第6話 術式パラノイア
「あっ貴方、突然割り入って…!」
ブレやんは彼女の剣を手首で受け止めていた。手首の半ばまで剣がめり込んでいる。致命的な量の血液がバックリ割れた手首からとめどなく流れ落ちる。
「ブレやん!!!」
だが、ブレやんはそんなことはどこ吹く風な表情で、切れ目がちの目を俺に向けた。
「…遅かったから迎えに来たぞ、スミ」
「貴方、この下手人のお仲間ですか!もしもそうなら…」
「…俺は今、スミと会話をしている」
ブレやんの一言で魔可原が黙り込んだ。剣を構え直すも、僅かに剣先が震えている。押さえ込もうとはしているが、動揺が隠し切れていない。
その理由はなんとなくわかる気がする。
俺は再びブレやんに視線を向ける。
汗一つ流さない彼が放つ異様さ。
彼は俺の味方のはずなのに、彼女と同じく俺も異様な雰囲気に呑まれてしまっているみたいだった。
「ありがとうブレやん…」
「無事で何よりだ。」
「でも、でもお前手が」
「擦り傷だ。こんなもの」
致命傷だろ。
ツッコミたいがそんな気力もない。
兎に角、血を止めるのが先決だ。俺はブレやんの治療を行うべく歩み寄る。
カラオケって救急箱とかあるんだろうか…。
畜生、全身が痛ぇ…。病院…救急車か…?
いや、まずは魔可原の誤解を解いて、でも詞音ちゃんが…
「いやぁ〜!!スマホ割れてもうたわぁー!!!!」
素っ頓狂な悲鳴がすぐ横から聞こえる。振り向けば、ピンク髪がよく目立つ青年、ナメがいた。
どうやらスマホを投げ込んだのはこいつだったようだ。ナメはヒビ割れたスマホを指でツマみ、下手くそな泣きマネを披露している。悪友のそんな姿に安心したのか調子が崩れたからか、気が抜けた。
「おいナメ!スマホ、使えるなら救急車…」
「あぁ、おっけーおっけー。ばっちしやで」
指で丸を作りながら、ナメがいつもの軽い調子で喋りかけてくる。
というか、警察や救急車くらい野次馬の誰かが呼んでくれてないだろうか。
…そういや妙に静かだ。まるで俺ら以外誰もいないみたいな。
いや、本当にいない。というより、全員何事もなかったみたいにカラオケを後にする。
人払いの術式だろうか。一体誰が?
「澄夏っ!」
「悪い、ヒメ」
頭を悩ませている間にヒメも来た。古くからの馴染みである彼女、もしくは彼の華奢な体に預けるのは少々不安だが、折角支えてくれるのだからお言葉に甘えて体重を預けることにした。
「大丈夫?スミ…?」
「あぁ。でも、俺よりもブレやんが…」
一番重症をおっている張本人のブレやんに視線を向ける。彼はというと、誰に向けてか何やら話し始めた。
「…術式名を呼ぶのはかつての詠唱の名残りだ。体内の魔力を活性化させ、空気中の魔力を喜ばせる為の
だが、それは同時に弱点にもなる。
…術式効果と全く無関係の名付けは出来ないからだ。下手な名付けは魔力が呼応しない。発動に至らない。
その為、術式は自動的に名称でその効果について大体の判断がつくものとなる。そこに使い手の経歴を合わせれば、中身は見えたも同然だ」
俺の心配はどこへやら、取れかけの手首をオモチャの蓋みたいに開け閉めしながら、ブレやんが誰に向けてか語りかける。妙に饒舌なブレやんに、そんな姿を初めて見る俺とヒメは目をパチクリさせた。
いやそんな事より取れかけの手首で何をしてんだ。頭イカれとるんか。
「魔可原家は名家、桑原家の守り手。もとい処刑人の役目も務める家だ…。
…彼女の術式の名称は『
名称から見るに…これは処刑の為の術式、いやもっと言えば首を落とす為の術式であると考えるのが妥当だろう」
「お前、手首…」
「…パペットみたいで良くないか?」
「「「「いやいやいやいや」」」」
全員で手を振った。ブレやんのジョークなんて初めて聞いた。冗談で言ってないかもしれないから恐ろしい。よく見たら魔可原も一緒になって手を振っていた。案外、ノリがいい子なのかもしれないなと思った。
一瞬、彼女と目が合ったがすぐに目を逸らされる。…嫌われてんなぁ。
未だに俺のことを誤解してそうな彼女はブレやんに対し尋ねた。まだ柄からは手を離そうとしない。
「じゃあ…どうしてわざわざ腕で受け止めて…?」
「腕やなくて手首やで」
聞き慣れた関西弁。
ナメが2人の会話に割って入った。
素人の俺でもわかる隙だらけな格好で近づいて行く。
「術式の穴やんなぁ。あ、さっきスマホ投げてゴメンなお姉ちゃん!オレ、ナメ。よろしゅうな」
へらへらした態度で魔可原の前に立ったピンク髪のナメが、ブレやんの手首を見て大きくのけ反った。
「うっわ、イタそ〜」
「そうか?」
「夢に見てまいそうやわ。まぁ、ブレやんやし問題ないか。接着剤あったから付けといたら?」
「助かる」
いやいやいやいや。
また共鳴した。ヒメと魔可原と3人で手を横に張る。
止める間も無く、ブレやんがナメから受け取った瞬間接着剤を断面に塗りたくるとそのままペタッとくっつけた。
アナタ、そんなオモチャじゃないんだから。
「さっきさぁ」
ナメが魔可原に言葉を続ける。
バキバキに割れたスマホを彼女に見せながら言う。
口元はヘラヘラと笑っているが、目元の表情は髪に隠れて一切見えない。
「オレのぶん投げたスマホは剣がすり抜けたわけやんか。
ほな何やったら斬れるんやろ思ったら、そっからは連想ゲームや。
潔ちゃん言うたっけ?処刑人名乗ってて?日本における処刑で?日本刀使います言うたら、もう斬首しかないやろ?
だから首を断たせたんやな。首は首でも手首やけど」
ケラケラと笑いながらナメは言う。
ヒメと違い、ナメとブレやんとは高校からの付き合いだ。彼らは一体何を知っているのか。本当に俺たちと同じ落第寸前の落ちこぼれなのだろうか。俺たちがまるで知らない知識を語る様子とそれを実践してみせた姿は、2人には申し訳ないがほんの少し不気味に映った。
「まぁ、ブレやんやなかったら完全に手首落ちてたやろけどな」と付け足しさらにゾッとする。
なら、それを受け止めたブレやんは一体何者なのか。
「術式ってな?実際笑ってまうくらいガバガバやねん。
『
どれも名前負けの不完全な術式や。キミのそれも同じ。首やったらなんでも良いって具合よな。お人形さんでも防げると思うわ」
ポケットに手を突っ込みながら、ナメが彼女の周囲を回る。その様子は猛獣が獲物の周りを徘徊する様を想起させる。
警戒し、口を閉じていた魔可原が尋ねた。
「…あ、貴方、一体」
「今はそんなんどうでもええねや」
ナメが言葉を遮る。
意地の悪い笑みを浮かべる彼を見てると、なんだかこちらが悪者になった気分になってきた。
「潔ちゃんな?ご主人様おらんなったんやっけ?心配やんなぁ。スミもついさっきまでその子とおったらしいもんなぁ。焦ってるし、つい早とちりしてまうこともあると思うわ!」
「それじゃあ…貴方は彼が無実だと…」
「せやで。そう言っとるねん。匂いしたからとかアホか。しかも犯人やとして何首取ろうとしてんねん?考え無しか?なぁ頭冷えてきた?流石にまずった思てる?
キミがこんなんやってる間にご主人様死んどるかもせぇへんなぁ。なぁ、誰のせいやろ?スミのせい?ちゃうよなぁ。キミのせいかな?いらんことして時間使うて。護衛のキミが何しとるんやろか。何護ってたん?なぁ、教えてや。そういや処刑人やったっけ?ご主人様の事、処け」
「おいナメ、それ以上は」
言葉のナイフがチクチクとしてきたナメを諌めようとした。だが、それよりも前に…
ゴン!!!
「ったぁ〜〜〜!!!???」
「…言い過ぎだ、ナメ」
ブレやんの拳骨が脳天に突き刺さった。
除夜の鐘かと思うくらい鈍い音が聞こえた気がする。
というよりブレやんの奴、斬られた方の手でゲンコツしやがった。痛くないの?こっちの手が痛くなってくる。
ヒメも何もされてないのに痛そうな顔をしている。
「う」
「?」
絞り出す様な声が聞こえた。
声の主は、すぐ正面の
「うわぁ〜〜〜〜〜ん!!!ごめんなさい〜〜〜〜っっっ!!!!!」
子どもみたいに泣きじゃくる潔ちゃんこと魔可原だった。
わんわんと泣く彼女の姿を前にして、珍しく目を見開いていたブレやんが俺の方を向いた。
「…スミ」
「俺は別に彼女には怒ってねぇよ。というかブレやん、お前病院行けって」
「なぁなぁ頭割れてない!?凹んでない!?オレ、怖くて触られへん!」
ドS言葉責めヤロウことナメがバタバタと駆けて来た。
ブレやんよりコイツの方が怖いかもしれない。
「あっ、割れてないすよ。はい」
「なんか余所余所しいな!?!?」
「大丈夫っす、ナメさん。あざっす」
「ね、ねぇー!!!」
「「「???」」」
ようやく空気が弛緩した。いつもの調子で軽く話し始めたところで呼び止められた。
よく知る彼、もしくは彼女の方へ3人で振り返る。
「ボク、完全に空気なんですけどぉ…!」
安心しろヒメ。お前のおかげで空気が和む。
神姫パラノイア どか森。 @dokandokan
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