られていて綺麗に見えるけど、
しかし、森は実際に私が見ていた綺麗な景色そのものだった。もしかしたら、ここは良い森で魔物なんて存在していないのかもしれない。
「……あっ! あれは青色草だ…!?」
ほんの10歩ほど、庭から森へ出ただけなのに大発見をしてしまった。
私はしゃがみこみ、青色草を摘んで持ってきたリュックへとしまっていく。庭に植えて栽培を出来るように、丁寧に根っこの部分から丁寧に摘む。
そして摘みながら少し森を進むと、次に飛び込んできたのは“橙色草”だった。
「こ、これは… 《
これで、新しい
森は綺麗だし、魔物もいないし、もっと早く…森へ出れば良かったかも知れない。が、済んだことは仕方が無い。今をいっぱい探索して遅れ? を取り戻そう。
そしたら、神様への恩返しに少しは足りますか…?
だいたい、15分程度歩いただろうか。
私は大きめの石を見つけて腰を下ろし少し休憩をする。
リュックの半分くらいに青色草と橙色草がつまっている。そして、その上にきのこが少し。歩いている途中、木の根元で発見した。見た目は舞茸なのだが、食べられるのかは家に帰ってから本で調べようと思う。食べられるものなら、家で栽培して食料にする。
そしてふいに、背後からカサッと、木々の揺れる音がした。
『クェー!!』
「あっ…!?」
安全な森だと、思ってたのに…! 突然聞こえた何かの“声”に私の身体は硬直する。まさか、これが神様の言っていた“魔物”なのか…
背後の茂みから聞こえた声に冷や汗を流し、私は急いで立ち上がる。冒険者セットに入っていた剣を持ってはいるが、使ったことは無い。
あぁ、森へ出る前に少しは素振りでもしておけばまだましだったのではないかと…少し後悔をする。しかし、運動神経が良いと言うわけでもないのであまり変わらないかもしれないが…。
とりあえず、作戦を結構だ。コマンドはもちろん、逃げる…。
「家までダッシュすれば、きっとだいじょう…ぶ… あれ?」
私は魔物だと思っていた…姿を現した“それ”に視線を向けた。
「にわとり…?」
『クエッ!』
茂みからひょっこり顔を出したのは、“魔物”ではなく2羽の鶏だった。
何故、こんなところに鶏がいるのかは分からない。が、この2羽をゲット出来れば食卓に卵がプラスされるのでは… 肉も欲しいが、私に鶏を捌く技術は残念ながら持ち合わせていない。それに食べるためとはいえ、殺すのは正直恐い。
『クエー! クエッ!!!』
『ククッ!!』
「コケッ…って鳴くんじゃないんだ。なんか可愛いなぁ」
1人だったこともあり、動いてる2羽になんだか心が癒された気がした。言葉を発せられる相手が居ないのはなんだか寂しいと言うか…不思議な気持ちに支配される。なので、ついつい独り言が多くなってしまう最近です。
急に騒がしく鳴き始めた2羽を少し微笑ましく思い、どうにかして鶏を手に入れられないか思案する。野良鶏なのであれば是非我が家にご招待したい。
そして鶏が突然私に向かって走り出し、あっという間に私を追い抜いた。
「えっ!!何でいきなり…」
それと同時に、茂みがひときわ大きく揺れ動いた。
そして飛び出して来たのは、中型犬くらいの大きさの… これは、狼…だろうか。
ただ、その“狼”は可愛い顔つきなんてものではなく、目を細め獲物を狩るような顔つき。そして嫌な気配がこめられていた…そう、まるで“魔物”の様な…。
そこで私はハッとして、一歩後ずさる。
「これが、“魔物”……!?」
嫌だ。
恐い…! 私を睨んで目線をそらさない狼は、いつ飛び掛ってくるか分からない。私は少しずつ後ずさり、狼から距離をとる。狼に捕まったら、きっと私は助からない。
恐怖が体中を駆け巡り、まるで金縛りにあってしまった様。それでも震える足で少しずつ、少しずつ…下がることしか私には出来ない。
『グルルル…』
刹那、狼が低い声を発し、足に力を込めて私へと飛び掛ってきた。
「いやあぁぁぁっ!!!」
もう恐いなんて言っていられない。私は自分の足に動けと声を出し、狼に背を向けて走り出した。家からここまで、薬草を摘みながらゆっくり歩いて約15分。では、今みたいに必死に走ったらいったいどれくらいで家に帰れる…?
私が走り出す前に立っていた場所に、今は狼が立っている。どうやら間一髪逃げるのに間に合ったようだ。一瞬でも私の判断が間違っていたら、もう生きてはいなかったかもしれない。
「はっはっ… くぅっ……」
必死で森の中を走る。もう何時間も走った気がするのに、実際は1分も経っていないのだから笑えない。そして私と狼の距離が縮み、今ではもう目と鼻の先…およそ5メートルの距離だろうか。先ほどの跳躍を考えればこんな距離は一瞬だろうに、それをしないのは私を追い詰めて楽しんでいるからなのだろうか。
「あっ…!!」
不慣れな森の中、不意に地上に顔を出していた木の根に足を引っ掛けてしまいバランスが崩れる。まずいと、そう思った一瞬で狼がぐっと距離を詰めて来た。
しかし、必死に立ち上がってすぐに走り出す。
「痛…っ!」
走り出すのが間に合わなかったのか、地面に着いていた右腕を狼の鋭い爪で切り裂かれて、血が出る。しかし、痛いからといって走りを止めるわけには行かない。それにもし、血の匂いで他の“魔物”が現れたらたまったものではない。
そして、私の視界が家を捉えた。
「あと、少し…! うっ…あっ…!!!」
『グルルル……』
今度こそ、もう駄目かもしれないと。
狼が私へ飛び掛り、私は地面へと倒された。
狼の爪は私の肩へと食い込み、今までに感じたことのない傷みが身体中を駆け巡る。狼の口から出ている涎が私の首筋に垂れ落ち、喰われると、恐怖に声も出なくなる。
駄目だ、もう…喰われる……!
恐怖に支配された私からはもう、涙を流す余裕も無い。
あぁ、神様… 私はもう駄目そうです。
「ごめんなさい神様… まだ何も恩返し、出来てないのに…」
恐怖の死地で、やっと紡ぐことが出来た言葉は神様への一言だけ。
そして私はぎゅっと目をつぶり、次に来る衝撃を覚悟した。
しかし、次の瞬間私を襲ったのは衝撃ではなかった。
そう、それは、神様の声……。
『ひなっ! 《
焦った神様の声が脳裏に響き、私はすっかりもう1つスキルを持っていたことを思い出した。防御スキルなのに、今の今まで忘れていたなんて私は馬鹿なのか…
「くぅ…っ! 《
力を振り絞り限りなく大きく上げた声が森を木霊して、私の声は森を踊る。
そしてその瞬間、私の背中…狼の前に出現したのは光り輝く盾紋様の魔法陣。すぐさま狼は弾き飛ばされ、私の後方にあった木に身体を打ちつけた。
あ… もしかして倒した…?
『防御スキルじゃ倒せないよ。あいつが起きる前に早く家へ…!』
「あっ…! は、はいっ」
どうやら私のスキルは本当に防御特化の様子。
木に打ち付けられたから…と思ったが、確かにその程度で魔物が倒せたら苦労はしないと納得する。今は神様に感謝をして、狼が起き上がる前に家へと駆け出す。
正直、身体中が痛いけど…休んでいる暇は無い。
『グルッル』
「あっ…!!」
もう復活したのか、走りながら少し振り返れば狼が立ち上がる所だった。
しかし、家はもう、すぐそこ。
あと、3メートル。
「帰ってきたああぁぁ…!」
私は転がるように庭へ飛び込み、安堵する。
ここは私のスキル《神様の箱庭》の領域内の為、魔物は入ってこれない。はず。
しかし、狼はそのまま私を目掛けて走ってくる速度を落とさない。そのまま私に飛び掛ろうと、10メートルの距離から飛び掛ってきた。しかし、それは叶わなかった。見えない障壁が、狼の侵入を拒み弾き飛ばしたのだ。
「…すごい」
『クエッ!』
ぽつりと漏れた私の独り言に、可愛い返事があった。
「え… 返事?」
慌てて振り向くと、庭に先ほど見た鶏がいた。
なんで《神様の箱庭》であるこの庭に入れるの? ということは気になるが… 入れるということは私に害のあるモノではないということだろう。
「狼から逃げて、私の庭に来たの…? 大歓迎だよ!」
『クエ~』
『クッ!』
2羽が私に返事をするように鳴き、私は顔を緩めた。
そしてその途端、全身を痛みが駆け巡る。狼にこっぴどくやられたことを痛みで思い出す。
急いでリュックから
念の為と、もう1個リュックから取り出して一気に飲み干す。外傷はもう無いが、もし内臓的な物に何かあったら不味いと思ったから。
「あれ… 不味いんだろうなと思ったけど…美味しい!」
いや、おいしいと言うか、これは…そう。
「緑茶…?」
飲んだ
ハートの紋様がついた可愛い小瓶にお茶。うん、緑の液体だからしっくり来ると言えばしっくり来るんだけどね…。私は体にお茶をかけて傷を治したということになるんだろうか。
なんだか微妙な気持ちにはなるが、これで食卓でお茶が出せる。そう納得して自己完結をしておいた。
「……神様?」
そしてふと、神様の声がしないことに気がつく。
声を出して呼びかけるが、反応はない。
もしかして、干渉出来ないのに無理やり助けに入ってくれたのだろうか…?
「ありがとうございます、神様……」
私は空を見上げて、言葉を紡ぐ。
また、神様に助けていただくなんて。どれだけ恩をお返しすれば足りるのか。むしろ、私の一生で返すことが出来るのか…?
まだ無力ではあるが、精一杯ポイントを集めて神様にお返ししようと思う。
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