第2話 ファミレスパラノイア

 花センの怒涛の授業を終え、更に古文に数学と目の回る様な補習地獄を耐え抜くと時刻は既に16時。

 俺、ヒメ、ナメ、ブレやんの4人は這う這うの体で学校を後にし、言葉一つ交わすことなく駅へと直行。

 都合よく来た電車に乗り込むと、思った以上に中は空いていて、4人並んで席に着く。

 私服姿の同い年らしき連中が夏を満喫しているのを見て嫉妬心がチラリズムするがそれもご愛嬌だ。

 ナメが煽り始めそうな雰囲気だったが俺はそっとそれを諌める。そういうのは口に出すと、後であまりにも自分が惨めな気持ちになるのだ。

 俺の視線での訴えに何か感じ取ったのか、ナメも不貞腐れた様子でそっぽを向いた。

 そして登校時と同じく約7分。

 電車から降りると、俺たちはそのまま駅近のファミレスへ飛び込んだ。


「ぶはー!くたびれるわ〜!夏休みってなんやの!?って感じの1日ですわ、ほんまに」

「ほんとほんと!どうしてボクらだけこんなに勉強しなきゃなの!?あ、馬鹿だからか、わはは!!ヒィア!」

「情緒不安定かな?」

「ブレやんブレやん。ブレやんはいつも通りドリンクバーだけでいいの?」

「あぁ」

「んじゃボクもドリンクバー!あとミックスグリルとたらこパスタ!でぇ、マルゲリータとポテトみんなでシェアしない?澄夏は何頼む?」

「よく食うねお前は。俺もドリンクバー。あとドリア」

「おっけー!お兄さん注文いいですかー!」

「ちょお、まだオレなんも決めて無いんですけど!?」


 溜まっていたフラストレーションを吐き出しながら、いつもの調子でダベり始める。

 時間も飯時からズレているので、レストラン内もそう人は多く無い。


「なんやヒメ!その泥水色の液体は!」

「もちろん全混ぜ…!」

「あ、アホかお前…!それは中学で卒業しとく遊びちゃうんか!」

「しかして全混ぜ…!」

「お、お前備え付けの調味料まで…!?ヒメの何がそこまでさせるんや!」

「虎穴にずんばずんばコージえず、ってやつだよ!」

「何言っとるか一つもわからん…!」


 騒ぐ2人への店員さんの非難の目が痛い。

 俺はペコペコと頭を下げると隣に座した筋肉ムキムキやから風のブレやんに尋ねる。


「なぁブレやん、ここで騒ぐのもなんだしさ。メシ食ったら後でカラオケでも行かないか?」

「…いいとも。新たな十八番を見せる時か」


 流石ブレやんだ。いつだって全てを受け入れてくれる器の大きな男ことブレやん。

 今日もブレやんお得意のどマイナー演歌が炸裂するだろうが、俺は大人しくマラカスで盛り上げ役に徹するぜ。


「Oh!JAPONでイタリアンが食べれるだなんて思ってもいまセーンでした!」


 俺たちの声に負けず劣らずの女声が少し離れた窓際奥の席から聞こえた。

 カタコトな日本語からするにおそらく外国人だろう。チラッと視線を向けると、2人組の男女が目に入る。そのうちの1人、浅黒い肌のお姉さんが声の主だろう。

 …大食いタレントとかだろうか?

 テーブルには既に山の様に皿が積まれており、それでいてなお注文を続けている。

 俺の承認欲求がもう少し強くて、俺のネットリテラシーがもう少し低かったらSNSで大バズりしたところだ。

 まぁ、しかし…


「カタコトってのも良いよな」

「…そうだな。ちなみに俺のお隣さんの」

「なんか知らない内に澄夏とブレやんがまたエッチな話してる!混ぜて混ぜて!」

「まっっっっず!!!!!墨汁の方がまだ美味いやろこれっ!!!…ってお前ら、オレのことムシすなやっ!」


 この5分後、俺たちは痺れを切らした店長にファミレスを追い出される事になるのだった。


 …

 ……

 ………


「喧しいねぇ。元気なワケだね若い子は」

「ん〜!このお豆のサラダも楽しい味デース!」

「聞いてないワケね」


 2人の男女が窓際の席を陣取っていた。

 テーブルには山の様に皿が積まれていて、フードファイターでも来たかと目を疑うほどだ。

 また一段、皿が積まれた。目元に傷のある女性がウェーブがかったブラウンの髪をゴムで纏めて一息つくと、ピザ一枚を小さく折りたたみ豪快に食らう。

 彼女は食べ物を口に運ぶ度に実に幸せそうに頬を緩め、料理を褒めそやす。


「エスタ リコ!このピッツァも美味しいっ♪ネェ、安くて味もイイなんて最高だと思わナイ?」


 正面の男に尋ねる。しかし、返ってきたのは大きな溜め息だ。


「はぁ〜…。なんでオレらはこんな島国にまで来て、イタリアンもどきを食ってるワケ?安いのは結構なワケだけど…スシ!テンプラ!カツカレー!

 …ねぇ、オレぁ短い一生、掛ける食には出来る限りこだわりたいワケよ」

「んぅ〜…♪このチキンもピリっと辛くてなかなかネ!要らないなら、残り貰ってもいいかしら"メートル・ドテル"?」


 給仕長の意味を持つ言葉で呼ばれたのは、言葉通りの給仕姿の男だ。上は白のワイシャツに腰には黒のエプロンを巻いている。

 一見、店の店員にしか見えない彼はソファに体を預けて安ワインに口をつけた。

 背もたれにどさりと体を預けると、空いた手をひらひらと振り、どうでもいいと言わんばかりに一言。


「あぁ、あぁ、好きにしな」

「グラシアス!」


 感謝を述べると共に彼女はガチャガチャと料理の皿を空にしていく。


「…で?もぐもぐ。『神の子』の様子はどうなのカシラ?」

「もうお仕事モードなワケ?気楽に行こうや」

「リラックスなら十分ヨ〜。有り余って余りあるワ♫」

「はっはっは。そういうワケなら仕事の時間と行くか。

…『テーブル上の戦場縮図テーブルマナー』」


 男が呟くと、テーブルの上の料理やその残骸が意思を持った様に動き出した。

 食べこぼしたスパゲティが、転がったグリンピースが、皿にこびりついたミートソースが、這いずり、テーブル上を縦横無尽に動き回り、奇怪な絵図を描いていく。骨片やパスタは所定の位置に着くと動きを止め、対してパンくずや肉クズは不定期に移動を続ける。それはまるで質の悪いストップモーションアニメだ。

 ちびちびとグラスを傾けながら、男は汚れた机の一角。チキンの骨で組まれた四角を指差した。その手前ではパンのくずが一つ、真っ直ぐに骨の前を横切っている。


「こいつがオレらの席から見えるあのカラオケ」


 女が窓の外に目を向ける。確かにそこには大衆向けのカラオケ店が鎮座している。そして、店の前を1人の男がちょうど横切るところだった。

 視線を机に戻すと、更に男は指を這わせる。

 骨で組まれた店に入ると、中はパスタやソースでいくつにも区分けされており、区分けされた箱の中にはそれぞれ2つや3つ、稀にそれ以上の数の食殻が詰められている。


「これだ」


 男はその中から一粒のグリンピースを指差した。


「これから彼女の臭いがする。このグリンピースがなワケ。1階店内、入り口から右に曲がり、突き当たりを左。奥から3番目の部屋、4人のうち左奥の席の女だ」


 給仕服の男は言葉を続ける。


「かれこれ3時間。まだカラオケルームからは出てないワケだ。お子様は時間があって羨ましいわな。

 だがもう直、その店は停電する。そうさせる。オマエはカノジョを攫うんだ。説明はオーケー?さぁ、準備はいいか?」

「イエー!戦場がワタシを待ってるネー!術式は、店を出てからの方がイイカシラ?」

「当たり前だろ。魔力探知に引っ掛かるとかったるい」


 男はグイとグラスを大きく傾けると、食事を終えた目の前の彼女に向かい「おい」と一声。


「確認だ。仕事は?」

「気楽に迅速に!」

「オーケイ。オレはここで取り仕切る。

 …楽しくやろうぜ"マチェーテ"マキータ」

「シー セニョール♫やっちゃうワヨ〜で嬉しく楽しくネ♫」


 女が立ち上がった。椅子に掛けてあったリュックサックを背負うと、真っ直ぐに店を出る。


 男が傍らにあったマグカップを手に取った。中身は闇よりも暗い珈琲。鶏骨で作られた枠上でマグカップを傾ける。黒の液体は抵抗なく枠へと注がれた。


 彼女は真っ直ぐ、真っ直ぐ、迷いなく、標的のいるカラオケに足を踏み入れ、そして、


「『歌い踊ろうあの日の戦場アレグリア』」

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