第1話 登校パラノイア
行きつけのハンバーガーショップ、幕の内成穂堂を後にして先ほどの交差点から電車で二駅。電車に揺られておよそ七、八分で俺たちが通う学校近くの駅に到着した。
校長が趣味で作ったらしいやけに高い時計塔が天を突き刺しているのが、駅からでもよく見える。駅前から校門までは徒歩1分。改札から少し歩けば、校長そっくりの顔をした仁王像2体が校門前で俺たちを見下ろしているのである。
「何度見ても慣れねぇなぁ」
「そう?ボクは流石に見飽きてきたかも」
私立凛と参じる高等学校。略して
どうも校長の趣味らしいが、学校史には食指が動かないのでその辺りは割愛させていただこう。
中高一貫校で、総生徒数は約七〇〇人。
偏差値で言えばギリギリ進学校に足を突っ込んだ位で、勉学嫌い嫌いなのであった俺が運良く滑り込めた愛しき母校である。
この学校が有名な理由は校長関連ともう一つあるのだが、それはまた後ほど語る機会もあることだろう。
俺とヒメは1年生だ。クラスも同じ。
校門をくぐり右に曲がると高校生のテリトリー。1年生の教室は3階だ。上靴に履き替えそそくさと移動する。魔術式を組み込まれた校内では配給された上靴に魔力を流せば、スケートリンクを滑る様な流れる移動が可能となる。…のだが、まあ、俺やヒメみたいに魔力量に難のある奴にそんな無駄遣いは出来ない。
テクテクと地面の感触を存分に楽しみ尽くすのだ。
…
……
………
類は友を呼ぶと言うか、同じレベルの奴が自然に集まるのかは分からない。
今回の補習授業のメンバー。張り出されていた哀れな奴らを見てみれば、どうしてか俺と親しい奴は軒並み補習組だった。
事業開始時間まで後10分もない。
面倒な授業の時間ももう
などとナイーブな心持ちで教室のドアを開けると、同学年の面々が思い思いに休憩時間を過ごしていた。おぉ…夏休みを拘束された思春期の青少年たちの怨念が教室中にひしめいている。
どうも今回の補習授業は全クラス一纏めで取り行うらしい。人数はざっと20人足らずと言ったところだろうか。一年は1クラス約30人で5クラス。総数約150人と考えると一握りの落ちこぼれたちが大集合というわけだ。
俺は不思議な親近感を抱きながら見知った顔と軽い挨拶をかわしていく。若干の距離を感じるのは思春期を加味して、ギリセーフとしておこう。
内心ガックリきながらも、特に親しい悪友共の姿を探していると、ヒメが「あっ」と声を上げる。どうやら発見したようだ。ヒメの視線を追うと、窓際後ろの席でダベる悪友2人の姿を見つけたのですぐ側の席を取った。
彼らの周辺だけやけに空いている。まぁ、色々と評判の人物であることには間違いない。俺たちと違って。
近づく俺たちの気配を感じたのか、一際目立つピンク髪が顔を上げた。
「おっすナメ。メシ食った?」
「おー、有名人が来よったわ。メシは学食で済ましましたわっと。
てーか随分おそい登校やん?ホテルかなんかで乳繰りあっとったん?」
「バーカ。んなわけあるかっての。外で昼メシ食ってたんだよ。なぁヒメ」
「そうともそうとも!あ、ナメ!幕堂の新作出てたよ〜。チョコミントシェイク、味見する?」
「チョコミントぉ?いらんわ。幕堂も気ぃ触れたな。あんなん歯磨き粉やんか」
「はーあ!?うーわ!出た出たチョコミントを歯磨き粉扱いするやつ!そんなんだから補習受けるんだよ!」
「おまえもやん」
関西弁でピンク髪の友人Aことナメ。チャラい系の不良染みた見た目の男だ。目元を隠すピンク色の髪に、耳にはピアスがじゃらじゃら。蛍光色のシャツの上から学生服を羽織る彼は、見た目通り不真面目で軽い性格だ。
今もスマホで何処ぞの女性と連絡をとりながら、ヒメとチョコミント談義を繰り広げ始めた。
やいのやいのと言い合う二人を余所目に、最後列の席で机に脚を乗せて小説を嗜む男に手を挙げて挨拶する。
友人Bことブレやん。口数の少ない男で、そのあだ名は独特の髪型から来ている。ガタイが良く、筋肉隆々でよく日焼けした見た目も相まってこちらもナメとは違うベクトルで不良っぽい。いやこれが不良でなくて、何が不良か。
ただ性格は穏やかで紛れもなく良いやつだ。
「ブレやんもおっす。何読んでんだ」
「…あぁ。妹物を少々な」
「…そっかそっか」
純文学読んでるみたいな雰囲気で官能小説読んでるよこの人。
しかして聞き捨てならない事を言ったなこいつは。ここは彼のためにも言っておかなければならない。
「妹物か…。ブレやん、夢を見るのは自由だが、そいつは儚い幻想だ。現実に妹がいれば鼻で笑っちまうシロモノだよ。新時代は近所のお姉さんだ。母性たっぷりのな」
「…残念ながら」
ブレやんが顔を上げた。…な、なんだ?彼の切れ長の瞳と目が合うと、不思議と背中に怖気が走る。
「俺には十人の妹がいる」
「なん…だと…」
「実妹5人、義妹4人、年上の妹が1人、な」
俺はあまりの衝撃に椅子から転げ落ちた。
俺はとんでもない男を友人に持ってしまった。どうして彼はこんなにも堂々としていられるんだ…?多感な時期だろ?ち◯ち◯付いてる?
「そして…」
ど、動悸が…。な、なんだ?ただでさえイかれたラブコメみたいな家族構成なのに、これ以上何が出てくるというんだ…。
呼吸が荒くなる。期待と恐れの中ブレやんの言葉を待つ。聞いてはいけない、と俺の中の何かが警鐘を上げている。
しかし、聞かざるを得ない。ここで逃げれば俺は一生後悔する…!
恐る恐る俺はブレやんに続く台詞を促した。
「そ、そして…?」
「隣には時折、ご飯を作り過ぎてお裾分けしてくれるおっとりとしたお姉さんが住んでいる」
「う、嘘だ…!現実に存在するのかそんな理想のお姉さんが…!?」
「…りにだ」
「…い、今…な、なんと」
「両隣に、だ」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!!!!!!????」
レベルが違った。
な、なんだこれは…?夢、夢なのか?俺は悪い夢でも見てるっていうのか?
あまりの衝撃に椅子から転げ落ちた。畏怖の感情に視界がぐにゃりと大きく歪む。いつもそうだ。ブレやんは俺の想像を大きく超えてくる。
視界の端ではヒメとナメの談義がヒートアップしてきた。
「あーもう、うっといわ自分!そもそもチョコミントなんか食欲減退色使ってる時点で売る気あるかって話やん!ミントガム噛んどけ!」
「なにをぉ!?あの色がいいんでしょ!それとガムとチョコ一緒に食べたらガムが溶けちゃうでしょーが!!バカだなナメは!
あっ!おっはーブレやん!ブレやんはチョコミントどうよ!美味しいよねっ?良かったら味見してみてよ!」
「頂こう」
エロ小説をパタリと閉じると、ゆったりとした動作でチョコミントシェイクを受け取るブレやん。いやブレやんさん。
優雅さすら感じさせる所作でストローに口を付けた。
ヒメとナメがごくりと唾を飲んだ。
俺も俺で、これなんの時間なのと思いながらブレやんの反応を伺う。
「…どう?どうどうブレやん?美味しいでしょ?美味しいよね?」
「美味ないよな?飲めたもんちゃうやろ?」
「なんだナメ!チョコミントに親でも殺されたんかおまえは!」
「あー?何度でも言うたろか!チョコミントは人類の敵!チョコミントは歯磨き粉!歯磨き粉食っとけ!」
「きさまー!」
「…ふぅ」
やいのやいのと再び言い合いを始めたナメとヒメ。そして、一息吐いたと思えば、いつの間にやら空になったカップを置くブレやん。
…こいつしれっと飲み干しやがったな。
「腹の足しにはなったな」
「ちょ!?ブレやん!飲み干しちゃったの!?味見だけって言ったよね!?」
「悪い」
「悪いじゃないよ!?くあー!ボクのチョコミントー!!!
…まぁいい!ねぇ味は?味はどうだった!?」
「不味いやろ!不味いよな!今から歯ブラシ出して歯ぁ磨き出すんよな!」
「…」
「……」
「………」
「腹に溜まればそれで良し」
「「なんの参考にもならねぇ!!」」
キーンコーン、予鈴が鳴った。そろそろ担当の教師が来る筈
ドカァン!!!!
「おっらぁチャイム鳴ったやろ!!おどれらちゃっちゃ席つけぇよ!!!
儂の貴重極まりない人生の時間つこうて補習の時間設けとるんやからのぉ!ほんまちったぁ頭良うなってくれんと教える甲斐ないけぇ、昼寝かましたら承知せんど!」
…だ。
野太い怒号と共に教室のドアを破壊したのは我らが担任、
最早どこの方言なのかよく分からない乱暴極まりない口調と低音ボイスからは想像できないロリ体型だぼだぼジャージ女教師である。で教壇に立つが、身長のせいで頭半分しか見えないのでお立ち台に登る。それだけ見るととても可愛らしい。
…のだが、それを一度指摘したものは時計塔の先端に無惨な姿で吊るされるのでもう誰も口には出さないのだ。左斜め前の勇気あるアホピンクが元気よく花センに手を振る。
「花ちゃんせんせー!おはよーさーん!」
「おうおはよぉ
「おはよー花ちゃーん!」
「おう、おはよう猿見!今日もかわええツラしとんの!」
「差別や!」
「だぁ《黙》れ滑利こらぁ!!補習メンバー全員来とるか!1、2、3、4…15人。んん?1学年全クラス合わせて16人おる筈やろぉが。誰じゃ来とらんのはぁぁ…」
血管に額ばきばきに浮き上がらせながら、ギロリと俺たち四人組を睨みつける花セン。
「えぇ目つきやわー」。背後よりアホピンクのセリフが聞こえたが聞かなかったことにする。
性癖は人それぞれだもんな。
「ウチのアホ四人は全員おるのぉ」
「ひどい!」
ヒメに同じ。実に酷い。しかし的を得ている。類友もとい同クラ成績ワースト4の集まりだもので。「ほんまキッツいわぁ〜」、うるせぇ。甘い声を出すな。黙れ。
「やかましいっ!…おぉ?いや、違うなぁ。よう考えたら一人足らんのぉ。ウチの女子が一人おらんやんけぇ…。
怒髪天を突く花セン。軽羽座あお、か。俺らのクラスメイトだ。面識はほとんど無いが、つい先程見かけたばかりでここにいない理由も知っているのに、黙っておくのも気が引ける。
おそるおそる手を挙げて一言。
「あー花セン」
「ぁんじゃぁァァァァァァ!?!?!?」
「はいすいまっせんっ!!!」
反射的に謝ってしまった。こえ〜。ほんとこの見た目じゃなければ犯罪だよこの人。いや、この見た目でもギリ犯罪だわ。だってちょっとチビっちまったもん。「羨ましいわぁ…」、嫉妬の目を向けるなアホピンク。ブレやんは無言で2冊目に突入するな。
ジロリ、と花センに視線で言葉を促される。
「あ、あー、あいつ、
「あぁ?あぁーー???安全活動?…今日何日じゃ。8月の…おぉ!そうかそうじゃったのぉ!そんなん言うとったわ!ほんまけったいなとこ所属しとるなアイツはぁ。正義感強うてもしんどいだけやろーが」
幼女モドキの花センがぶつくさ言うと、黒板に『お咎めなし!』と荒々しい文字がデカデカと浮かび上がった。
「しゃーないのぉホンマぁ。おいアホ4人。誰でもいいけぇ、ノートとっといたれ。
ほんだら時間も押しとるけぇ、補習授業始めんぞコラァ!」
もう早く始めてちょーだい。
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