第71話
剣や槍の雨が降り注ぐ。
ノルの
だがノルは知っていた。
一方的に攻め続けているため、一見優勢に見える戦況。
しかし精々がエルハイドの動きを止める程度のもの。
体力を削っているわけじゃない。
現に暗黒闘気を纏った彼の漆黒の鎧には細かな傷しかついていない。
逆に攻撃を加え続けているノルの方が疲弊していた。
この状況を維持している限り、エルハイドはノルに攻撃できない。しかし無限に時を稼ぐ事など無理なのだ。
頭を抑え、ノルは片膝を地面についた。
震える手で杖にしがみつく。
街の地面を覆い尽くす魔法陣の光が消え掛かっている。
「ノルさんッ、もしかして魔力切れ……」
「ふぅ……はぁ……疲れてきた」
三つの
目眩と頭痛が酷くなり、体温が冷たくなっていく。
『――進化した私の時間を数分でも奪った事、誇りに思うと良い』
頭蓋骨だけを残して消滅したベレンジャールに、原型をとどめていない肉塊や骨片が辺りに散らばっていた。
エルハイドは傷がついた鎧を手で払いながら悠々と歩いてくる。
右手に持った禍々しい黒き聖剣には夥しい血がこびりついていた。
「……エルハイド」
ノルはエルハイドの姿に瞳を細めた。
剣に纏っていた雷が身体にまで及ぶ。
身体に纏っていた暗黒闘気が剣にまで及ぶ。
二つの力が混ざり合い、やがて一つになった。
黒い雷が全身から迸り、城壁や民家に散って炎上し始める。
月夜の光が真っ赤に染まっていく。
炎を背負ったエルハイドの姿にノルは鳥肌が立った。
『裏切り者とは言え、お前は同格たる屍霊四将だった。特別に我が本気を見せてやろう』
黒い雷を漲らせた首なし騎士。
その姿になった途端、雷に触れた近くのアンデッド達が塵と化していく様にノルは瞳を見開いた。
「逃げますわよッ」
「……ヘレナ」
ノルを抱えて走り出した貴族令嬢の姿に、エルハイドは鼻で笑いながら追う。
『人族に庇われるか。惨めな……』
一瞬で背後に迫ったが、ヘレナは視線すら向けずに、
「<
彼女たちの背後。光り輝く盾が間に挟まれる。
魔を阻む結界を操る一族。
四侯聖家の一角に数えられる王国の守護者。ホワイトヴェール家があったから王都は守られ続けた。
しかし、
『――たった一人の結界で、何ができるというのだ』
エルハイドは一刀で結界を粉々に斬り、歯牙にもかけない。
だが次々に盾が挟まれる。
『……ここまで全てが時間稼ぎか。進化した私を倒せる者がいるとでも?』
エルハイドは歩きながら剣を振るい、結界を律儀に全て壊していく。まるで己の力を見せびらかすように。
「ヘレナ……」
「大丈夫ですわ……貴方が私達を守ってくれたように、わたくしも貴方を守ります」
ヘレナの足取りに迷いはなかった。
真っ直ぐに屋敷を目指している。
「おいッ、そのガキをこっちに連れてくるな!」
「あんたも魔王軍なのか⁉︎」
「あ、貴方様は貴族なのでしょう! 穢らわしい
ヘレナは同じく逃げ惑うカルランの住民達からかけられる言葉にノルがどんどん目を伏せていく様子をちらりと眺め、
「ノルさん、皆が皆、そう思う人間ばかりではありませんわ! 何が悪しき力で、何が正義なのか。私は一人の吸血鬼を見て、分からなくなりましたッ」
闇の力で人を救う行為は悪なのか。
光の刃で人を虐げる事は正義なのか。
「確かな事は……私は見ていました! 貴方が私達を守ろうとしていた事を!」
『――何を今更。ノル・ネクロエンドが生み出したアンデッドが王国軍をどれほど損壊させた事か。もうお前には居場所などどこにもないのだ!』
このままでは追いつかれると悟ったヘレナは大通りから外れ、横に曲がって入り組んだ街路に入った。
しかしエルハイドは民家を体当たりでぶち抜きながら進む。
粉塵を撒き散らしながら、ヘレナとノルの前に躍り出たエルハイド。
ヘレナがノルを庇うように抱きしめ、背中を晒す。
その背に無情にも雷剣が迫った。
しかし、
「――させるかよ」
寸前でエルハイドの剣が止められた。
血管のような赤い管が黒い刀身に浮き出た不気味な剣、吸命剣パンドラを握った真紅の髪の吸血鬼に。
『……そ、その剣……! その剣は‼︎』
受け止めたアシルの表情が瞬く間に歪んだ。
首と顔のないエルハイドの鎧の中から、驚くほどの暗黒闘気が吹き出した。
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