第3話 ようこそ異世界へ

 頬に何が伝った感触で、私は目を開いた。

 寝ていたのだろうか… ゆっくりと体を起こし、硬くなった身体をほぐすために背伸びをする。



「ふぅ……」



 大きく1つ息を吸い、吐く。

 よし、今日も絶好調だ!



「って、あれ…?」



 ここは、どこだ。



「あ!そうだ、神様に会ったんだ…!」



 すっかり頭から抜けてしまっていた。

 やっぱりさっきのやり取りは夢ではなく、現実だったんだと改めて思う。

 前を見れば、神様が言っていた通りの森だった。優しいパステルカラーの様な木々が揺れて、雨上がりなのかきらきらと葉についた雫が光を反射して輝いていた。

 よいしょと、立ち上がって自分の身体を見てみる。13歳になった私は21歳だった私に比べると当たり前だが随分小さい。神様からのプレゼントなのか、ぶかぶかになってしまったバイトの制服姿ではなく、13歳の私に合わせたサイズの服を着ていた。ゆったりとした袖口のトップスに、膝より少し短い丈のフレアスカート、とみせかけたキュロット。それからハイソックスに、茶色のブーツを履いていた。

 しかし、体は小さくなっても中身は21歳の知識が詰まっている、きっと問題なく…生きていけると願いたい。

 幸いなことに、共働きをしていた両親の変わりに家事をしていたので、基本的なことは出来る。特に最近はお菓子を良く作っていた。病院食に飽きた花が、作ってくれとせがむから。



 くるっと体を回して、辺りを見る。一面森…ではなく、私の後ろにはとても大きな切り株があった。よくよく見れば、そこに扉が付いていて、窓も付いている。そして切り株の周りを柵が囲っていた。



「これが、神様がくれた私の家?」



 ちょうど自分の立っていた場所も、柵の中だ。つまりここは、スキル《神様の箱庭》が使われている安全地帯ということだ。これならいきなり魔物に襲われることも無いだろうと安堵する。

 柵は切り株で出来た家の前に、だいたい幅が30メートルほどだろうか。少し大きめの庭といった感じに囲ってある。

 小さな畑が3つ用意されており、1つにはトマトやピーマンなどの野菜が育っていた。もう2つの畑は特に何も植わってはいない様で、土だけだった。

 大体庭の半分が畑になっていて、もう半分は草が好き勝手生えている荒れた庭…だった。



「しかし… この切り株すごい大きいよ……?」



 まさかこの世界…〈レティスリール〉にはこんなにも大きな木があるんだろうか? 私が何人いたらこの家の周りを一周できるのか予想も出来ない。

 庭を通り、家の前に行く。横を見ると、そこには井戸があった。そして家を囲むように、色とりどりの花が植えられていて少し温かい気持ちになる。

 これは神様が整えてくれたんだろうか…?

 きゅんと、胸が締め付けられた気がして…最後に神様が私の手の甲に口付けたのを思い出した。今の私は、とても顔が赤いに違いない…。





「お、おじゃまします…?」



 自分の家であることは分かっているが、もし、実は、ここが私の家でなくて他の人の家だったという勘違いがあると大変なので…そっと扉を開ける。扉には小さな鈴が付いていて、家へ私の来訪を告げる音色を奏でた。



「わぁ… 可愛い……」



 まるで小人が住んでいるような、御伽噺の世界に迷い込んだ様な錯覚を受ける。

 くるっと部屋を見渡すと、そこは所謂ワンルームだった。入り口を入ってすぐ左手のところには丸い木のテーブルと、2脚の椅子がある。そしてその奥はキッチンになっていて、切り株の壁は半分以上が棚になっていた。テーブルとは反対の、右側にはベッドが1つ置いてあった。ベッドの横にはドアがある…トイレ?

 数歩中に入り部屋を見ていると、机の上にある手紙に目が留まった。封筒には『ひなみへ』と記載されており、裏を見れば『リグリス』と神様の名前が書いてあった。

 あぁ、やっぱりここは私の家なんだと確信をして、そっと手紙を開く。





 ひなみへ


 この手紙を読んでくれてるってことは、無事に家にたどり着けたみたいだね。

 さっきは説明できなかった、この家に関しての説明をするね。


 まず、ベッド横の壁に本棚があります。

 今は少ししかないけど、何か気に入ったものがあれば増やすといいよ。ここには、3冊の本を入れておくね。1つが『交換日記』だから、毎日書いてね。2つ目は、この世界の地図と一般常識が詰まった本『レティスリール』。最後に、ひなみが一番適正のある本が入るようにしておいたよ。だから僕も何の本かは分からないんだ、自分で調べてみてね。


 次に、キッチンについて。

 基本的な物だけを取り揃えておいたから使ってね。ただ、日本と違ってこの〈レティスリール〉は魔法の、言うなればファンタジー世界。だから、根本的な概念が違う。

 地球では科学的だった物が、この世界では魔法的になっているんだ。水道やコンロなんかは、『魔法石』を使って作られている『魔道具』なんだ。これは魔力がなくても扱うことが出来る優れものなんだ。たぶん、見れば分かるところにスイッチがあるから押して使ってね。

 あ、水はちゃんと排水できるようにしといてあげたよ。


 あ、そうそう、大事なこと忘れてたよ。ポイントだね!

『交換日記』に、ポイントの取得方法と交換できる物の一覧が載ってるんだ。それを参考にして、ポイントを稼いでね。僕の為に。


 じゃぁ最後に…。

 ひなみを突然異世界へ送っちゃってごめんね。けど、その分いつでも見守ってるから、何かあったら僕を呼んでね。


 ひなみのこれからに、幸あらんことを…。


 リグリス





「神様… ありがとうございます!」



 私は神様の手紙をぎゅっと抱きしめた。

 そして次に、神様に言われたとおり本棚を見る。私に適正がある本があるから、それを見る。その前に、ちょうど本棚の横にあったもう1つのドアを開けてみる…うん、トイレだ。あって良かったよ、切実に。



「これが適正の本かな? …薬術書?」



 手に取ったそれは植物の葉と、花が表紙になっている緑色の本だった。

 パラパラとめくってみると、どうやら回復薬的な物の作り方と植物の育て方が書いてある本の様だった。



「何々… 体力回復薬ハイ・ポーションに、魔力回復薬マジック・ポーション。これが回復薬かぁ… もっと良い物になると、真紅の回復薬ガーネット・ポーション深海の回復薬マリン・ポーションね」



 これは、なんだろう。薬剤師的なポジションなんだろうか?

 ちなみに材料も記載されていた。





 《体力回復薬ハイ・ポーション

 体力草・水・瓶


 《魔力回復薬マナ・ポーション

 青色草・水・瓶


 《真紅の回復薬ガーネット・ポーション

 赤色草・橙色草・水・瓶


 《深海の回復薬マリン・ポーション

 蒼色草・魔力石の粉・魔力水・瓶





 なんだろう。

 材料は書いてあるけど作り方が載ってない…? あ、あった。まさか最後のページに載ってるとは思わなかったよ…。



「瓶以外の材料を鍋に入れて、一晩煮詰め、冷ます。そして不純物が混ざらないように抽出したものが回復薬ポーションとなります。 …え、大変だ?」



 これはどうしよう。

 とりあえず、大変そうだということは分かった。とりあえずそっと本棚に戻しておこう。本を閉じようとして、最後の1文が私の目に入り、驚きのあまり声を上げてしまった。



「あっ! ただし、神の加護により特殊な方法で生成することも出来る、とな!?」



 本の一番最後に、本当に小さく小さく書いてあった1文。危うく読みのがすところだった。

 そうだ、確か神様が最後にステータスを見てごらんって言ってたのを思い出す。私は慌てて《ステータス》を唱えて、《リグリスの加護》を見る。





 〈 楠木 ひなみ 〉


 13歳

 Lv. 1


 HP 30/30

 MP 45/45


 ATK 10

 DEF 10

 AGI 13

 MAG 20

 LUK 50


 〈スキル〉

 神様の箱庭

 光の狂詩曲ライト・ラプソディア

 天使の歌声サンクチュアリ


 〈称号〉

 リグリス神の加護





「スキルが増えてる…!神様の加護は…?」



 《リグリス神の加護》

 リグリスと交換日記が出来る。

 加護スキル《天使の歌声サンクチュアリ》を使用することが可能になる。



 《天使の歌声サンクチュアリ

 旋律を奏で、力を与えることが出来る。

 効果:植物・鉱石などの成長促進、調合過程の短縮。



「……なんだろう、スキル名は壮大な感じなのに効果は庶民的?」



 これは、あれですね。

 戦闘をするのではなく、生産をする側の人間ってことかな。

 でも、正直そういった物騒なことは苦手なので助かる。魔物の出る世界で、剣で戦ってくれと言われても、私には無理だ。こればかりは断言出来る。

 とりあえず、私が回復薬ポーション作りに適正があるのであれば、怪我などをした際も安心だ。それに、もしかしたらこれを売ってお金を手に入れることも出来るかもしれない。





「それからキッチンは、なんだか可愛いけど不思議…」



 可愛いピンク色で、きのこ柄のキッチンマットが丁寧に敷かれているキッチン。まな板と、包丁と、お鍋と、フライパン。それから数枚のお皿とコップなどの食器がすぐ横の棚に置いてあった。

 おそらくコンロだと思われる場所には、鍋敷きのような石?が置かれていた。円形の形で、真ん中に炎の絵が描いてある。ふと、その少し手前に同じ炎の絵が描いてある透明の石?があるのを見つけた。少し戸惑いつつもそれに触れると、円形の石から炎が燃え上がった。



「わっ!何これすごい…!!」



 これが魔法… いや、魔道具というやつなのかと関心する。

 そして横にある、流しのシンクのようなくぼみ。これはきっと水道的な魔道具なのだろう。よく観察してみると、それはあった。シンクの上には鉢があって、小さな花が咲いた植物が植わっていた。そしてその植物の葉に、水のような雫の絵が描かれていた。期待に満ちた目をしながらそれにそっと触れると、小さな花から水が溢れ出た。



「ファンタジー!!」



 思わず叫んでしまった。

 でも、お花から水が出るとかちょっと、すごい、なんか可愛くていいね…!

 ここで調理して、ご飯を食べればいいんだ。なんだかここのキッチンはすごい可愛くて、私にはもったいないくらい。大切に使わせて貰おう。ありがとうございます、神様。



 あとは… そうだ、交換日記を確認しよう。

 私はベッドに腰掛けて、交換日記を開いた。そして最初のページに目を通すとポイント取得方法が書かれていた。





【所持ポイント:0】


【交換日記】 3

回復薬ポーション調合:下位】 1

回復薬ポーション調合:中位】 2

回復薬ポーション調合:上位】 3

回復薬ポーション調合:特殊】 5

【魔物討伐:D】 5

【魔物討伐:C】 10

【魔物討伐:B】 20

【魔物討伐:A】 50

【魔物討伐:S】 100

【魔物討伐:魔王】 無限

【その他:特殊】 都度適切なポイント


【なお、出来ることが増えていくとそれに伴い項目が増加します】





 なるほど… 交換日記を書いたり、回復薬ポーション調合でも貰えるんだ!それなら私でもなんとかポイントを貯められそうだ。そしてふと、目に付く。【魔物討伐:魔王】 無限 って、なんだこれは…。うん、見なかったことにしよう。

 そして次に、ポイントで交換して貰える物を確認する。





【所持ポイント:0】


【栽培キット】 10

【鉢植え:小】 1

【野菜の種セット】 10

【ハーブの種セット】 10

【瓶:100個】 3

【お風呂】 30

【部屋】 50

【屋上】 50

【地下室】 10


【なお、出来ることが増えていくとそれに伴い項目が増加します】





「おぉ… って、お風呂…!!」



 あんまり交換できる種類は多くは無い。が、【お風呂】とある。これは、これはすぐにでもゲットしないといけない物ではないだろうか…!? けど、30ポイント。今の私は0ポイント…。

 とりあえずは、今日の分の日記を書いてプラス3ポイントをゲットしよう。

 けど、それだと30ポイント貯めるのに10日は掛かる… さすがにそれは厳しい。きっと何か打開策があるに違いない。それも合わせて日記に書いて、少し神様に聞いてみよう。



 私は交換日記に、改めて花を助けてくれたお礼と、今日、私が感じたことを綴った。

 森がすごく綺麗で感動したことや、新しいスキルのこと。それから、家がとっても可愛かったことも。それから、ずうずうしいとは思いつつ、ポイントを貯めるコツはありませんかと、素直に聞くことにした。

 今日はこれで休んで、明日から頑張って生きようと思う。

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