第72話



 まさに間一髪だった。


 狭い路地に逃げ込む二人を追って、寸前で受け止めた剣閃。火花が吹き出る程の激しい鍔迫り合い。


 ノルが街に着いていなければどれほどの死者が出た事だろう。


 そしてヘレナがいなければ、ノルは死んでいたはずだ。


 ノルが戦う必要はなかった。最初から逃げれば良かった。彼女にとって、人族は守るべき存在ではないのだから。

 彼女が変わったのは間違いなくアシルの影響だ。


(俺と出会った事がノルの意思を変えた。なら、俺は死んでも彼女を守る義務がある)


『……そ、その剣……! その剣は‼︎』


 首のない巨漢の騎士が振り下ろした一刀を吸命剣パンドラで受け止めたままアシルは目を剥く。


 エルハイドの剣は近くで見ると、刀身や装飾が黒いだけで造形は聖剣と異常に似通っていた。

 

「……雷剣の勇者……何故かつての勇者が魔王軍の最高幹部になった⁉︎」


 せめぎ合っていた力を急に抜くと同時に、前のめりで振り下ろされた剣をアシルは横に躱す。

 そして足払いを狙って蹴りを放つが、


『運命か。私の首を斬り飛ばした忌々しい剣の使い手と、ここで合間見えるとは……』


 全身暗黒闘気に身を包んだ首なし黒将軍デュラハン・ジェネラルはびくともしない。


 硬直したアシルはエルハイドが放った横凪ぎに防御が間に合わない事を悟るが、


「<死霊強化オーバー・アンデッド>」


 全てのアンデッドの使役を止め、街を覆う大規模魔法陣の固有技能オリジン・スキルをも解除したノルがアシルに向けて杖を振るった。


「……ッ!」


 上がった身体能力でギリギリ自らの身体と斬撃の間にパンドラを割り込ませたアシル。


 剣同士の衝突とは思えない風圧と衝撃波が発生し、辺りの家屋の窓ガラスが次々に割れる。


『……なるほど、あの屍鬼人アドバンス・グールが強くなったな』


「まだまだこんなものじゃない」


 風圧によってアシルの腕についた切り傷から血が一人でに滲み出す。

 発火したその血がアシルの身体を伝ってエルハイドを飲み込んだ。

 

『……ほう』


「<血炎化ブラッド・フレイム>」


 決断は早かった。


 紅の炎に包まれたエルハイドに追撃を加えず、アシルは背後にいるヘレナとノルを横抱きにしてその場から逃走した。


『賢い判断だ』


 狭い路地では戦いにくいし、何より彼に攻撃は届かない。


 アシルは壁を垂直跳びの要領で上がり、屋根の上を駆けて広場に向かう。


「何か策はあるんですの⁉︎」


「……アシル、もう魔力ない。ごめん……」


「大丈夫、ノル、ヘレナ。策はある。あとは全部任せろ」


 足を止めず、首だけ振り向いてエルハイドを流し見た。


(……<解析アナライズ>)





名前 エルハイド・グランディール

種族:首なし黒将軍デュラハン・ジェネラル

Lv10

体力:S

攻撃:SS

守備:SSS

敏捷:S

魔力:S

魔攻:A

魔防:SS

固有技能オリジン・スキル

・黒雷魔法

魔物技能モンスター・スキル

・|中位死霊アンデッド支配

・下位死霊アンデッド支配

・暗黒闘気

奈落剣召喚サモン・アビスブレイド



 

 進化した事で、守りの面に関しては更に隙がなくなっている。


 ノルが全力で強化したアンデッドの大群による攻撃も、鎧に傷をつけただけ。

 アシルの<魔物技能モンスター・スキル>でも僅かに焦げた跡が残るのみ。


 通常の状態ではやはり勝てない。


『……分かっただろう? お前たちの力では私の守りを突破する事は不可能』


「……」


『……吸命剣パンドラ。寿命を吸い取る呪われた剣か。アンデッドならば代償を気にせず使える。だが、もう二度とその剣で私の命を奪う事などできんぞ!』


 アシルは抱えている二人を屋根上に下ろし、


「……裏切りの名剣、その被害者はあんただったのか」


『……』


「魔王と相打ちになって、雷剣の勇者は死んだ。俺が読んだ英雄譚では――」


『史実は違う!』


 エルハイドは自らの憎悪と比例するように鎧の関節部から暗黒闘気を吹き出していく。


『……私は魔王を……【蟲の魔王】を打倒した。私は魔王を滅ぼしたのだ! 戦士と神官、そして魔法使いと共に。王に命じられるがまま勇者を拝命して。今、我が前に立つお前のように、王国の為に戦った』


「……」


『平和な世ではその強さから私を化け物と呼ぶ癖に、魔王が現れてからは誰もが勇者様ともてはやした』


 首と顔がない為、アシルには表情から機微を察する事はできない。

 しかし、その声音は怒りか悲しみか震えていた。


『人だった頃の私は愚かだった。他人が認めてくれた事に嬉しさを覚え、それまで人々が私に向けてきた恐怖、嫌悪の眼差しを忘れてしまった』


「……」


 アシルは思わず瞳を切なげに細め、エルハイドを見下ろした。


 思う事は一つ。


 王国四英傑。フレンやアリーチェ、グランツもまた人並外れた英雄だ。

 

 もし現代に屍の魔王がいなかったら。


 脅威が存在していない平和な世だったら、彼らは今と同じように民に受け入れられただろうか。


 賞賛される戦場を剥奪された英雄は、妬みや疎外感と戦い続ける羽目になるのかもしれない。


『……やがて私の勇者としての名声は国中に轟く事になる。魔物を倒せば、誰もが私を褒め称えた。敵を倒せば皆私を受け入れてくれた』


 戦えば戦うだけ認められた。


『……だが、いつしか名声は王の権威すら超えてしまった。当時の王の子息、第一王子は妹君である姫様と婚約し、更に英雄としての地位を確立した私の存在を邪魔に思った』


 隣でノルもまた、眉根を寄せてエルハイドを見つめる。

 

『……王子は私の仲間である戦士に一本の剣を渡して、こう言った。自分が王になった暁には妹と婚約させてやると。魔王を討った直後、私は信頼していた仲間に首を刎ねられた』


「………その剣が……このパンドラだと」


『ああ。結局戦士は私の首を刎ねると同時に寿命を吸い尽くされ、死んだがな』


 つまりその戦士もまた、王子に騙された被害者であり、加害者なのだろう。


『……人間の愚かさに私は騙され続けた。お前もいつか同じ運命を辿る事になる!』


 奈落剣をアシルに突きつけ、エルハイドが吠える。


『都合の良い時だけ俺の名を呼び、必要がなくなれば捨てる。旅で培った友情は獣欲にあっさり負け、親友さえ殺めてしまう!』


「……それは」


『……醜くて恐ろしい、悍ましい生き物。それが人間だ』


 アンデッドであるエルハイドは人に怯えている。

 だから過剰に排そうとするのだろう。


 彼は奈落剣を肩に置き、


『……時間稼ぎに付き合ってつまらん昔話をしてやったのだ。少しは私を楽しませてくれよ、化け物共よ』


 アンデッドである自分ではなく、人間こそが化け物だと。

 言外に含まれた意味を読み取ったアシルの隣に、いつの間にか金髪の少年が並んだ。


「……英雄は戦場がなければ生きられない、か。ここからは僕も相手になる。エルハイドッ」


 今の今まで治療を施していたため、肩口の傷は完全に治癒している。


 勇者フレンと吸血鬼アシルが共に己の武具をかつての勇者に向けた。


 

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