第74話



 エルシュタイン王国の歴史において、フレン・レイフォースは聖光神に最も祝福された子供だった。


 若干八歳にして剣を教わっていた元聖騎士の師を超え。

 齢十歳にしてレイフォース家が治める街で開催された剣術大会で大人を負かして優勝。


 固有技能オリジン・スキルは炎魔法系統に属する金陽炎サン・フレイム


 並みの魔法使いより火力が高く、更に金色の炎は見る者を感動させる程に美しい。


 魔法は魔法使い以上、剣術は騎士以上。その才は天井知らず。

 更に本人の容姿も非常に整っており、血統も四侯聖家の出自とくれば当時の国王が十六歳というまだ成人前にも関わらずフレンを勇者に任命したのも頷ける。


 夜会では引っ張りだこで、常に貴族令嬢達の注目の的。


 レイフォース家を訪れる貴族達はいつもフレンを褒め称え、活発化する屍の魔王軍を滅ぼすために神が遣わした救世主だと持て囃す。

 父は常にフレンを自慢の息子だと皆に紹介してくれた。


 世界は自分を中心に回っている。

 そう思い込んでいたフレンに転機が訪れる。


 今から六年前、フレンが十二歳の時、より優秀な師を父が連れて来てくれた。

 その年齢からほぼ引退気味だった先代の王国四英傑にして勇者。


 そして、のちに親友となる少年グランツは彼女の弟子だった。


『……』


『ねえ、君。喋れないの? いっつも黙ってるけど』


 同じ師に教えを乞う事となった一番弟子と二番弟子。加えて同年代の少年同士。


 だが、二人は最初から仲が良かったわけじゃない。

 グランツは寡黙を通り越して不愛想だったし、当時のフレンは才にかまけて天狗になっており、少々生意気だった。


『……喋る必要がないだけだ』


『わ、喋った……えっと、どうして?』


『お前は弱い。お前からは学ぶところがない。だから、言葉を交わす必要はない』


『……ふーん、じゃあ勝負しようよ。僕は木剣でやるけど、君は真剣でもいいよ』


 同年代どころか、大人にすら負けた事がなかったフレンは当然グランツの言動にカチンときた。


 師匠は何も言わず、二人の好きにさせた。

 

 弟子になる侯爵家の子息を特別扱いする事なく、逆にグランツに手加減してあげるよう助言した程である。


 新たな師、王国四英傑さえも自分を指導するには足らないのか。そんな失望を抱えながら向かい合って剣を合わせて幾度目か。


『……そんな……』


 喉元に添えられた木剣に硬直し、フレンは絶句した。


 同年代である少年に初めて負けた。


『……魔法を使えば……魔法さえ使えたら僕が勝ったんだッ、今度は魔法アリで勝負だ!』


『――みっともないよ、男がウダウダと言い訳して』


 勇者に叱られ、初めて拳骨を貰った。両親からすら一度も叱られた経験がなかった少年は、初めて誰かに怒られるという体験をした。


『……ッ』


 衝撃と動揺。


 一周回って反発心が生まれる。その日からフレンは師である勇者を無視する事にした。

 負けた自分に一切興味を示さず、素振りを始めたグランツの事も気に入らない。


 不貞腐れるフレンだったが、勇者は理不尽だった。生意気な態度を許さず、いきなりフレンの耳を引っ張って物陰に移動させられる。


 傍にいる使用人たちが慌てふためく様を一喝して黙らせ、勇者はフレンを見下ろした。


『い、痛いッ、痛いよお婆さんッ!?』


『誰がお婆さんだッ、お姉さんと呼びな!』


 涙目で抗議するフレンに、師は教えてくれた。


『グランツはね、あたしが間に合わなかったが為に魔王軍に滅ぼされた村のたった一人の生き残りなんだ。遅れてきたあたしをあの子は一度として責めなかった。逆に自分が強かったら皆を守れたのに。そんな事を真顔で言うくらい責任感と正義感が強い子だ』


『……?』


『才能に胡座をかいて周りを見下してたあんたとは違って、あの子は周りなんて見向きもせずに一心不乱に努力した。その差がこれだ。フレン、魔王軍の噂は聞いた事あるだろ?』


『……ある、けど』


『なら覚えておきな。今までのように甘やかされ、皆に守られて生き続けていたらダメだ。それじゃあ戦場に出たら真っ先に殺される』


『そんな事ないよッ、僕は将来、勇者になる人間なんだよ。魔王軍を蹴散らすって皆がそう言う――』


 再び拳骨を落とされる。


『い、痛いよッ!』


『いいかい? お前の才能はあたしも認めるよ。でもね、未来は決まってない。あんたはまだ何も成し遂げてない。何者でもないんだ。活躍を認められて、初めて英雄として、勇者として認められるんだ。実績を積んで、積み続けた先に見えてくる。要するにいつの間にかなってるもんなのさ』


『……そう、なの?』


『来な、グランツも』


 首を捻るフレンに苦笑しながら、師は我関せずの態度を貫くグランツも呼び寄せる。


『――二人とも。お前達がどう成長するのかは自分達次第だ。末端の兵士で終わるのか、聖騎士になるのか。王国四英傑にまで至るのか。それは分からないけど、二人には才がある。だからあたしの全てをお前達に教える』


『……師匠、俺は称号とか、階級とかは興味がない。でも強くなる。なってみせる。誰よりも。王国は俺が守るんだ』


『……ぼ、僕だって強くなるッ、この国を守るのは僕だよ!』


 先代勇者アルゼナは笑みを浮かべ、幼い子供二人の頭に手を置いて続けた。


『二人とも。今言った言葉、その気概。嘘じゃないね?』


『……え?』


『嘘じゃない』

 

 グランツに釣られてフレンも言い切る。


『嘘じゃないッ』


『そうかい。なら修業が辛くて逃げ出しそうな時。仲間達が次々に死んで心が折れそうな時。圧倒的な強さの敵と出会って恐怖した時。今日自分で言った言葉を思い出しなさい』


 二人の子供の眼を覗き込む。


――が王国を守るんだ。


『自分の言葉一つ守れない奴には英雄になる資格なんか最初からない。二人の才能はあたしが保証するよ。でも大成するのは一握りさ。あんた達はどうかなぁ。ただのホラ吹きで終わるか、それとも誠の英雄になるのか。甘ったれた貴族の坊ちゃんと小さな村出身の孤児がどっちに転ぶのか』


 そう言ってアルゼナはくしゃりと二人の髪を撫でまわした。


『勿論、二人が英雄になるなんてあたしは微塵も思っちゃいないよ?』


 今は亡き意地悪な師は二人の反発心を煽るようにそう続けた。

 

 

 


 

*   *   *


 



 天から降りて来た赤黒い光が形作るはかつての親友。


 黒の短髪に不愛想な仏頂面。容姿自体は整っているが、怒っているのではと勘違いしそうになるほどの鋭い眼光。


 フレンは思わず手を伸ばした。


 しかし、その手はするりとグランツの身体を通り抜けてしまう。


(……死んでいる。ああ、そうだ。グランツは……もう……)


『……フレン』


「……」

 

 声をかけてくるのは親友の形をしたアンデッド。霊体の身体をしたレイスという魔物だ。

  

(……だけど、それでいいじゃないか。種族が変わろうと彼は彼だ)


「……文句があるんだ。君に」


『……何だ』


「君の身体を乗っ取ったヴラドの演技を褒めるべきなのかもしれない。でも、普段から寡黙で喋らなかった君にも非があるよ……もっと些細な事でも会話していたら、きっと君じゃないと気付けたんだ」


『……また言い訳か?』

 

 からかうように告げるグランツにフレンは瞳から一滴だけ涙を流す。


『まあいい。もう過ぎた事だ、気にするな』


「気にするだろ、君死んでるんだよ!」


『なら、これからはもう少しお互い話そう』


「……どういう意味だよ」


『あの日の言葉を覚えているだろう?』


「……ああ」


『二人で国を守ると誓った』


「ああ、けど君はもう……」


『死んでいてもできる事はある。お前が望めば』


「……望むよ。そんな事で何かが変わるとは思えないけど」


『なら見せてやろう。今こそ、あの言葉が嘘じゃないと証明する時。二人で力を合わせる時だ』


 その瞬間、グランツの霊体がフレンが持つ魔力で形作られた青白い剣<叡智ノ剣>に吸い込まれるようにして掻き消える。


「グランツ?」


『……呼んだか?』


「は……?」


 フレンの剣が赤黒く変化する。刀身が幅広くなり、肉厚になる。

 片手剣から両手剣へと形を変え、その名も変わる。


 傍に立つ死神のような出で立ちに変化したアシルが呟いた。


「――戦王剣グランフォース。勇者と大戦士の力が混ざった究極の剣――らしいぞ」


 更に吸血鬼は続ける。


 ゆっくりとこちらへ歩いてくる首なし黒将軍デュラハン・ジェネラルを見据えながら。


「その攻撃力は……エルハイドの鉄壁の防御すら貫く可能性を秘めている」


 

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